自動車の電動化が進むが、2040年でもハイブリッド車やプラグイン・ハイブリッド車も含めて、世界の全自動車保有台数の約89%は、内燃機関が搭載されると予測されている。従って、世界のCO2排出量を減らすためには、内燃機関の熱効率向上は不可欠で、これまで、世界各国の自動車会社が、内燃機関の熱効率向上技術の開発に取り組んできた。しかし技術の成熟化に伴いその飛躍的な進展はますます難しくなっている。熱効率は、1970年代に30%で、40年以上をかけても40%に到達する程度である。
本プロジェクトは、過去40年間かけて自動車メーカーが10%ほど向上させた熱効率を、5年間の短期間でさらに10%引き上げる野心的な目標を掲げた研究開発である。
慶應義塾大学の飯田訓正特任教授、京都大学の石山拓二教授、早稲田大学の大聖泰弘特任研究教授らは、乗用車用のガソリンエンジン・ディーゼルエンジンの正味最高熱効率50%を上回ることに成功した。
ガソリンエンジンは、超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)、ディーゼルエンジンについては高速空間燃焼の実現に成功した。両エンジンに共通する損失低減のための研究開発によって、機械摩擦損失の低減技術、ターボ過給システムの効率向上技術、熱電変換システムの効率向上技術を開発した。これらの技術を統合した結果、ガソリンエンジンで51.5%、ディーゼルエンジンで50.1%の正味最高熱効率を達成した。
研究開発
1.ガソリン燃焼の高効率化に関する研究開発
(1)研究実施者:ガソリン燃焼チーム(研究責任者:飯田訓正特任教授)
(2)研究開発概要
① 燃焼コンセプト:「超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)」
② コンセプト実現のための課題:従来の点火技術だと着火しにくい。大きな放電エネルギーを与えて部分的に着火させても、火炎が伝播するときと消炎し伝播しないときの変動が大きく、燃焼が安定しない。
③ 実施内容と成果:超希薄燃焼場に強力なタンブル流(縦渦)を導入した、高乱流・希薄燃焼の現象を解明。その結果に基づき、安定着火を可能とする点火技術を開発。これにより、エネルギー損失の低い低温燃焼となる超希薄燃焼を実現し、熱効率向上の実証に成功。
2.ディーゼル燃焼の高効率化に関する研究開発
(1)研究実施者:ディーゼル燃焼チーム(研究責任者:石山拓二教授)
(2)研究開発概要
①燃焼コンセプト:「高速空間燃焼」
②コンセプト実現のための課題:エンジン燃焼室の壁近くでの火炎の滞留や後燃えによって、エネルギー損失(冷却損失)が生じたり燃焼エネルギーの仕事への変換効率が低くなったりする。
③実施内容と成果:燃料噴霧の発達や燃料濃度の分布に関する詳細な解析と実験により、燃料噴射の在り方と火炎形成の関係を解明。また、後燃えの要因を特定。その結果に基づき、燃料噴霧が空気を巻き込みながら最適に分散する、燃料噴射技術を開発。これにより、火炎が壁から離れて配置され、かつ後燃えを低減する高速空間燃焼を実現し、熱効率向上の実証に成功。
3.損失低減に関する研究(ガソリン燃焼とディーゼル燃焼の両方に共通)
研究実施者:損失低減チーム(研究責任者:大聖泰弘特任研究教授)
3-1.機械摩擦損失の低減に関する研究
(1)研究実施者:機械摩擦損失低減グループ(リーダー:三原 雄司東京都市大学工学部機械工学科教授)
(2)研究開発概要:固体潤滑剤と軟質金属から構成される高耐久の低摩擦層およびその表面改質技術の開発などにより、エンジンの摺動表面に低摩擦機能を付与し、機械摩擦損失の55.5%低減を実証。
3-2.排気エネルギー有効利用に関する研究(ターボ過給の高効率化)
(1)研究実施者:ターボ過給ワーキンググループ(リーダー:宮川和芳早稲田大学基幹理工学部教授)
(2)研究開発概要:流体解析に基づき翼列、流路を新たに設計するとともに、伝熱と軸受での摩擦を考慮したターボ過給機システムを構築。市販ターボ過給の効率を10ポイント以上上回る、最大69%程度の効率値を実証。
3-3.排気エネルギー有効利用に関する研究(熱電変換システムの高効率化)
(1)研究実施者:熱電変換ワーキンググループ(リーダー:飯田努東京理科大学材料工学科教授)
(2)研究開発概要:発電温度域を中低温に拡大できる、新たな素子およびモジュールを開発。排気熱との熱交換システムを含めて、最大1.3%程度の熱効率相当の性能があることを実証。
今回の成果は、今後数十年間主流と予測されている内燃機関を搭載した自動車による環境負荷を低減し、世界のCO2排出量削減に貢献する、としている。
用語説明
〇正味熱効率とエネルギー損失
実際のエンジンでは以下のようなエネルギー損失が発生し、燃料が持つエネルギーを仕事に変換できていない部分がある。 冷却損失:燃焼ガスの熱エネルギーが、それより低温の燃焼室の壁を通じて外部に放出されることによって失われるエネルギー損失
排気損失:燃焼ガスの熱エネルギーが、排出されるガスとともに失われるエネルギー損失
機械摩擦損失:エンジンの摺動部分の摩擦によって失われるエネルギー損失など
正味熱効率とは、これらの損失を差し引き、燃料が持つ全エネルギーをエンジンの有効仕事に変換できた割合をいう。
〇超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)
理論空燃比(ストイキオメトリー)よりも燃料濃度を半分以下にした燃焼。単位質量あたりの燃料を完全燃焼させるために必要な空気の最小質量は、燃料ごとに理論的に決まっている。このときの空気質量を燃料質量で割った比を、理論空燃比(ストイキオメトリー)という。当プロジェクトでは、理論空燃比よりも燃料の濃度が半分以下の混合気での燃焼を、「超希薄燃焼」とした。なお、既存のガソリンエンジンでは、安定した燃焼を実現するために理論空燃比に近い値で燃焼させているのが一般的である。
〇トライボロジー
潤滑、摩擦、摩耗、焼付きなど、相対運動をしながら相互に作用を及ぼし合う2つの表面、およびこれに関連する諸問題と実際の応用に関する科学と技術。
〇自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)
日本の自動車メーカー9社と2団体で構成され、世界的に関心の高まる内燃機関の環境性能に対して合同で研究を加速していくことを目的に2014年に発足した技術研究組合。各企業で共通な研究課題について、産学官が連携して基礎・応用研究を実施し、その成果を活用して各企業での開発を加速させる活動をしている。
ホームページURL:http://www.aice.or.jp/
〇後燃え
燃料噴射を終えてピストンが膨張行程に入っている際に、未燃燃料が燃え続く現象。 後燃えが長期にわたると、熱効率の低下の原因となる。また、すすの酸化が進まずPM(粒子状物質)排出が増えるため、環境負荷の面でも問題となる。噴射圧力を高め噴射時期を早めると後燃えを低減できるが、燃焼が急激になり、NOxの排出および燃焼による騒音が悪化するという背反があるため、高度な後燃え制御が必要となっている。
〇モデルベース開発(MBD)
ものづくりにおいて、数値シミュレーションを活用して開発する手法のこと。製品が持つ多種多様な機能がどう発揮されるかを、ものを試作せずにコンピューターで精緻に確認できるため、開発を高効率化することができるため、国内外の先端企業が取り入れつつある。今後、基礎的な現象解明や物理といった科学に基づく最先端の高度モデルを導入することによって、さらに発展させることが望まれている。
〇混合気
噴射されて気体になった燃料あるいは噴霧されて霧状になった燃料と、空気が混ざり合ってできている気体のこと。
本プロジェクトは、過去40年間かけて自動車メーカーが10%ほど向上させた熱効率を、5年間の短期間でさらに10%引き上げる野心的な目標を掲げた研究開発である。
慶應義塾大学の飯田訓正特任教授、京都大学の石山拓二教授、早稲田大学の大聖泰弘特任研究教授らは、乗用車用のガソリンエンジン・ディーゼルエンジンの正味最高熱効率50%を上回ることに成功した。
ガソリンエンジンは、超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)、ディーゼルエンジンについては高速空間燃焼の実現に成功した。両エンジンに共通する損失低減のための研究開発によって、機械摩擦損失の低減技術、ターボ過給システムの効率向上技術、熱電変換システムの効率向上技術を開発した。これらの技術を統合した結果、ガソリンエンジンで51.5%、ディーゼルエンジンで50.1%の正味最高熱効率を達成した。
研究開発
1.ガソリン燃焼の高効率化に関する研究開発
(1)研究実施者:ガソリン燃焼チーム(研究責任者:飯田訓正特任教授)
(2)研究開発概要
① 燃焼コンセプト:「超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)」
② コンセプト実現のための課題:従来の点火技術だと着火しにくい。大きな放電エネルギーを与えて部分的に着火させても、火炎が伝播するときと消炎し伝播しないときの変動が大きく、燃焼が安定しない。
③ 実施内容と成果:超希薄燃焼場に強力なタンブル流(縦渦)を導入した、高乱流・希薄燃焼の現象を解明。その結果に基づき、安定着火を可能とする点火技術を開発。これにより、エネルギー損失の低い低温燃焼となる超希薄燃焼を実現し、熱効率向上の実証に成功。
2.ディーゼル燃焼の高効率化に関する研究開発
(1)研究実施者:ディーゼル燃焼チーム(研究責任者:石山拓二教授)
(2)研究開発概要
①燃焼コンセプト:「高速空間燃焼」
②コンセプト実現のための課題:エンジン燃焼室の壁近くでの火炎の滞留や後燃えによって、エネルギー損失(冷却損失)が生じたり燃焼エネルギーの仕事への変換効率が低くなったりする。
③実施内容と成果:燃料噴霧の発達や燃料濃度の分布に関する詳細な解析と実験により、燃料噴射の在り方と火炎形成の関係を解明。また、後燃えの要因を特定。その結果に基づき、燃料噴霧が空気を巻き込みながら最適に分散する、燃料噴射技術を開発。これにより、火炎が壁から離れて配置され、かつ後燃えを低減する高速空間燃焼を実現し、熱効率向上の実証に成功。
3.損失低減に関する研究(ガソリン燃焼とディーゼル燃焼の両方に共通)
研究実施者:損失低減チーム(研究責任者:大聖泰弘特任研究教授)
3-1.機械摩擦損失の低減に関する研究
(1)研究実施者:機械摩擦損失低減グループ(リーダー:三原 雄司東京都市大学工学部機械工学科教授)
(2)研究開発概要:固体潤滑剤と軟質金属から構成される高耐久の低摩擦層およびその表面改質技術の開発などにより、エンジンの摺動表面に低摩擦機能を付与し、機械摩擦損失の55.5%低減を実証。
3-2.排気エネルギー有効利用に関する研究(ターボ過給の高効率化)
(1)研究実施者:ターボ過給ワーキンググループ(リーダー:宮川和芳早稲田大学基幹理工学部教授)
(2)研究開発概要:流体解析に基づき翼列、流路を新たに設計するとともに、伝熱と軸受での摩擦を考慮したターボ過給機システムを構築。市販ターボ過給の効率を10ポイント以上上回る、最大69%程度の効率値を実証。
3-3.排気エネルギー有効利用に関する研究(熱電変換システムの高効率化)
(1)研究実施者:熱電変換ワーキンググループ(リーダー:飯田努東京理科大学材料工学科教授)
(2)研究開発概要:発電温度域を中低温に拡大できる、新たな素子およびモジュールを開発。排気熱との熱交換システムを含めて、最大1.3%程度の熱効率相当の性能があることを実証。
今回の成果は、今後数十年間主流と予測されている内燃機関を搭載した自動車による環境負荷を低減し、世界のCO2排出量削減に貢献する、としている。
用語説明
〇正味熱効率とエネルギー損失
実際のエンジンでは以下のようなエネルギー損失が発生し、燃料が持つエネルギーを仕事に変換できていない部分がある。 冷却損失:燃焼ガスの熱エネルギーが、それより低温の燃焼室の壁を通じて外部に放出されることによって失われるエネルギー損失
排気損失:燃焼ガスの熱エネルギーが、排出されるガスとともに失われるエネルギー損失
機械摩擦損失:エンジンの摺動部分の摩擦によって失われるエネルギー損失など
正味熱効率とは、これらの損失を差し引き、燃料が持つ全エネルギーをエンジンの有効仕事に変換できた割合をいう。
〇超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)
理論空燃比(ストイキオメトリー)よりも燃料濃度を半分以下にした燃焼。単位質量あたりの燃料を完全燃焼させるために必要な空気の最小質量は、燃料ごとに理論的に決まっている。このときの空気質量を燃料質量で割った比を、理論空燃比(ストイキオメトリー)という。当プロジェクトでは、理論空燃比よりも燃料の濃度が半分以下の混合気での燃焼を、「超希薄燃焼」とした。なお、既存のガソリンエンジンでは、安定した燃焼を実現するために理論空燃比に近い値で燃焼させているのが一般的である。
〇トライボロジー
潤滑、摩擦、摩耗、焼付きなど、相対運動をしながら相互に作用を及ぼし合う2つの表面、およびこれに関連する諸問題と実際の応用に関する科学と技術。
〇自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)
日本の自動車メーカー9社と2団体で構成され、世界的に関心の高まる内燃機関の環境性能に対して合同で研究を加速していくことを目的に2014年に発足した技術研究組合。各企業で共通な研究課題について、産学官が連携して基礎・応用研究を実施し、その成果を活用して各企業での開発を加速させる活動をしている。
ホームページURL:http://www.aice.or.jp/
〇後燃え
燃料噴射を終えてピストンが膨張行程に入っている際に、未燃燃料が燃え続く現象。 後燃えが長期にわたると、熱効率の低下の原因となる。また、すすの酸化が進まずPM(粒子状物質)排出が増えるため、環境負荷の面でも問題となる。噴射圧力を高め噴射時期を早めると後燃えを低減できるが、燃焼が急激になり、NOxの排出および燃焼による騒音が悪化するという背反があるため、高度な後燃え制御が必要となっている。
〇モデルベース開発(MBD)
ものづくりにおいて、数値シミュレーションを活用して開発する手法のこと。製品が持つ多種多様な機能がどう発揮されるかを、ものを試作せずにコンピューターで精緻に確認できるため、開発を高効率化することができるため、国内外の先端企業が取り入れつつある。今後、基礎的な現象解明や物理といった科学に基づく最先端の高度モデルを導入することによって、さらに発展させることが望まれている。
〇混合気
噴射されて気体になった燃料あるいは噴霧されて霧状になった燃料と、空気が混ざり合ってできている気体のこと。