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肥満を制御する酵素を発見

2019-02-26 | 医学
 〇発表者
 裏出良博(東京大学医学部附属病院眼科特任研究員、北里大学薬学部客員教授)
 藤森功(大阪薬科大学薬学部病態生化学研究室教授)
 有竹浩介(第一薬科大学 薬学部 薬品作用学分野教授)
 永田奈々恵(東京大学大学院農学生命科学研究科放射線動物科学研究室特任研究員)
 前原都有子(大阪薬科大学薬学部病態生化学研究室助教)
 〇研究の背景
 肥満は、糖尿病(インスリン抵抗性糖尿病)、高血圧や脂質異常症などの多くの生活習慣病の発症原因となることから、肥満の予防や解消は急務の課題とされている。特に、肥満が原因となってインスリンが効かなくなり、血糖値が下がらないインスリン抵抗性糖尿病の患者数は、増加の一途をたどっている。
 日本の糖尿病有病者数は約1,000万人と推計されている(平成28年国民健康・栄養調査(厚生労働省)。
 肥満は複雑に制御されていることから、肥満のメカニズムを解明し、新たな抗肥満薬の開発につながる「肥満調節分子」の発見が期待されている。肥満では、組織に脂質が蓄積するだけでなく、脂質自体が、直接、肥満や生活習慣病の病態の進展に関わることが知られているが、その制御機構の全貌は解明されていなかった。
 〇研究内容
 研究グループは、これまでにプロスタグランジンD2PGD2)が脂肪細胞に蓄積した脂肪の分解を抑制することを発見していた(Biochem. Biophys. Res. Commun. 490: 393,2017)。さらに、PGD2を生合成するL型酵素(L-PGDS)の遺伝子発現が肥満マウスの脂肪組織において上昇することを発見した。
 そこで、肥満制御におけるL-PGDSとPGD2のはたらきを調べるために、脂肪細胞で特異的にL-PGDSを作ることができないようにしたマウスを作製して解析した。正常なマウスと脂肪細胞でL-PGDSを作ることができないマウスに11週間、普通食あるいは高脂肪食を与えたところ、普通食では両者に肥満の程度や脂肪細胞の大きさに差は現れないものの、高脂肪食を与えたときには、脂肪細胞でL-PGDSを作ることができないマウスでは、正常なマウスと比べて体重増加が20%以上減少し、内臓や皮下の脂肪量も減少し、個々の脂肪細胞の大きさも小さくなっていた。また、脂肪細胞の分化の程度を知るさまざまなマーカー遺伝子や脂肪酸の生合成に関わる多くの遺伝子の発現は、脂肪細胞でL-PGDSを作ることができないマウスで、いずれも低下していた。
 血液中のコレステロール、脂質、グルコースの値は、正常マウスと比べて、脂肪細胞でL-PGDSを作ることができないマウスでは低下しており、これらメタボリックシンドロームで異常となる血液中の値も改善されていることが分かった。また、肥満の脂肪組織にはマクロファージが浸潤し、炎症状態になることが知られているが、脂肪細胞でL-PGDSを作ることができないマウスでは、炎症を誘導するマクロファージのマーカー遺伝子であるF4/80やCD11cの発現レベルが低下しており、糖尿病の指標となるインスリン感受性も改善されていることが分かった。
 〇社会的意義
 肥満の進展を調節する酵素であるPGD2を作るL型酵素(L-PGDS)を脂肪細胞で作ることができないようにしたマウスでは、食事による体重増加が抑制され、インスリン感受性が改善されたことから、L-PGDSが肥満、さらにインスリン抵抗性を進展させるはたらきがあることが明らかとなった。
 L-PGDS のはたらきを抑える薬剤は、肥満の新しい予防法や治療法の開発につながることが期待される。
 ◆用語解説
 〇インスリン抵抗性
 インスリンによる血糖値の低下作用が現れにくいため、血糖値を正常範囲にするために過剰な量のインスリンを必要とする状態のこと。
 我が国では、数千万人に上るインスリン抵抗性の糖尿病の患者および予備軍がいるとされる。インスリン抵抗性の主な原因は内臓脂肪の蓄積であり、内臓脂肪の蓄積による炎症性サイトカインの分泌増加、アディポカインの分泌異常などによりインスリンの作用が異常となる。
 〇プロスタグランジンD2(PGD2)
 プロスタグランジン(PG)は炭素数20個からなる化合物で、さまざまな生理活性をもつことから生理活性脂質と言われる。 プロスタグランジンには化学構造の異なる複数の種類が存在するが、中でも生理的に重要なPGD2 は、これまでに睡眠の誘発やアレルギーの増悪化などの作用を有することが知られている。
 〇PGD2のL型合成酵素(L-PGDS)
 PGD2を作る酵素にはH型とL型の2種類があり、それぞれ同じ酵素反応を触媒するが、立体構造や組織分布が異なる。L型酵素は脳、心臓、脂肪組織などに分布して、睡眠や動脈硬化、脂質代謝に関与する。