ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

新潟県上越市、浦川原区虫川「白山神社・虫川の大杉」(国指定)です!!

2020-11-15 06:37:40 | 巨樹・大木
虫川地区は、上越市役所の東約19kmのところ

国道253号線を東(十日町市)方面へ、虫川信号を南に入り県道503号坊金虫川線です

ほくほく線のガードを潜り、ほくほく線むしかわおおすぎ駅入口を過ぎてすぐに左へ県道503号線を進みます

細野川を渡ると間も無く県道右手に白山神社が西向きに鎮座します「虫川の大杉」(国指定)が見えています

境内前に整備されて駐車場がありますので利用させて頂きました

白山神社です

境内に入って直ぐに大杉です

天然記念物標柱です

説明版です
 天然記念物 虫川の大スギ
所在地 上越市浦川原区虫川1429
指定 昭和12年4月17日 文部省
所有者 白山神社
 この大スギは、当地方の総鎮守白山神社の神木として、土地の人々が古くから大切に保護してきたもので、樹齢千年以上、目通り10.6m、樹の高さは、約30m、枝張りは、東方へ約14m、西方約13m、南方約8m、北方は12mに達している。
 幹の西側地上約6mに、大きな穴があいているが、これは安政年間(約120年前)の大雪で、大枝が折れたため生じたものといわれている。
 本樹は県内はもちろん、全国でも有数の大樹である。
昭和46年12月建立
上越市教育委員会


北側から

東側から

狛犬です

拝殿です

大きな本殿です


拝殿軒下に説明版の詳しい書面が有ります

本殿北側の境内社です

では、次は虫川太子堂へ歩いて行きましょう
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新潟県上越市、浦川原区下柿野「下柿野諏訪神社のスギ」です!!

2020-11-14 06:55:00 | 巨樹・大木
下柿野地区は、上越市役所の東約17kmのところ

国道253号線を東(十日町方面)へ進みます

ほくほく線うらかわら駅入口の手前(西側)の信号を北へ入ります

顕聖寺を右に見て、沢沿いを道なりにのぼって行くと

左手の丘の上に下柿野諏訪神社が南向参道で鎮座します

前の道路脇に車を止めさせて頂きました

道路の左側に神社の樹叢が見えて来ます


幟の支柱です

石段が参道のようです(道路が出来て参道を分断してしまったようです)

石段を登ると鳥居が見えました

鳥居のすぐ先に杉の巨木が見えます

目的の大杉です

西側から見あげました、目通り幹囲6.2mの巨木です

境内参道(北側)から

ニノ鳥居です

社殿です

社殿の南側に境内社です

では、次へ行きましょう
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新潟県上越市、浦川原区顕聖寺「顕聖寺の二代杉」です!!

2020-11-13 06:46:00 | 巨樹・大木
浦川原区顕聖寺地区は、上越市役所の東約17kmのところ

国道253号線を東(十日町方面)へ進みます

ほくほく線うらかわら駅前信号の東側の変形十字路の交差点を北へ入ります

ほくほく線のガードを潜って突き当りに顕聖寺が南向参道入口が有ります

参道脇の駐車場に車を止めさせて頂きました

ほくほく線うらかわら駅の北側の山の尾根上に顕聖寺があります(寺の名前と地区の名前が同じです)

顕聖寺標柱です

顕聖寺参道入口です(山門の石柱に有るべき山号や寺号の書かれた板が有りません、寺をやめてしまっているようです)

お地蔵様です

石碑が並びます

石段を上がります

正面に本堂です

左手に御堂です

手前右側には池が有ります

綺麗な水が出ています

左側の境内端に鐘楼です

池の前から東側の山の斜面に二代杉です

見上げました

南西側から、目通り幹囲8.2mの巨木です(普通なら天然記念物サイズなのですが~)

では、次へ行きましょう
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新潟県上越市、牧区高尾「琴毘沙神社の大ケヤキ(老いの木)」(市指定)です!!

2020-11-12 07:24:00 | 巨樹・大木
牧区高尾地区は、上越市役所の南東約21kmのところ

国道405号線を安塚区方面(東)へ岩の原葡萄園を過ぎて飯田川の谷間に入って行きます

上越市牧区総合事務所前を過ぎて間もなく県道301号柳島信濃坂線を右へ飯田川に沿って進みます

市立牧中学校前で県道425号線を東へ道なりに高度を上げて行きます

高尾地区に入り地区の中ほど県道左側に琴毘沙神社が鎮座します

参道入口前に車を止めさせて頂きました


南東側に参道入口です

鳥居です

懸額です「琴毘沙神社」です

境内参道左手に目的のケヤキです

天然記念物標柱です、「上越市指定文化財天然記念物(大ケヤキ・老いの木)」となっています

境内中央から

境内に社殿は有りません、石の祠が並んでいます

祠前から

南西側から、目通り幹囲7.2mの巨木です

修復の痕です

大枝の一部が崩れて落ちていました

では、次へ行きましょう
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新潟市上越市、牧区国川「風巻神社大杉(二本)」(市指定)です!!

2020-11-11 06:30:00 | 巨樹・大木
牧区国川地区は、上越市役所の南東約21kmのところ

国道405号線を安塚区方面(東)へ岩の原葡萄園を過ぎて飯田川の谷間に入って行きます

上越市牧区総合事務所前を過ぎて、飯田川を離れて国道はつずら折に高度を上げて行きます

国川地区に入って国道に面して風巻神社が東向きに鎮座します

前の国道脇に車を止めさせて頂きました


国川バス停です

東向きに参道入口です

もう一段上に社殿があるようです

水盤です

社殿と社殿前に杉の巨木が在ります

拝殿の軒下に説明書きが有ります
  上越市指定文化財
    天然記念物
   風巻神社大杉
 明治8年9月に、一つの小区内に神社を一社に公選するようにいう布告が出された。
 そこで、頸城郡第11大区小8区27ヶ村1032戸の信侹協議の上、三和村岡田字風巻山の風巻神社を分霊、 七年太郎宮境内にお迎えして、郡第11大区小8区の村社とした。
 風巻神社は、風の神をまつり、農作物の豊穣の神として知られている。かつて、川浦代官所の祈願所でもあり、古来から風巻権現として、また、式外社12大社として高名であった。杉はその場を清める木として古来よりあがめられている。大杉は氏子が植えたものと思われる。神木で目通り6.4mある。
 平成19年6月1日指定
  上越市教育委員会

左手にも石の祠の並ぶ後に杉の巨木が在ります

社殿前の大杉です(南側から)

北東側から

西北西側から、目通り幹囲6.2mの巨木です

本殿覆い屋です

祠後ろ側の大杉を社殿脇から見ました、目通り幹囲約5.0mの巨木です

では、次へ行きましょう
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新潟県上越市、牧区宮口「宮口神社(三島社)のスギ」です!!

2020-11-10 06:25:00 | 巨樹・大木
牧区宮口地区は、上越市役所の南東約13kmのところ

国道405号線を安塚区方面(東)へ岩の原葡萄園を過ぎて間もなく左手です

地区の中へ入った直ぐに参道入口が有ります

参道入口脇に車を止めさせて頂きました


参道入口への道路が見えて来ます

鳥居です

鳥居の後側に並ぶスギが門杉のようです

社殿が見えて来ました

社殿です

軒下の懸額には「三島社」とあります

社殿前右手に目的のスギです

社殿前から

南東側から、目通り幹囲5.1mの巨木です

祠が並びます

祠の後ろ側から

では、次へ行きましょう
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新潟県上越市、清里区上中条「八幡神社・櫛池の大杉」(県指定)です!!

2020-11-09 06:20:00 | 巨樹・大木
清里区上中条地区は、上越市役所の南東約15kmのところ

国道18号線今池信号から県道198号青柳高田線を東へ櫛池川に沿って進みます

隕石落下公園の案内板が出ていますので見落とさないように行きましょ

くびき野パノラマラインを西に入って隕石落下公園入口を過ぎ

田圃の中の坂道を登って大きく右カーブした先の道路左手に説明版が出ています

沢の東側に大杉が在ります、八幡神社が有るはずですが神社の形跡は見当たりません

手前の道路脇に車を止めさせて頂きました

説明版が道路脇に在ります
 新潟県指定文化財 天然記念物 櫛池の大杉
指定昭和29年2月10日
所在地 上越市清里区上中条八幡神社境内
大きさ 高さ約30m、根廻り9.0m、目通り約7.3m、樹齢推定800年
管理者 大字上中条
 上越市教育委員会

沢の対面に大きな幹が見えました

沢の砂防堰堤上流側が神社への参道になっているようです


根元から見上げました

斜面の西側から

右手に神社参道が有ります

天然記念物標柱です

水盤です

境内前に上がって来ました

鳥居です
.
境内へ上りました


八幡神社の祠です

では、次へ行きましょう
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新潟県上越市、清里区上中条「櫛池隕石公園」です!!

2020-11-08 07:16:00 | 遺跡・史跡
清里区上中条地区は、上越市役所の南東約15kmのところ

国道18号線今池信号から県道198号線を東へ櫛池川に沿って進みます

案内板が出ていますので見落とさないように行きましょう

直に公園入口です、公園には駐車場が有ります


県道からここを西に入ります

逆光になってしまいましたが公園入口です

櫛池隕石落下公園です

綺麗に整備されています

実際に落ちた地点に隕石孔が再現されています

説明版です
 櫛池の隕石 この隕石は当時の櫛池村に落下したことから「櫛池の隕石」と呼ばれています。
東経 :138度22分40秒
北緯 : 37度03分25秒
総重量:4.463kg(落下当時)
比重 :3.637
大きさ:長さ16.0cm高さ9.8cm
色  :黒褐色(落下直後の観察では紺黒色)
種類 :コンドライト(球粒隕石)
 実物は、上越星のふるさと館(清里区青柳3436-2)に展示してあります。
ー新潟県指定文化財【天然記念物】-
宇宙からのメッセージ
 1920年(大正9年)9月16日、よく晴れた日の夕刻5時半すぎのこと、南から北に飛行機の爆音のような大音響が空を走り、ひとすじの光を見せ、黒い煙を引きながら「ゴォッー」という落下音を響かせて、ついには櫛池川の西側、上中条の水田にものすごい音をたてて、何かが落下した。水煙が約9mの高さに舞い、水蒸気が立ちのぼり、村じゅう大騒ぎとなった。これが櫛池に隕石が落下したときの目撃情報です。隕石の名称は落下場所の地点、発見された市町村名、又はその付近の特徴的な地形を名前にします。この隕石は、当時の櫛池村に落下したことから、「櫛池の隕石」と呼ばれています。(1974年に新潟県指定文化財(種別=天然記念物)に指定されており、イギリス大英博物館出版の「世界の隕石カタログ」に紹介されました)
 晴れた夜空を見上げていると音が聴こえてきそうなほどたくさんの星が空一面にまたたき輝いています。星空のかなたには何があるのだろう?この隕石落下公園は「櫛池の隕石」落下の記録をテーマに、地球にやってきた宇宙からの訪問者をとおして遠い世界のことを、また、いのちに満ちあふれている地球のことを考えてみるきっかけになてほしいと願いつくられました。公園中央にあるモニュメントは、隕石が落下した時の角度と、当時の落下跡を再現しています。

説明書きにはコンドライトの説明が有ります
*コンドライト
 石質隕石のうち、ミリメートルサイズのケイ酸塩液滴を含んでいる隕石の事で、別名を球粒隕石と呼ばれます。地球に落下する隕石は大部分がこれで、コンドライトはその化学組成が揮発成分を除くと太陽の元素組成と一致します。
 その形成は約46億年前で、その後地球に落下するまでに溶けた形跡が無くこの隕石は原始太陽系の中で最初に形成された微惑星の破片であると考えられています。

公園端に清里区の観光案内板があります

では、次は櫛池の大杉へ行きましょう
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新潟県上越市、清里区東戸野「東戸野圃場整備記念碑のケヤキ」です!!

2020-11-07 07:14:00 | 巨樹・大木
清里区東戸野地区は、上越市役所の南東約13kmのところ

国道18号線今池信号から県道198号線を東へ櫛池川に沿って進みます

清里区総合事務所を過ぎて約3km、東戸野に入り大きな左カーブの内側に圃場整備記念碑があります

北側にケヤキの巨木が在ります、根元の祠状の建物の中は何も祀られていません

前の県道道路脇に車を止めさせて頂きました


ケヤキの樹冠です

圃場整備記念碑です

碑文
 我々の祖先が栄々と築き耕してきた、ここ東戸野の台地を、永遠に亘り子孫に守り継ぐため生産基盤の整備と農業の近代化をはかるため、地権者の総意により昭和57年団体営圃場整備事業と暖帯営地すべり関連事業により工事に着手し、平成3年まで10年の歳月を経て、総面積45.5㌶
、事業費8億2600万の巨額を投じ、ここに竣工する。
 この大事業により、この地域が限りない発展を祈念し、ここに碑を建てる。
  平成3年3月吉日
東戸野圃場整備推進協議会

すぐ後ろ側にケヤキの巨木です

北側から

西側から、目通り幹囲5.3mの巨木です

県道南側から見ました

では、次へ行きましょう

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新潟県上越市、清里区岡野町「岡野町の大ケヤキ」(市指定)です!!

2020-11-06 06:13:00 | 巨樹・大木
清里区岡野町は、上越市役所の南東約11kmのところ

国道18号線今池信号から県道198号線を東へ

下稲塚信号を過ぎて岡野町に入り、岡野町集会所手前の信号を北へ入ります

櫛池川を渡れる岡川橋のたもとに大ケヤキが在ります

手前左側に大ケヤキ駐車場が有りますので利用させて頂きました


岡川橋は11月いっぱい工事予定になっています(訪問日は10月25日です)

大ケヤキ駐車場です

東側から

駐車場前(東南東側)からの大ケヤキです

南側から

南西側岡川橋の上から


天然記念物標柱です、脇に大きさが書かれています

目通り5.3m、根回り6.8m、樹高19.2m、樹齢推定600年です


北側から見ました


馬頭観音の石碑です

では、次へ行きましょう
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新潟県阿賀町、両郷「極楽寺のカツラ」です!!

2020-11-05 11:38:00 | 巨樹・大木
両郷地区は、阿賀町役場の南南東約4kmのところ

国道49号線三郷信号から県道227号線を南へ、常浪川右岸を進み磐越道の高架を潜ると間も無く左に案内板が出ています「極楽寺の野中サクラ」が目印です

案内板に従って東の集落の中へ、極楽寺境内に車をとめる事が出来ました

極楽寺本堂です

宝篋印塔です

野中サクラです、この時期ですのですっかり枯れています

説明の石碑です

本堂北側の墓地との境に目的のカツラです

説明版です
  真言宗極楽寺と喬木桂の由来

西側から

東側から、目通り幹囲7.5mの巨木です

北側の墓地の中から見ました

では、次へ行きましょう  
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新潟県三条市、西本成寺「本成寺のケヤキ」です!!

2020-11-04 06:50:56 | 巨樹・大木
三条市役所の南西約3kmのところ

大きな伽藍の本成寺が有ります

県道8号線と国道8号線の間、南小学校の西側に参道が延びています

三門前に広い駐車場が有ります


南から参道を入って来ました、この先が境内になるようです

三門です

説明版です

  新潟県指定文化財
    本成寺三門(山門)附 棟札二枚
 本成寺は永仁5年(1297)日印聖人によって開かれた法華宗総本山である。
 本成寺三門は天文年間(1532~54)の戦乱で焼失したものを、当山28世日修聖人が
発起したと伝えられ、棟札には、天明5年(1785)上棟、同6年(1786)竣工と記されている。本山にふさわしい寺容を象徴する大建築である。
 朱塗りのため、俗に赤門と呼ばれる。
 下層は尾垂木無しの三手先詰組、上層は尾垂木付き三手先詰組、両層とも二軒で、上層は扇垂木である。
 全体に禅宗様でまとめられているが、組物は柱にさし込む挿肘木となっており、上部からの荷重は桁まで延びた柱によって支えられているなど、工法に特徴がある。
 このような構造(五間三戸二重門)は県内では他に例を見ない規模で貴重なものであり、平成4年3月27日に新潟県指定有形文化財に指定された。
  三条市指定文化財 
    木造傳大士坐像
    普建・普成立像
 本成寺三門上層に傳大士坐像(92cm)、普建立像(81cm)、普成立像(82cm)の三像が安置されている。いずれも檜材、寄木造、内刳、彩色、玉眼嵌入の手法で、写実的で彫法にすぐれており、江戸時代のすぐれた仏師の作と推定される。
 平成17年5月13日に三条市指定文化財に指定された。
 傳大士は、中国の南北朝時代(5~6世紀)の輪蔵(八面の経架に一切経を納め回転する装置)の創始者とつたえられ、その二子、普建・普成の笑みをたたえる像とともによく経蔵に安置される。
  三条市教育委員会

説明版に有るように、棟の垂木が違いますね、上の階の垂木が扇垂木です

長い参道を進みます

山門です

文化財説明版です
  三条市指定有形文化財 建造物
   本成寺鐘楼
 本成寺は、永仁5(1297)年日蓮の法孫、日印によって開かれた法華宗の総本山です。本成寺鐘楼は、この寺の伽藍中心部の南東隅にあります。
 木造二層の入母屋造平入桟瓦葺で下層は袴腰で梁上に梵鐘を吊り、その東側に長さ11尺程の撞棒があります。上下層境の痕跡から、上層で梵鐘を撞く当初の形式を下層で鐘撞の出来る形式に改め、袴腰に音を外部に伝える火頭窓などの開口を設けたものと考えられます。また先代の梵鐘は、第二次世界大戦で供出され、現在の梵鐘は、昭和27(1952)に日本芸術院会員の鋳匠香取秀真氏・正彦氏父子により造られました。
 鐘楼の建築年代は寺伝では宝暦8(1758)年の火災後、隣接している明和7(1770)年の建築とされる本成寺多宝塔と同年代の建築とされています。彫刻絵様からは、天明6(1786)年の建築の本成寺三門(山門)や多宝塔よりやや溯るようで、火災後、早い段階で建築されたと考えられます。
 明治時代の火災を潜り抜けたもので、歴史的建造物として価値が高く、平成25(2013)年に行われた袴腰等の修理では、南東隅は古材で修復されています。
平成24年5月28日指定
  三条市指定有形文化財 建造物
   本成寺多宝塔
 木造二層塔で上・下層の屋根はともに本瓦の形を模した銅板葺、上層屋根は方形造で頂部には宝輪がのり、全体に弁柄が塗られています。柱はすべて丸柱で下層内部の四天柱がそのまま上層階まで伸びています。
 多宝塔は本来、下層部が方形、上層部が円形ですが、この建物は上下層ともに方形です。多宝塔という呼称は、安置されている室町時代造立とされる仏像が中央に宝塔、右に多宝如来、左に釈迦如来で「一塔両尊」の形式をとる法華経の教えに由来するものです。下層内部は、正面側を畳敷の礼拝空間とし、背面側は祭壇として厨子が設けられています。
 多宝塔の構造は五重塔などの層塔としての手法でまとめられ、軒廻りや組物などの意匠は全体的に仏塔形式としてよく整った重層の塔として位置付けられます。寺蔵の記録によると、明和7(1770)年に再興とあり、このような建物が現在まで残ることは、新潟県内においても数少ない事例として貴重です。
平成22年7月26日指定
   三条市教育委員会



正面に本堂が見えています

右手に鐘楼です

多宝塔です

参道脇の松です

左手の方丈です

本堂です

本堂裏手(北側)の墓地のケヤキの大木です

永代供養堂の前のケヤキの大木です

西側のケヤキの大木です

目的のケヤキを見に行きましょう、場所は山門前の宝物殿の西側です

目的のケヤキです


西側から

東側から、目通り幹囲mです

では、次へ行きましょう
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新潟県柏崎市、大清水「大清水観音の杉とケヤキ・イチョウ」です!!

2020-11-03 06:20:45 | 巨樹・大木
大清水地区は、柏崎市役所の南西約15kmのところ、上越市境近くにあります

国道8号線を西へ、JR信越本線よねやま駅を過ぎて1kmちょっとに案内板が出ています

道なりに坂道を登って行くと、歩道と車道の分かれ道があります

車道を登って1500m駐車場に入りました(裏参道のようです)

文化財案内板です

まずは、子安地蔵のイチョウです


本堂前に子安地蔵が有ります、祠の裏側にイチョウの大木が見えます

南西側から見上げました、目通り幹囲3.0mほどです

観音堂の前を通って仁王門へ向かいます


仁王門の手前参道北側にケヤキの巨木です(北東側から)

北西側から、目通り幹囲5.5mの巨木です

南西側から

次は、スギです

仁王門の前面から右手上の土手上に杉の巨木が見えます

土手に上がりました(北東側から)

南西側から、目通り幹囲5.0mの巨木です

南側土手上から見下ろしました

では、次へ行きましょう
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新潟県柏崎市、大清水「大清水観音」(重要文化財)です!!

2020-11-02 06:12:00 | 文化財・寺社
大清水地区は、柏崎市役所の南西約15kmのところ、上越市境近くにあります

国道8号線を西へ、JR信越本線よねやま駅を過ぎて1kmちょっとに案内板が出ています

道なりに坂道を登って行くと、歩道(500M)と車道(1500M)の分かれ道があります

車道を登って1500m駐車場に入りました(裏参道のようです)

文化財案内板です

クリの前を通って本堂前そして重要文化財の観音堂へと進みます

子安地蔵尊です

宝篋印塔です

弘法大師の石碑です

大きな本堂です

観音堂へ行きましょう

観音堂です、中を見る事が出来ます

文化財標柱です

説明版です(薄くなってしまっています)
 国指定 建造物
  大泉寺観音堂 附肘木1個 1棟
    柏崎市大字大清水 大泉寺
 大泉寺は、日本海を見下ろす海抜200Mの山上にあって、僧泰澄の創立とつたえる真言宗の名刹である。
 源義家の社参以来、歴代武将の尊崇を受けた。戦国時代には越後の守護上杉房能、越後国主上杉謙信、景勝らが参詣し武運の長久を祈っている。
 永禄2年(1559)5月21日落雷により堂宇焼失、直ちに再建に着手し翌3年に再建された。また、昭和25年春国費400万円をもって修復に着手し、26年10月復元した。
 解体中の肘木に、「永六仁年」の墨書きが発見され、観音堂とあわせて肘木も国指定にされている。
 堂はけた行三間、はり間四間、一重屋根寄棟づくり、茅葺の禅宗様建築で簡素な構造であるが、虹梁、大瓶束、拳鼻などの絵様や曲線などに再興時以前の時代形式や手法がみとめられる。
  明治39年4月14日指定
   柏崎市教育委員会



観音堂前の大きな宝篋印塔です

観音堂東側には石仏が在ります

観音堂前西側には六地蔵様です

観音堂前の東側に鳥居です

石段の上に飯綱社社殿です

説明版です
 県指定・建造物
  飯綱社本殿
     柏崎市大字大清水
 一間社(正面の柱間が1つ、柱間が3つのものを三間社という。)流れづくり(前の方の屋根が前に長く伸びた形。)社殿に、見世棚づくり(小さな社に用いる社殿の一形式で、店先を思わせる形をいう。)とし、茅負以上の屋根を欠いている。もとは、そのまま露出していたものを、近世になってから、おおいの屋根を造って社殿を保護するようにした。
 屋根をささえている柱上部の組物(斗や肘木)や、幣軸(戸口の両側と上の三方に取り付ける額縁状の部材)の曲線などのこまかい所に和様と禅宗様とをとりまぜたあとが見られ、室町時代の様式をはっきりと残している。
  昭和27年12月10日指定
   新潟県教育委員会
   柏崎市教育委員会



西国三十三観音の標柱です

中心の観音像です

左回りに見て回りました

西に向かうと山門の仁王門があります(裏側)

案内板です

仁王門表面です(こちら側に表参道が来ていたようですが、今は使われていないようです)

では、境内の巨木を見て行きましょう
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新潟県柏崎市、谷根「谷根神社のスギ」です!!

2020-11-01 06:23:00 | 巨樹・大木
谷根(たんね)地区は、柏崎市役所の南西約8kmのところ

国道8号線を上越市方面へ

道の駅風の丘米山を過ぎて、JR信越本線おうみがわ駅前から県道257号線を谷根川に沿って南へ進みます

道なりに進むと谷根集落に入ります

集落の案内板が有りましたので谷根神社を確認しました、もうすぐです

谷根神社は道路に面し参道を東向きにて鎮座します

参道入口前の道路脇に車を止めさせて頂きました

参道入口です

説明版です
 谷根神社と大和舞
●谷根神社の由来
 江戸・寛永年間、当時の上米山村谷根には胎姫神社・諏訪神社・天白神社の三社がありました。明治45年、合併され、谷根神社となりました。それ以来、三社合併の由来から「縁結びの神」として崇められています。
●祭り
 春祭り宵宮の行事として、提灯行列やお神輿担いで、悪魔祓いを行いました。提灯祭の際には、「ちょうちょ・ろれ・ろれ・ちょうちょ・ろれろ」、「ちょーい・ちょーい・ちょうーい・ちょい」と囃し立てました。(意味は分かりませんが、祭りの囃し言葉と思われます)
●大和舞の伝承
 大和舞は、神を敬い、五穀豊穣を願って、明治16年から始まったと伝えられています。最盛期には、15演目が奉納されていました。平成24年2月に「谷根大和舞保存会」を発足させ、神社・町内会・協力会・コミセンはじめ地域外の方々にもご協力いただきながら「文化遺産の継承」を目指しています。
  谷根神社
  谷根大和舞保存会
  たんねのあかり実行委員会
  (公財)新潟県文化振興財団助成事業

鳥居です

谷根神社です

石灯篭です

次の石灯籠は、上の部分が新しくなっているようです

三の鳥居です(ニノ鳥居は台座だけになっています)

石段を上がりましょう

目的のスギが境内端に見えています

石段脇の藤の蔓です、杉の木を枯らしてしまったようです(切株が残っています)

石段を登り切った境内から見ました

狛犬です

手水鉢です

拝殿です

拝殿の彫刻が見事です

本殿覆い屋です


拝殿前(西側)から

北西側から、もともと3本の杉の合体木だったものが、一番太い幹を残して2本が枯れてしまったようです

境内南側の境内社のようです

北側の建物は、舞殿のようです


社殿南側にも石鳥居が有ります

斎天白大明神の石碑や、たくさんの祠や道祖神が並びます(祠は狐の置物が多いので稲荷社のようです)

では、次へ行きましょう
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