2011.6.9(土)晴
従来上林探訪というタイトルで上林やその周辺を訪れて紹介していたが、今回からArround KANBAYASHI、略してAKBで御紹介したいと考えているのだが、例えば昨日7月8日も弓削か市茅野を訪れようと思いつつあまりの暑さにビール飲んで昼寝してしまった。従って記事がないのだが、先月24日に猪鼻の地名由来を探るべく京丹波町の猪鼻(旧瑞穂町)と大原(旧三和町)を訪ねたので遅まきながら御紹介したい。
京丹波町猪鼻(2011.6.24 晴)
猪鼻の地名探訪として訪れる。地名の由来となっている猪の顔の岩を是非見てみたいというものだ。昼食までのちょっとした時間を利用ということで、軽トラで水筒とカメラを持って出かける。
私が三和町川合(現福知山市)に住んでいるときだろう、瑞穂町の産廃処理場建設反対運動があったように思う。水系の違う川合でどうして反対運動があったのかと思うが、やはり環境に対する意識が強かったのかと想像している。実際に見てみると府道26号線の冠石峠を越えたところにあり、いわゆる水源地帯に存在する。すぐ下から田んぼが続き、やがて集落があり、水流は猪鼻川、土師川となる。何もこんな水源地帯に作らなくても良いのではと思ってしまう。記録によると昭和45年に冠石峠に鉛再生工場が進出し公害問題が発生したとある。このことと関連があるのだろうか。
これが埋め立て地から出た排水か。
この産廃処理場を下ってゆくと左手に例の猪の岩がある。誠にユーモラスな面構えの岩で、猪鼻地名の由来となるのももっともだと思うがそれは付会だろう。
民宿ほそのの先稲荷神社のところを右手の道にはいると熊野神社が高台にあり、この辺りが猪鼻の中心地なのだろう。右手の横谷沿いに人家の途切れるところまで入る。この道は大原に抜ける峠越えの道で旧い街道のようで、道端にお地蔵さんが並んでいる。途中の家で奥さんが表におられたのでいろんな事を聴く。
「この道は大原に抜ける道なんですねえ」
「そうやで、昔は着物着て大原祭りに歩いて行ったんやで」
「今は荒れてるんでしょうねえ」
「峠までは村で整備したので上がれるようになっとるけど、向こう側はわからんなあ」
大原に越える峠と道端のお地蔵さん。
「加用から川合に抜ける峠はどうなってますか、20年ほど前車で通ってえらい目にあったんですが、、」
「今はきれいになっとるで、昔は歩いて岼の鍛冶屋さんにいったりしたんやで、久馬さんゆうたかいなあ」
「猪の岩の写真撮って帰ろと思とるんですが」
「あの岩なあ、学校の帰りに雨宿りしたもんやで」
「ありがとうございました、またきますわ」
その後熊野神社、猪の岩など訪ねて、来た道を帰る。三宮まできたときに国道173号線脇の尾根の末端で古墳の発掘がおこなわれているのを発見する。国道を走っているだけでは見つけられないかもしれない。なかなか規模の大きい古墳で、発掘の結果が楽しみだ。 つづく
下を走るのが173号線、規模の大きさがわかる。
【作業日誌 7/9】
看板色塗り完了
今日のじょん:連日の猛暑に人間も犬も居所がない。犬も猫と一緒で涼しいところを探すようだ。最初嫌がっていたお風呂場の前が最近のお気に入りで、やはりそこが一番涼しいようだ。
ここがいっちゃんえ~わ。