日々の恐怖 4月17日 墓参り
20代前半で地方から上京して仕事をしていた時、間もなくして同僚の女性と仲良くなった。
これは、その子との話です。
名前は、仮にS。
明るい子で、実家が大富豪だったが社会勉強も兼ねて職に就いたらしい。
何度かデートをするうちに親密になり、運命の女性にすら思えた。
まだお互いの親には面識がなかったが、将来の結婚も約束していた。
しかし、そんな幸せな日々も長くは続かず、交際から半年後Sは入院し、Sから白血病であることを告げられた。
俺は毎日病院に足を運んだ。
病状はかなり深刻らしく、休憩所でSの母親が泣いている光景も何度となく目にしていた。
ある日、いつものように病室に二人でいると、Sが、
「 もうお見舞いにこないで・・。」
と言った。
驚いたが、細かく話を聞いてみると、これから先は髪も全て抜け落ちるだろうし、ミイラのように痩せ細り醜く変貌する。
そんな姿を俺には見られたくないし、綺麗なまま、ずっと覚えていてほしい。
そんな内容だった。
しばしの言い合いの後に、
「 分かった。」
と返事をした。
正直、俺もSのそんな姿を見たくなかったのかも知れない。
何より、愛した人が刻々と死に向かう有り様を黙って見ているしかない現状に耐えられなかった。
完全なノイローゼだった。
しばらくして、仕事を辞めて逃げるように引っ越した。
苦痛から解放されるためにSのことを忘れてしまいたかったが、内心恋しくて胸が張り裂けそうだった。
それから数ヶ月経った、ある晩の出来事だった。
俺は何かの気配を感じて、真夜中に、ふと目を覚ました。
“ 誰かがいる。”
俺は目を閉じたまま、身動きひとつ取れずにいた。
すると、その何者かはゴソゴソと布団をまさぐった後に、俺の手を握ってきた。
“ Sだ。”
手を握られた瞬間に思った。
その掌は氷のように冷たく、枯れ木のように痩せ細っていた。
俺は目をあけてSを抱きしめたいと思ったが、しかしSと話した最後の会話が脳裏をよぎる。
“ 醜く変貌した自分を見られたくない。
綺麗なまま覚えていてほしい。”
それが彼女の最後の意志だった。
俺は閉じてある目を、さらにぐっと閉じながら彼女の手を握ったまま眠った。
彼女の霊は定期的に現れた。
深夜、目が覚める時は彼女が来た時だった。
そしていつも俺の手を握った。
俺も目を閉じたまま、冷たく痩せ細った手を握り返した。
俺が起きている時は決して現れない。
やはり自分の姿を見られたくないのだろう。
数年経っても、まだSの霊は現れ続けていた。
それ故、俺は恋人も作らず、人間関係も薄く、周りからは暗いヤツと遠ざけられる存在になっていった。
ある日、電車でSと出会った街を通る機会があった。
辛くて逃げ出した街だ。
しかし数年ぶりに見ると妙になつかしくなり、思い切って電車から降りてみた。
しばらく街を徘徊した。
Sとよく訪れた公園の前を通りかかった時、偶然Sの母親が大きな犬を連れて前方から歩いてきていることに気付いた。
俺は即座に俯いた。
自分の顔を隠すためだ。
Sの死に目にも会わずに逃げ出した男だ。
恨まれているに違いない。
そう思った。
俺は俯き加減に歩いた。
あと少しですれ違う。
そのくらいの距離になって、Sの母親は俺に気付いてしまった。
「 あら、久しぶりじゃないの。」
「 あ、はい・・・・。」
逃げられないと思って、ぼそりと返事をした。
そして続ける。
「 あの、すみませんでした。」
その後、俺とSの母親は公園のベンチに座っていろいろ話した。
Sの話は出来るだけ避けたが出てしまう。
やはり会話の内容は、昔の彼女の思い出話になってしまった。
どのくらい話していただろう、Sの母親は俺のことを恨んでいる様子もなく犬を撫でながら話を聞いてくれた。
「 あの、Sのお墓はどこにあるんですか?
今度、お墓参りに行かせてください。」
俺が思い切ってそう言うと、Sの母親は怪訝な表情を浮かべた。
「 S、まだ生きてるわよ。」
俺は一瞬固まった。
Sは完治して退院していた。
そして数年前に恋愛結婚、子供もいるらしい。
その事実を知って以来、俺は眠れなくなり、今では重度の不眠症になった。
もちろん、マンションは別の所に大急ぎで引っ越した。
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