KUMIの句日記

写真と一日一句で綴るブログ。句の転載を禁じます。

喪中のはがき

2016年12月14日 | 暮らしのつぶやき
天気 曇のち晴

まだ頑張って咲いている菊のひとむら。この菊、お正月を過ぎてもさいている、けなげな花。

喪中につき・・の挨拶の葉書を今年も何枚かいただいた。私の年代でもまれに両親が亡くなられた、というものもある。無論90歳を越えて100歳に近い方だ。大正生まれの人は体が丈夫に出来ているのだろう、と思わずにはいられない。

そんな中、「兄が・・」「姉が・・」というものもある。
姉が・・ならば私も今年は「喪中につき・・」と挨拶状を出さねばならない。でも、去年までに兄姉を3人亡くしているけれど、お正月に喪に服したことはない。以前、実家のお寺さんのご住職は「四十九日の法要を過ぎれば、故人はかの世で楽しく暮らしています、喪は明けたと思ってください」と言われた。
3人の兄姉とも4月までに亡くなっていて、正月にはもう喪の気分もなかったし。でも、「今年1月に兄が」という知人の葉書を見て、世間ではどんな常識になっているのかな?とちょっとネットで調べてみた。
兄姉・叔父叔母・祖父母は、家族の一員だった以外は、喪の目安は3ヶ月。というのが世間の常識のようだ。無論、同居していなくても喪中、としたい格別の思いがあれば別だと思う。

さて、私は・・姉に対して喪に服したい格別の思いはない。世話になったこともなければ、恩義を感じるようなこともなかった。その逆は山ほどある。それは、まだまだ続いている訳で。
せめて、お正月には自分の暮らしを取戻し、楽しい気分で年賀状を読みたい。ということで、私のお正月は「喪中」ではありません。

凍て雲の北より飛んで来たりけり  KUMI
コメント (4)
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