2008/10/02
ぽかぽか春庭やちまた日記>ハートでアート(1)NHKハート展
今春の3月4日、上村淳之(うえむらあつし)展を見に、日本橋三越へ行ったら、隣のフロアでNHKハート展を開催していました。
ハート展は、心身に障害を持つ人から詩を募集し、入選した50編に、アーティスト、俳優など著名人がそれぞれに絵をつけたコラボレーション作品展です。
私は三越で開催されていることなど少しも知らなかったので、こうして出会うのも、ご縁というものだろうと思い、ゆっくり会場をまわりました。もう買い物タイムはデパ地下の食料品あたりに集まる頃合いで、会場はそれほど人も多くなく、ゆったりと詩を読むことができました。
カフェ友のchiruchiru77さん、すてきな詩をカフェ日記に掲載しています。去年ハート展に応募したのだけれど、結果は残念!でも、またの応募を励みにして、詩を書き続けています。
chiruchiru77さん、車椅子生活です。今年は手術を受け、苦しくともリハビリを続け、自分自身の可能性にチャレンジしています。身体的には不自由な面が多いけれど、精神的な面では、一人息子の子育てを終えた今も、まだまだチャレンジをつづけています。
ちるちるさんの詩を思い出しながら、会場に展示された50編の詩を読み、絵を見ていきました。
どれも、こころの中のことばがすっと口にでてきたような、きらきらした言葉たちです。
8歳の田上周弥さんは発達障害がありますが、外遊びが大好き。ビーズの作品をつくるのも好き。
アーティストの山本昌美さんのコラボレート作品は、キルティング布の上に、布を切ったティアドロップスの形がたくさん貼ってありました。
「おさかなになろうねの話」(手書き文字の切れ目のとおりに改行してあります)
ママとぼくのなみだがたくさ
んたまって海になったら
いっしょにおさかなに
なって、おしりフリフリして
およごうね。
http://www.nhk.or.jp/heart-pj/art/heart/work2008/work23.html
俳優の緒方拳さんが描いた、ちょっとふとっちょの顔は三角のうなぎの絵。8歳の前田蓮さんの詩とのコラボレーションです。蓮さんは肢体障害がありますが、みんなと遊ぶのが大好きだそうです。
「うなぎちゃん」
うなぎはかわいいです。
口がにっこりしてかわいいです。
うなぎの顔は
とんがりです。
うなぎはめっちゃ
とんがりです。
http://www.nhk.or.jp/heart-pj/art/heart/work2008/work39.html
56歳の山本清年さんは、知的障害者。お母さんが大好きですって。
絵描きさんの門秀彦さんの絵とのコラボレート作品です。
「くる・まいす」
おかあさん
ごはんをたべんけん
ちさくなった
いえのしたまでかいだん
ふー、おむたい
つきにいっかいのやくそく
おかあさんうえをみて
ねむる
くるまいすおす
車椅子を、「くる・まいす」と、区切り方を変えてみると、くるくる車輪がまわっていく感じも出て、「来るmy isu」みたいにも思えて、とてもおもしろく感じました。
http://www.nhk.or.jp/heart-pj/art/heart/work2008/work46.html
詩はどれも素朴な味わいで、ひとりひとりの心のつぶやきがそのまま詩になっているように思います。
chiruchiru77さんにプレゼントしたいと思って、普段は買わないカタログをかいました。5月に千葉でチルチルさんに会ったとき、お渡ししました。
ハート展は、毎月各地を巡回展示しており、今月は静岡で、11月は福岡で展覧会があります。福岡での展覧会を、ちるちるさんは見に行けるかな?
ハート展の作品が見られるNHKのHP
http://www.nhk.or.jp/heart-pj/art/heart/work2008/work26.html
<つづく>
00:42 コメント(4) ページのトップへ
2008年10月04日
ぽかぽか春庭「ハートフル社員とイルアビリティ」
2008/10/04
ぽかぽか春庭やちまた日記>ハートでアート(2)ハートフル社員とイルアビリティ
障害とアート表現について。
障害をもつ人のアート作品の発表。たとえば、「アート村」の活動があります。
パソナグループのHPより
『 アート村プロジェクト”はパソナグループの「社会貢献」事業として、働く意欲がありながら就労が困難な障害を持った方々の“アート”(芸術活動)による就労支援を目的に、1992年に設立されました。
以来、公募展・企画展・アート講座・及び作品展での作品販売を通して社会参加・就労支援をバックアップしています。』
http://www.art-mura.com/
知的障害・身体障害・精神障害がある人など、さまざまな障害をもちつつアート制作に取り組んでいる人を援助する企業があることを知りました。
「ハート展」で見たコラボレーション作品のうち、内部障害をもつ中曽根千夏さん(群馬県10歳)の「うさぎとぞう」に絵を描いたのは、アート村所属アーティストの佐竹未有希さん。知的障害をもつ、「パソナハートフル」の社員で、アート制作を仕事にしています。
http://www.nhk.or.jp/heart-pj/art/heart/work2008/work31.html
すてきなことだなと思ったし、パソナという会社を見直しました。
派遣会社というのは、どうしても「阿漕な女衒」に見えてしまうところでしたが、ハートフル社員を雇用する会社でもある、ということを知りました。
メセナ(企業の社会貢献活動)として、成功事例だと思います。
私はダンスが好きなので、障害を持つ人のダンスパフォーマンスに注目してきました。
身体障害や聴覚視覚障害がある人でも、ダンスによる身体表現で、実に生き生きとした表現力をしめす。
だから、障害があってもなくても、ダンス表現の場では同じ「表現者」であると思っています。
2008/08/31午後、日本テレビ「24時間テレビ」の中で、身体や聴力に障害があるアメリカの若者4人のブレイクダンスユニットと、ジャニーズの「嵐」がコラボレートしたダンスがあり、とてもよかった。
「障害を乗り越えて」「障害にめげずに」ではなく、「障害も表現のひとつにしてダンスする」という表現力がとても心地よいダンス空間を作っていたのです。
一人は、足の障害のため、両手に杖を持って踊るのですが、杖は魔法の杖のように、生き生きとダンス表現に取り込まれていました。
グループ名、「イル・アビリティ」は、リーダーのトミー・リーによる造語です。
障害というネガティブなイメージのある"disability(ディスアビリティ身体障害、不能、無能)"という語を反転させたイル・アビリティーズ(ILL-Abilities)。
障害(ハンディキャップ)を欠点として捉えるのではなく、障害をユニークな個性ととらえ、ユニークであるが故に、そこから創造性や利点が生まれてくるという考え方。
YouTubeよりイルアビリティズのダンス
http://jp.youtube.com/watch?v=SlzofJGOo8E
<つづく>
08:26 コメント(4) ページのトップへ
2008年10月05日
ぽかぽか春庭「千手観音」
2008/10/05
ぽかぽか春庭>ハートでアート(3)千手観音
北京パラリンピック、9月6日の開会式では、障害を持つ人たちによるさまざまなパフォーマンスのなか、聴覚視覚にハンディキャップがある人たちの舞踊集団も登場しました。美しく華麗な舞。
300人の聴覚障害を持つ高校生大学生などの若い女性たちが、2年をかけて練習した成果の美しい動きでした。手話によって動きを伝えるリーダーが指示を出し、踊り手はリーダーの指示を見て、聞こえない音にぴったり合わせてダンスをしていました。
You Tubeより、パラリンピック開会式のダンスパフォーマンス
http://jp.youtube.com/watch?v=Wx-a7sYhtg0
また、中国の聴覚障害者によるダンスグループ「千手観音」のパフォーマンスも、障害の有無など関係なく、見る者に感動を呼び起こす、すぐれた表現になっています。
宗教的な荘厳さを感じさせる、千手観音のダンス。
7月末に日本テレビの「汐留ジャンボリー」に出演し、テレビで紹介されたので、日本のファン層も広がり、秋の日本公演では、チケット入手が難しいそうで、姪の祖母は「苦労してチケットを手に入れた」と、言っていました。
http://www.senjukannon.jp/
YouTubeより千手観音のダンス
http://jp.youtube.com/watch?v=slTqx_pxqVg
アテネパラリンピック閉会式に出演したときの千手観音のダンス
http://jp.youtube.com/watch?v=UHOYIx7BfXs&feature=related
大江健三郎の息子大江光は知的障害を持っていますが、幼いときから音楽が好きで、現在は作曲家としてヒットCDもあります。とても美しい、ピアノ曲の数々。私も「癒し系ミュージック」としてCDを聞いてきました。
障害をもつアーティスト、さまざまな分野で活躍しています。
芸術を創作する側の障害者については、偏見が減ってきているのだと思います。では、モデルとしてはどうでしょうか。
感じ方はそれぞれあってよいけれど、次のような「障害者モデル」についての考え方を見て、私とは異なる受け取り方だなあ、と思いました。
ある日本画家さんは、歩いている脳性マヒの人の姿を彫刻作品にしたものを見て、「人間の病気を木彫にしたもの」に見えて、「不愉快だ」と、ブログに書き残しました。
何がこの日本画家さんを不愉快にさせているのでしょう。
ご自身が病気をなさってから絵を始めたということなので病気や障害に対して感じ方が、私とちがうのだろうか。
以下、「泥のにおい」という副題がついた彫刻作品についてのブログ記事コピーです。
<つづく>
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2008年10月06日
ぽかぽか春庭「モデル」
2008/10/06
ぽかぽか春庭やちまた日記>ハートでアート(4)モデル
脳性麻痺の人々の姿を「不愉快」と受け取るのも、それぞれの感じ方だと思うし、私が「ひとつの人間存在のあり方であり、人間の姿の表現のひとつ」と感じるのも、私なりの感じ方だと思います。
脳性マヒの青年は、じっとモデルになっていたのではないかも知れない。
立ち上がろうとするだけでも大変だったろう。
私が外出ヘルプをしたことのある脳性マヒのご夫妻、「立ったりすわったりするだけでも、えらいこっちゃ」とおっしゃっていた。ご夫妻、奥様は車椅子生活、ご主人は杖をたよりに歩行が可能でした。
「半人前同士だから、ふたりでいっしょになれば一人前かと思って結婚したんだけど、ふたり合わせても一人前にはならない」と笑って、ヘルパーさんの助けを借りて、ふたり仲良くお暮らしでした。
脳性マヒは、たしかに身体的に不自由があるけれど、彫刻作品のモデルとなって悪いわけじゃない。
脳性麻痺にはいろいろなタイプがあり、発達障害を伴う場合もあるし、すぐれた感受性や能力を発揮する人もいます。
不自由はあっても、人間の生きているかたちのひとつにすぎない。
竹橋の近代美術館にある、肖像画「エロシェンコ像」。盲目の亡命ロシア詩人をモデルにした、中村彝(つね)の傑作です。
エロシェンコ像を見るたびに、私は詩人の感性と知性あふれる魂を感じます。中村彝の、人を見る目の確かさと、エロシェンコへの熱い共感を感じます。
自称日本画家さんは、エロシェンコ像を見て、「目の不自由さを肖像にして、不愉快」と感じるのでしょうか。
脳性マヒの方の姿を「人間の病気を木彫にした」と感じるのは、脳性マヒ者の姿を「本来の人間の姿でない、美しくない」と感じるから、不愉快にお思いになるのではないか。
この「泥のにおい」の木彫作品を作り上げた人、モデルへの愛情、深い共感がなければ、決して作ったりしないだろう。健常者をモデルにする以上に、たいへんな制作となるのはわかっているから。
それをあえて作品にしたのは、脳性マヒの人がもつ身体的なダイナミズムに共感したからに違いない。
脳性マヒの人が木彫モデルになることで、このブログの画家さんが「不愉快」と感じるのは、「病気の人をさらしものにしている」という意識があるからではないだろうか。そして「病気を人目にさらして不愉快」と感じるのは、脳性マヒの人を「人目にさらしてはならない、かわいそうな人」と思っているのではないか。
<つづく>
00:26 コメント(2) ページのトップへ
2008年10月07日
ぽかぽか春庭「泥のにおい」
2008/10/07
ぽかぽか春庭>ハートでアート(4)泥のにおい
以下のコラムを書いた方は、自称「日本画家」です。プロフィールによると、ご自身が病気をされたことがきっかけで、絵を描きはじめたそうです。
(2007年9月にコピペしたブログですが、現在閉鎖してしまったのか、サイトを呼び出すことができません。)
ある日本画家のブログより引用「2007年の日展で」
===========
私は、少し驚いたことがある。
彫刻の展示場で、特選に選ばれた作品についてである。
ある青年の独特のポーズなのであるが、そのポーズは、ある意味脳性麻痺の人間が立って歩く時に自然に出てくる仕草を木彫にしたものである。
一昔であれば、このような木彫は敬遠されたであろうが、今の時代は特選として評価されている。
私にとっては、実は大変不愉快な思いなのである。
人間の病気を木彫にしたものに見えてくるのである。
ソレを芸術まで昇華した?はたして、そうなのであろうか?う~ん・・・・ 考えすぎか?(^^;)
しかし、見て不愉快なものには変わりは無い。(2007-09-09 10:19:51 )
上記ブログへの読者コメント
はじめまして
その作品、審査の際、うちの隣に立ってましたけど、一度見たら忘れられない表情をしてましたね。
何を意図して・・・と思いましたけれど。
このお話から、障害を持っても力強く生き抜く・・・ という事を表現したかったのかな?とも・・・。
それにしては、あのサブタイトルの「泥のにおい」というのは、どういう意味なんだろう?と今だに判りません。(2007-09-10 09:48:30)
================
私は当の作品を見ていないので詳細はわかりませんが、「泥のにおい」と題された彫刻作品、モデルになっている人が脳性マヒの方であるらしい。
私は脳性麻痺生活者が木彫モデルになったとしても、「病気を作品にしたことが不愉快」とは思わない。
不自由があるのはわかる。その不自由さはできる限り解消されるべきだが、不自由さとともに「脳性麻痺という個性」を生きている人と思っています。
若い女性や青年がモデルになるのとおなじくらい、脳性マヒの青年はモデルになって当然だ」と、私は思う。
<つづく>
01:21 コメント(5) ページのトップへ
2008年10月08日
ぽかぽか春庭「ユニークフェイス」
2008/10/08
ぽかぽか春庭やちまた日記>ハートでアート(5)ユニークフェイス
「ユニークフェイス」というNPOがある。遺伝、疾患、外傷等による「見た目の問題」を持つ人々を、サポートする活動を行っています。
見た目が他の人とことなることで、外出をためらったり、人前にでることに苦痛に感じ生きづらさを感じている人たちにアドバイスし、さまざまなサポートをしています。
顔の傷やアザを手術やメイクで目立たなくする方法を教えたり、自分自身のユニークフェイスを子供たちに見せて、子供たちに、外見が人と異なる人への接し方教えたり、ユニークフェイスの持ち主の心情を話したり、という啓蒙活動を行っています。
NPO法人ユニークフェイスのHP
http://www.uniqueface.org/
6年前に亡くなった私の姉は、腕のいい美容師でした。ヘアカットや着付けが上手なだけでなく、「オリリー・カバーマーク」という特殊メイクの技術を習得していました。
手術しても完全には直らないヤケドやアザを、メイクでうまくカバーする方法を身につけて施術し、感謝されていました。
外来語「アート」は、日本語語彙としては、「芸術」「美術工芸」という意味で用いられていますが、英語「artアート」の語源となっているラテン語の ars (アルス)の本来の意味は、「芸術」というより、「自然」に対置される人間の「技」や「技術」を意味する言葉でした。「芸術・美術」というより「術」「ワザ」を意味していたのです。
ラテン語「ars」は、そもそもギリシャ語「テクネー」に相当しています。テクネーはテクノロジー(技術)の語源でもあり、「技術・ワザ」を意味しています。
古代ギリシャの「医術の祖」と呼ばれるヒポクラテスが「Art is long, life is short. 」と述べた言葉は、格言として日本語では「芸術は長しされど人生は短し」と訳されていますが、実は「医術を習得するには長い時間がかかるが、人生はあまりにも短い」というのが原意だそうです。
姉は、芸術家ではなかったけれど、卓越した「ワザ」を持つ」美容師として、彼女の「アート」を発揮した人だった、と思います。
姉は「顔のあざを目立たなくすることで、性格がすっかり変わったようになる人もいる。顔をじろじろ見られたり、子供から指さされてオバケの顔とまで言われたりして、人前に出たがらなかった人が、うれしそうに外出するようになる」と、仕事に誇りをもって話していました。
そういう話を聞いたとき、私は、「外見がどうだろうと、堂々と歩けるほうが、ほんとうなんだけど」と、姉に言ったこともありました。
「人と同じことをしたがり、いつも群れて行動する」のが好きな人々を、批判してきた私。
と、信じて生きてきた。
ド近眼&乱視&老眼の私がなんとか不自由なく仕事をこなせるのは、眼鏡の助けがあるから。
眼鏡をかけるのは不自由なときもあるけれど、私にとって、それで「人目にさらされるのをさけたい」と思ったことはありません。なぜなら、日本では、メガネをかけることは少数派ではないから。会議などで、その場に居合わせる半数以上がメガネということも少なくはない。
脳性麻痺の肢体をぶしつけに見られるのをいやがったり、顔の怪我などを人から見られるのがつらいという人へ、「悪いことしているんじゃないんだから、堂々と外に出ようよ」と言っていたにもかかわらず、我が身の上の出来事について、大いに考えさせられた出来事がありました。
自分の姿形が人と異なって見え、しかも「大多数」の人たちから見ると「少数派」になったときの気持ちがよくわかった出来事に遭遇したのです。
<つづく>
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2008年10月09日
ぽかぽか春庭「裸足で歩く」
2008/10/09
ぽかぽか春庭やちまた日記>ハートでアート(6)裸足で歩く
7月に、「世界が足もとから崩壊する気分」を書きました。
仕事先まで履いていったサンダルが壊れてしまい、半日を裸足ですごしたときの話。
笑い話として書き、チルチルさんにも「笑えたよー」と言ってもらったのですが、実は、自分自身の「自己イメージ」が崩れて、「自己イメージの私的世界崩壊」を感じたのでした。
(春庭いろいろあらーなカルスタクラブより2008/07/10~13)
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/200807A
「靴をはいていない」というだけの「一般常識とはちがう姿」をして都会の道路を歩いてみて、人から見られとき、「ジロジロ見るんじゃネーヨ!」と感じてしまった。
何も悪いことをしていないのに、「見られたらイヤだな」と感じてしまう。スティグマを負うて歩くような気分。
「悪いコトしているんじゃないのだから、堂々と歩きましょう」なんて、建前にすぎなかった。人にうさんくさい目で見られること、ほんと、いい気分ではありませんでした。
自分自身の問題として引きうければ、たかが「靴をはいていない」程度のことでも、「人から変な目で見られる」のがいやだという事実。
衝撃!
「顔にあざがあっても、堂々と外を歩ける社会にしなければ」という私は、ただの「建前」を述べていたのにすぎなかった。
私が「外見で人を判断したり差別することは、まちがっている」と、思っていたことは、事実だけれど、自分自身が「差別される側」には立たないまま言っているだけなら、「アフリカの飢えた子供を救おう」と活動する一方で、飢えた子供を100人救える金額の高級グルメ料理を食べ残したりしている人の行動と変わらないではないか。
「どのような顔や肢体でも、堂々と外を歩こう」と言っていながら、自分はじろじろ見られることがいやだ、なんて、「地球にやさしいエコ生活をしよう」と、割り箸や紙コップの使用禁止を訴えながら、エアコンかけている人と変わらないではないか。
自分自身が、いかに「他の人と異なる様相を見せて、うさんくさい目で見られる」ことをすんなり受け入れられない人間であったか、と思い知った。
自分が頭で思っていた「私は、見かけで人を判断したりする人間ではないし、みなと同じでないからといって偏見を持つ人間ではない」という自分自身のイメージは、「差別される側」からの視点ではなかった。
実際に自分自身が他者と変わった姿をしたときには、「じろじろ見てんじゃネーヨ!」と叫びたい人間であったことを思い知りました。
「みんなと同じでありたい」「他人と自分とが違う部分について、あれこれ言われたくないから、多勢に同化しようとする」という日本社会の中に、自分自身がどっぷりつかっていることを思い知った、裸足の400メートル道中でした。
おのれの思想信条、肌の色、姿かたち、自己のいかなるありかたを示めしても、決してそのことによって人を差別することのない社会であってほしいと、私は、思っている。
脳性麻痺によって、不自由があるなら、それを完全にとはいえなくても、できる限り不自由のない状態にまで援助することは、私たちのつとめだし、行きたいところに出かけていけるよう、手助けしたい。私はそうやって、視覚障害や身体障害の方ともおつきあいしてきた。
外見が他の人とちがっていても、肌の色がちがっていても、靴を履いていなくても、自分は自分、と、堂々と歩ける人でありたいと思っており、そういう社会をめざす人になりたいと、もう一度確認した「裸足の400メートル」
<つづく>
01:01 コメント(6) ページのトップへ
2008年10月10日
ぽかぽか春庭「裸足で泥田を!」
2008/10/10
ぽかぽか春庭やちまた日記>ハートでアート(7)裸足で泥田を
障害を持つ人たちを「かわいそうな人」と一面的にとらえることはしない。不自由なことは多いだろうけれど、私にない可能性をたくさんもち、私にない感受性を持っている。
視覚障害の方は、ド近眼で乱視の私以上に不自由はあるだろうけれど、その不自由さ以外の部分では、それぞれの個性をもって生きていく人間同士。
脳性麻痺の方は、足を怪我した私以上に不自由であるだろうけれど、その人独自の個性感性をもっている。
ある人の存在のしかた、ある生き方を、「美しい」とみるか、「不愉快」とみるか、人さまざまであるのだろう。
「泥のにおい」という脳性麻痺者をモデルにした木彫作品をみて、「不愉快」と感じる人がいたら、それはそういう人であるのだから、反論しても意味はないのかもしれない。
私の、大切な友人たち。
ひとりは視覚障害のあこさん。私に「見えない世界」「音と匂いの世界」の感じ方の豊かな感覚をおしえてくれる。
ひとりは、脳性麻痺のちるちるさん。詩とアートのすてきなハーモニーを見せてくれる。
私自身が「人からジロジロみられるのはイヤだ」と感じてしまう弱い人間であることを自覚しつつ、それでも「いっしょに外を歩こう、裸足で散歩しよう」と、あこさんもちるちるさんも誘いたい。
映画『裸足で散歩』の原作『裸足で公園を』は、ニール・サイモンの戯曲作品。
私は、『裸足で泥田を』歩いていこうと思う。
50年も昔のこと。子供同士であぜ道を歩いていた。
私の家のまわりは、まだ畑と田圃が混在し、田圃に水を引く細い水路が住宅地化してきた地域のなかを通っていた。
田植えの泥田を見下ろし、「あんな汚い仕事をする人になりたくない」と、言った子がいた。
私の母の実家、元は農家で、母も田植えの手伝いをしてきたから、町かたの子が田植えを見て「泥んこのきたない仕事」と言ったことにびっくりした。
それを聞いて、「泥の中に植えなければ稲は育たないよ」と反発したのだったか、「私は泥の中で生きるよ」と言い返したのだったか、もう反論の中身は忘れてしまった。子ども同士の幼い口げんかが印象に残った思い出。
どちらにせよ、反論しても意味はなかったろう。泥の中で生きることが嫌いな人もいれば、泥の中でなにかをつかみ取ろうとする人もいる。それだけだ。
私は、これまで泥んこ人生だった。不如意な人生の泥の中をはいずり回って生きてきた。
泥のなかの私の姿をみて、「あんなドロンコの中で生きていたくない」と思った人もいるだろう。
私は泥のにおいが好きだ。
雨上がりのどろんこ道の匂いも、田植えの前の泥田の匂いも。私がはい回っている泥んこ人生のにおいも。
実は、自分自身だって、人からジロジロうさんくさい目で見られるのは嫌いなのだ、という弱点を自覚しつつ、私は裸足で泥田を歩いていく。
「ハートでアート」を制作するさまざまな「アーティスト」たちに励まされながら、彼らの感性によりそう者として歩いていきたい。
まだ見たことがない「泥のにおい」という副題がつけられた木彫作品を、いつか見ることがあるだろうか。その彫刻に出会ったら、私は靴を脱ぎ、裸足で作品の周りをぐるぐる回ってみようと思います。
その彫刻といっしょに歩いていけるような気分になれたら、私がこれから先歩いていく泥んこ道の一歩一歩が私にとって、いっそう深い一歩になれる気がするのです。
<おわり>
ぽかぽか春庭やちまた日記>ハートでアート(1)NHKハート展
今春の3月4日、上村淳之(うえむらあつし)展を見に、日本橋三越へ行ったら、隣のフロアでNHKハート展を開催していました。
ハート展は、心身に障害を持つ人から詩を募集し、入選した50編に、アーティスト、俳優など著名人がそれぞれに絵をつけたコラボレーション作品展です。
私は三越で開催されていることなど少しも知らなかったので、こうして出会うのも、ご縁というものだろうと思い、ゆっくり会場をまわりました。もう買い物タイムはデパ地下の食料品あたりに集まる頃合いで、会場はそれほど人も多くなく、ゆったりと詩を読むことができました。
カフェ友のchiruchiru77さん、すてきな詩をカフェ日記に掲載しています。去年ハート展に応募したのだけれど、結果は残念!でも、またの応募を励みにして、詩を書き続けています。
chiruchiru77さん、車椅子生活です。今年は手術を受け、苦しくともリハビリを続け、自分自身の可能性にチャレンジしています。身体的には不自由な面が多いけれど、精神的な面では、一人息子の子育てを終えた今も、まだまだチャレンジをつづけています。
ちるちるさんの詩を思い出しながら、会場に展示された50編の詩を読み、絵を見ていきました。
どれも、こころの中のことばがすっと口にでてきたような、きらきらした言葉たちです。
8歳の田上周弥さんは発達障害がありますが、外遊びが大好き。ビーズの作品をつくるのも好き。
アーティストの山本昌美さんのコラボレート作品は、キルティング布の上に、布を切ったティアドロップスの形がたくさん貼ってありました。
「おさかなになろうねの話」(手書き文字の切れ目のとおりに改行してあります)
ママとぼくのなみだがたくさ
んたまって海になったら
いっしょにおさかなに
なって、おしりフリフリして
およごうね。
http://www.nhk.or.jp/heart-pj/art/heart/work2008/work23.html
俳優の緒方拳さんが描いた、ちょっとふとっちょの顔は三角のうなぎの絵。8歳の前田蓮さんの詩とのコラボレーションです。蓮さんは肢体障害がありますが、みんなと遊ぶのが大好きだそうです。
「うなぎちゃん」
うなぎはかわいいです。
口がにっこりしてかわいいです。
うなぎの顔は
とんがりです。
うなぎはめっちゃ
とんがりです。
http://www.nhk.or.jp/heart-pj/art/heart/work2008/work39.html
56歳の山本清年さんは、知的障害者。お母さんが大好きですって。
絵描きさんの門秀彦さんの絵とのコラボレート作品です。
「くる・まいす」
おかあさん
ごはんをたべんけん
ちさくなった
いえのしたまでかいだん
ふー、おむたい
つきにいっかいのやくそく
おかあさんうえをみて
ねむる
くるまいすおす
車椅子を、「くる・まいす」と、区切り方を変えてみると、くるくる車輪がまわっていく感じも出て、「来るmy isu」みたいにも思えて、とてもおもしろく感じました。
http://www.nhk.or.jp/heart-pj/art/heart/work2008/work46.html
詩はどれも素朴な味わいで、ひとりひとりの心のつぶやきがそのまま詩になっているように思います。
chiruchiru77さんにプレゼントしたいと思って、普段は買わないカタログをかいました。5月に千葉でチルチルさんに会ったとき、お渡ししました。
ハート展は、毎月各地を巡回展示しており、今月は静岡で、11月は福岡で展覧会があります。福岡での展覧会を、ちるちるさんは見に行けるかな?
ハート展の作品が見られるNHKのHP
http://www.nhk.or.jp/heart-pj/art/heart/work2008/work26.html
<つづく>
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2008年10月04日
ぽかぽか春庭「ハートフル社員とイルアビリティ」
2008/10/04
ぽかぽか春庭やちまた日記>ハートでアート(2)ハートフル社員とイルアビリティ
障害とアート表現について。
障害をもつ人のアート作品の発表。たとえば、「アート村」の活動があります。
パソナグループのHPより
『 アート村プロジェクト”はパソナグループの「社会貢献」事業として、働く意欲がありながら就労が困難な障害を持った方々の“アート”(芸術活動)による就労支援を目的に、1992年に設立されました。
以来、公募展・企画展・アート講座・及び作品展での作品販売を通して社会参加・就労支援をバックアップしています。』
http://www.art-mura.com/
知的障害・身体障害・精神障害がある人など、さまざまな障害をもちつつアート制作に取り組んでいる人を援助する企業があることを知りました。
「ハート展」で見たコラボレーション作品のうち、内部障害をもつ中曽根千夏さん(群馬県10歳)の「うさぎとぞう」に絵を描いたのは、アート村所属アーティストの佐竹未有希さん。知的障害をもつ、「パソナハートフル」の社員で、アート制作を仕事にしています。
http://www.nhk.or.jp/heart-pj/art/heart/work2008/work31.html
すてきなことだなと思ったし、パソナという会社を見直しました。
派遣会社というのは、どうしても「阿漕な女衒」に見えてしまうところでしたが、ハートフル社員を雇用する会社でもある、ということを知りました。
メセナ(企業の社会貢献活動)として、成功事例だと思います。
私はダンスが好きなので、障害を持つ人のダンスパフォーマンスに注目してきました。
身体障害や聴覚視覚障害がある人でも、ダンスによる身体表現で、実に生き生きとした表現力をしめす。
だから、障害があってもなくても、ダンス表現の場では同じ「表現者」であると思っています。
2008/08/31午後、日本テレビ「24時間テレビ」の中で、身体や聴力に障害があるアメリカの若者4人のブレイクダンスユニットと、ジャニーズの「嵐」がコラボレートしたダンスがあり、とてもよかった。
「障害を乗り越えて」「障害にめげずに」ではなく、「障害も表現のひとつにしてダンスする」という表現力がとても心地よいダンス空間を作っていたのです。
一人は、足の障害のため、両手に杖を持って踊るのですが、杖は魔法の杖のように、生き生きとダンス表現に取り込まれていました。
グループ名、「イル・アビリティ」は、リーダーのトミー・リーによる造語です。
障害というネガティブなイメージのある"disability(ディスアビリティ身体障害、不能、無能)"という語を反転させたイル・アビリティーズ(ILL-Abilities)。
障害(ハンディキャップ)を欠点として捉えるのではなく、障害をユニークな個性ととらえ、ユニークであるが故に、そこから創造性や利点が生まれてくるという考え方。
YouTubeよりイルアビリティズのダンス
http://jp.youtube.com/watch?v=SlzofJGOo8E
<つづく>
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2008年10月05日
ぽかぽか春庭「千手観音」
2008/10/05
ぽかぽか春庭>ハートでアート(3)千手観音
北京パラリンピック、9月6日の開会式では、障害を持つ人たちによるさまざまなパフォーマンスのなか、聴覚視覚にハンディキャップがある人たちの舞踊集団も登場しました。美しく華麗な舞。
300人の聴覚障害を持つ高校生大学生などの若い女性たちが、2年をかけて練習した成果の美しい動きでした。手話によって動きを伝えるリーダーが指示を出し、踊り手はリーダーの指示を見て、聞こえない音にぴったり合わせてダンスをしていました。
You Tubeより、パラリンピック開会式のダンスパフォーマンス
http://jp.youtube.com/watch?v=Wx-a7sYhtg0
また、中国の聴覚障害者によるダンスグループ「千手観音」のパフォーマンスも、障害の有無など関係なく、見る者に感動を呼び起こす、すぐれた表現になっています。
宗教的な荘厳さを感じさせる、千手観音のダンス。
7月末に日本テレビの「汐留ジャンボリー」に出演し、テレビで紹介されたので、日本のファン層も広がり、秋の日本公演では、チケット入手が難しいそうで、姪の祖母は「苦労してチケットを手に入れた」と、言っていました。
http://www.senjukannon.jp/
YouTubeより千手観音のダンス
http://jp.youtube.com/watch?v=slTqx_pxqVg
アテネパラリンピック閉会式に出演したときの千手観音のダンス
http://jp.youtube.com/watch?v=UHOYIx7BfXs&feature=related
大江健三郎の息子大江光は知的障害を持っていますが、幼いときから音楽が好きで、現在は作曲家としてヒットCDもあります。とても美しい、ピアノ曲の数々。私も「癒し系ミュージック」としてCDを聞いてきました。
障害をもつアーティスト、さまざまな分野で活躍しています。
芸術を創作する側の障害者については、偏見が減ってきているのだと思います。では、モデルとしてはどうでしょうか。
感じ方はそれぞれあってよいけれど、次のような「障害者モデル」についての考え方を見て、私とは異なる受け取り方だなあ、と思いました。
ある日本画家さんは、歩いている脳性マヒの人の姿を彫刻作品にしたものを見て、「人間の病気を木彫にしたもの」に見えて、「不愉快だ」と、ブログに書き残しました。
何がこの日本画家さんを不愉快にさせているのでしょう。
ご自身が病気をなさってから絵を始めたということなので病気や障害に対して感じ方が、私とちがうのだろうか。
以下、「泥のにおい」という副題がついた彫刻作品についてのブログ記事コピーです。
<つづく>
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2008年10月06日
ぽかぽか春庭「モデル」
2008/10/06
ぽかぽか春庭やちまた日記>ハートでアート(4)モデル
脳性麻痺の人々の姿を「不愉快」と受け取るのも、それぞれの感じ方だと思うし、私が「ひとつの人間存在のあり方であり、人間の姿の表現のひとつ」と感じるのも、私なりの感じ方だと思います。
脳性マヒの青年は、じっとモデルになっていたのではないかも知れない。
立ち上がろうとするだけでも大変だったろう。
私が外出ヘルプをしたことのある脳性マヒのご夫妻、「立ったりすわったりするだけでも、えらいこっちゃ」とおっしゃっていた。ご夫妻、奥様は車椅子生活、ご主人は杖をたよりに歩行が可能でした。
「半人前同士だから、ふたりでいっしょになれば一人前かと思って結婚したんだけど、ふたり合わせても一人前にはならない」と笑って、ヘルパーさんの助けを借りて、ふたり仲良くお暮らしでした。
脳性マヒは、たしかに身体的に不自由があるけれど、彫刻作品のモデルとなって悪いわけじゃない。
脳性麻痺にはいろいろなタイプがあり、発達障害を伴う場合もあるし、すぐれた感受性や能力を発揮する人もいます。
不自由はあっても、人間の生きているかたちのひとつにすぎない。
竹橋の近代美術館にある、肖像画「エロシェンコ像」。盲目の亡命ロシア詩人をモデルにした、中村彝(つね)の傑作です。
エロシェンコ像を見るたびに、私は詩人の感性と知性あふれる魂を感じます。中村彝の、人を見る目の確かさと、エロシェンコへの熱い共感を感じます。
自称日本画家さんは、エロシェンコ像を見て、「目の不自由さを肖像にして、不愉快」と感じるのでしょうか。
脳性マヒの方の姿を「人間の病気を木彫にした」と感じるのは、脳性マヒ者の姿を「本来の人間の姿でない、美しくない」と感じるから、不愉快にお思いになるのではないか。
この「泥のにおい」の木彫作品を作り上げた人、モデルへの愛情、深い共感がなければ、決して作ったりしないだろう。健常者をモデルにする以上に、たいへんな制作となるのはわかっているから。
それをあえて作品にしたのは、脳性マヒの人がもつ身体的なダイナミズムに共感したからに違いない。
脳性マヒの人が木彫モデルになることで、このブログの画家さんが「不愉快」と感じるのは、「病気の人をさらしものにしている」という意識があるからではないだろうか。そして「病気を人目にさらして不愉快」と感じるのは、脳性マヒの人を「人目にさらしてはならない、かわいそうな人」と思っているのではないか。
<つづく>
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2008年10月07日
ぽかぽか春庭「泥のにおい」
2008/10/07
ぽかぽか春庭>ハートでアート(4)泥のにおい
以下のコラムを書いた方は、自称「日本画家」です。プロフィールによると、ご自身が病気をされたことがきっかけで、絵を描きはじめたそうです。
(2007年9月にコピペしたブログですが、現在閉鎖してしまったのか、サイトを呼び出すことができません。)
ある日本画家のブログより引用「2007年の日展で」
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私は、少し驚いたことがある。
彫刻の展示場で、特選に選ばれた作品についてである。
ある青年の独特のポーズなのであるが、そのポーズは、ある意味脳性麻痺の人間が立って歩く時に自然に出てくる仕草を木彫にしたものである。
一昔であれば、このような木彫は敬遠されたであろうが、今の時代は特選として評価されている。
私にとっては、実は大変不愉快な思いなのである。
人間の病気を木彫にしたものに見えてくるのである。
ソレを芸術まで昇華した?はたして、そうなのであろうか?う~ん・・・・ 考えすぎか?(^^;)
しかし、見て不愉快なものには変わりは無い。(2007-09-09 10:19:51 )
上記ブログへの読者コメント
はじめまして
その作品、審査の際、うちの隣に立ってましたけど、一度見たら忘れられない表情をしてましたね。
何を意図して・・・と思いましたけれど。
このお話から、障害を持っても力強く生き抜く・・・ という事を表現したかったのかな?とも・・・。
それにしては、あのサブタイトルの「泥のにおい」というのは、どういう意味なんだろう?と今だに判りません。(2007-09-10 09:48:30)
================
私は当の作品を見ていないので詳細はわかりませんが、「泥のにおい」と題された彫刻作品、モデルになっている人が脳性マヒの方であるらしい。
私は脳性麻痺生活者が木彫モデルになったとしても、「病気を作品にしたことが不愉快」とは思わない。
不自由があるのはわかる。その不自由さはできる限り解消されるべきだが、不自由さとともに「脳性麻痺という個性」を生きている人と思っています。
若い女性や青年がモデルになるのとおなじくらい、脳性マヒの青年はモデルになって当然だ」と、私は思う。
<つづく>
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2008年10月08日
ぽかぽか春庭「ユニークフェイス」
2008/10/08
ぽかぽか春庭やちまた日記>ハートでアート(5)ユニークフェイス
「ユニークフェイス」というNPOがある。遺伝、疾患、外傷等による「見た目の問題」を持つ人々を、サポートする活動を行っています。
見た目が他の人とことなることで、外出をためらったり、人前にでることに苦痛に感じ生きづらさを感じている人たちにアドバイスし、さまざまなサポートをしています。
顔の傷やアザを手術やメイクで目立たなくする方法を教えたり、自分自身のユニークフェイスを子供たちに見せて、子供たちに、外見が人と異なる人への接し方教えたり、ユニークフェイスの持ち主の心情を話したり、という啓蒙活動を行っています。
NPO法人ユニークフェイスのHP
http://www.uniqueface.org/
6年前に亡くなった私の姉は、腕のいい美容師でした。ヘアカットや着付けが上手なだけでなく、「オリリー・カバーマーク」という特殊メイクの技術を習得していました。
手術しても完全には直らないヤケドやアザを、メイクでうまくカバーする方法を身につけて施術し、感謝されていました。
外来語「アート」は、日本語語彙としては、「芸術」「美術工芸」という意味で用いられていますが、英語「artアート」の語源となっているラテン語の ars (アルス)の本来の意味は、「芸術」というより、「自然」に対置される人間の「技」や「技術」を意味する言葉でした。「芸術・美術」というより「術」「ワザ」を意味していたのです。
ラテン語「ars」は、そもそもギリシャ語「テクネー」に相当しています。テクネーはテクノロジー(技術)の語源でもあり、「技術・ワザ」を意味しています。
古代ギリシャの「医術の祖」と呼ばれるヒポクラテスが「Art is long, life is short. 」と述べた言葉は、格言として日本語では「芸術は長しされど人生は短し」と訳されていますが、実は「医術を習得するには長い時間がかかるが、人生はあまりにも短い」というのが原意だそうです。
姉は、芸術家ではなかったけれど、卓越した「ワザ」を持つ」美容師として、彼女の「アート」を発揮した人だった、と思います。
姉は「顔のあざを目立たなくすることで、性格がすっかり変わったようになる人もいる。顔をじろじろ見られたり、子供から指さされてオバケの顔とまで言われたりして、人前に出たがらなかった人が、うれしそうに外出するようになる」と、仕事に誇りをもって話していました。
そういう話を聞いたとき、私は、「外見がどうだろうと、堂々と歩けるほうが、ほんとうなんだけど」と、姉に言ったこともありました。
「人と同じことをしたがり、いつも群れて行動する」のが好きな人々を、批判してきた私。
と、信じて生きてきた。
ド近眼&乱視&老眼の私がなんとか不自由なく仕事をこなせるのは、眼鏡の助けがあるから。
眼鏡をかけるのは不自由なときもあるけれど、私にとって、それで「人目にさらされるのをさけたい」と思ったことはありません。なぜなら、日本では、メガネをかけることは少数派ではないから。会議などで、その場に居合わせる半数以上がメガネということも少なくはない。
脳性麻痺の肢体をぶしつけに見られるのをいやがったり、顔の怪我などを人から見られるのがつらいという人へ、「悪いことしているんじゃないんだから、堂々と外に出ようよ」と言っていたにもかかわらず、我が身の上の出来事について、大いに考えさせられた出来事がありました。
自分の姿形が人と異なって見え、しかも「大多数」の人たちから見ると「少数派」になったときの気持ちがよくわかった出来事に遭遇したのです。
<つづく>
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2008年10月09日
ぽかぽか春庭「裸足で歩く」
2008/10/09
ぽかぽか春庭やちまた日記>ハートでアート(6)裸足で歩く
7月に、「世界が足もとから崩壊する気分」を書きました。
仕事先まで履いていったサンダルが壊れてしまい、半日を裸足ですごしたときの話。
笑い話として書き、チルチルさんにも「笑えたよー」と言ってもらったのですが、実は、自分自身の「自己イメージ」が崩れて、「自己イメージの私的世界崩壊」を感じたのでした。
(春庭いろいろあらーなカルスタクラブより2008/07/10~13)
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/200807A
「靴をはいていない」というだけの「一般常識とはちがう姿」をして都会の道路を歩いてみて、人から見られとき、「ジロジロ見るんじゃネーヨ!」と感じてしまった。
何も悪いことをしていないのに、「見られたらイヤだな」と感じてしまう。スティグマを負うて歩くような気分。
「悪いコトしているんじゃないのだから、堂々と歩きましょう」なんて、建前にすぎなかった。人にうさんくさい目で見られること、ほんと、いい気分ではありませんでした。
自分自身の問題として引きうければ、たかが「靴をはいていない」程度のことでも、「人から変な目で見られる」のがいやだという事実。
衝撃!
「顔にあざがあっても、堂々と外を歩ける社会にしなければ」という私は、ただの「建前」を述べていたのにすぎなかった。
私が「外見で人を判断したり差別することは、まちがっている」と、思っていたことは、事実だけれど、自分自身が「差別される側」には立たないまま言っているだけなら、「アフリカの飢えた子供を救おう」と活動する一方で、飢えた子供を100人救える金額の高級グルメ料理を食べ残したりしている人の行動と変わらないではないか。
「どのような顔や肢体でも、堂々と外を歩こう」と言っていながら、自分はじろじろ見られることがいやだ、なんて、「地球にやさしいエコ生活をしよう」と、割り箸や紙コップの使用禁止を訴えながら、エアコンかけている人と変わらないではないか。
自分自身が、いかに「他の人と異なる様相を見せて、うさんくさい目で見られる」ことをすんなり受け入れられない人間であったか、と思い知った。
自分が頭で思っていた「私は、見かけで人を判断したりする人間ではないし、みなと同じでないからといって偏見を持つ人間ではない」という自分自身のイメージは、「差別される側」からの視点ではなかった。
実際に自分自身が他者と変わった姿をしたときには、「じろじろ見てんじゃネーヨ!」と叫びたい人間であったことを思い知りました。
「みんなと同じでありたい」「他人と自分とが違う部分について、あれこれ言われたくないから、多勢に同化しようとする」という日本社会の中に、自分自身がどっぷりつかっていることを思い知った、裸足の400メートル道中でした。
おのれの思想信条、肌の色、姿かたち、自己のいかなるありかたを示めしても、決してそのことによって人を差別することのない社会であってほしいと、私は、思っている。
脳性麻痺によって、不自由があるなら、それを完全にとはいえなくても、できる限り不自由のない状態にまで援助することは、私たちのつとめだし、行きたいところに出かけていけるよう、手助けしたい。私はそうやって、視覚障害や身体障害の方ともおつきあいしてきた。
外見が他の人とちがっていても、肌の色がちがっていても、靴を履いていなくても、自分は自分、と、堂々と歩ける人でありたいと思っており、そういう社会をめざす人になりたいと、もう一度確認した「裸足の400メートル」
<つづく>
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2008年10月10日
ぽかぽか春庭「裸足で泥田を!」
2008/10/10
ぽかぽか春庭やちまた日記>ハートでアート(7)裸足で泥田を
障害を持つ人たちを「かわいそうな人」と一面的にとらえることはしない。不自由なことは多いだろうけれど、私にない可能性をたくさんもち、私にない感受性を持っている。
視覚障害の方は、ド近眼で乱視の私以上に不自由はあるだろうけれど、その不自由さ以外の部分では、それぞれの個性をもって生きていく人間同士。
脳性麻痺の方は、足を怪我した私以上に不自由であるだろうけれど、その人独自の個性感性をもっている。
ある人の存在のしかた、ある生き方を、「美しい」とみるか、「不愉快」とみるか、人さまざまであるのだろう。
「泥のにおい」という脳性麻痺者をモデルにした木彫作品をみて、「不愉快」と感じる人がいたら、それはそういう人であるのだから、反論しても意味はないのかもしれない。
私の、大切な友人たち。
ひとりは視覚障害のあこさん。私に「見えない世界」「音と匂いの世界」の感じ方の豊かな感覚をおしえてくれる。
ひとりは、脳性麻痺のちるちるさん。詩とアートのすてきなハーモニーを見せてくれる。
私自身が「人からジロジロみられるのはイヤだ」と感じてしまう弱い人間であることを自覚しつつ、それでも「いっしょに外を歩こう、裸足で散歩しよう」と、あこさんもちるちるさんも誘いたい。
映画『裸足で散歩』の原作『裸足で公園を』は、ニール・サイモンの戯曲作品。
私は、『裸足で泥田を』歩いていこうと思う。
50年も昔のこと。子供同士であぜ道を歩いていた。
私の家のまわりは、まだ畑と田圃が混在し、田圃に水を引く細い水路が住宅地化してきた地域のなかを通っていた。
田植えの泥田を見下ろし、「あんな汚い仕事をする人になりたくない」と、言った子がいた。
私の母の実家、元は農家で、母も田植えの手伝いをしてきたから、町かたの子が田植えを見て「泥んこのきたない仕事」と言ったことにびっくりした。
それを聞いて、「泥の中に植えなければ稲は育たないよ」と反発したのだったか、「私は泥の中で生きるよ」と言い返したのだったか、もう反論の中身は忘れてしまった。子ども同士の幼い口げんかが印象に残った思い出。
どちらにせよ、反論しても意味はなかったろう。泥の中で生きることが嫌いな人もいれば、泥の中でなにかをつかみ取ろうとする人もいる。それだけだ。
私は、これまで泥んこ人生だった。不如意な人生の泥の中をはいずり回って生きてきた。
泥のなかの私の姿をみて、「あんなドロンコの中で生きていたくない」と思った人もいるだろう。
私は泥のにおいが好きだ。
雨上がりのどろんこ道の匂いも、田植えの前の泥田の匂いも。私がはい回っている泥んこ人生のにおいも。
実は、自分自身だって、人からジロジロうさんくさい目で見られるのは嫌いなのだ、という弱点を自覚しつつ、私は裸足で泥田を歩いていく。
「ハートでアート」を制作するさまざまな「アーティスト」たちに励まされながら、彼らの感性によりそう者として歩いていきたい。
まだ見たことがない「泥のにおい」という副題がつけられた木彫作品を、いつか見ることがあるだろうか。その彫刻に出会ったら、私は靴を脱ぎ、裸足で作品の周りをぐるぐる回ってみようと思います。
その彫刻といっしょに歩いていけるような気分になれたら、私がこれから先歩いていく泥んこ道の一歩一歩が私にとって、いっそう深い一歩になれる気がするのです。
<おわり>