晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

雨読 考古学の論争点他 12/31

2012-12-31 | 雨読

2012.12.31(月) 晴れ

 「鉄の時代史」における佐々木稔氏の説にどうも納得がいかないが、金属の専門家の説について何が問題なのか言えるはずもなく、悶々としていた。なお、佐々木氏は著者紹介によると、金属工学専攻の工学博士で新日鉄の先端技術研究所に居られたそうである。
 古代の日本の鉄生産は中国から銑鉄を輸入し、国内では脱炭して鋼を作製していたという説で、遺跡で発見される砂鉄は脱炭材として使用されたというものである。その根拠となるものは、鉄滓や鉄製品の化学分析をした結果、その原料が砂鉄ではなく、磁鉄鉱によるものであるということである。
 専門的な分析結果を出してこうだと言われたら素人は黙るしかないが、納得いかないことは納得いかないので専門家で、同じように疑問を感じる人がいないかと思ったら、一冊の本が見つかった。
P1030585  「理系の視点から見た「考古学」の論争点」新井宏著、大和書房 2007年8月第一刷、古書
 そしてその前に、直接製鉄法、間接製鉄法を理解するために「鉄の文化史」新日本製鐵(株)広報企画室編、東洋経済新報社 昭和59年12月発行 古書を読む。
 この本は時代毎に歴史や金属の研究者が執筆されているもので、東大名誉教授の「人と鉄との五千年」という項では製鉄や加工の際の化学的、物理的な変化をわかりやすく説明されており、とても役立った。こういうことが解っていないと、金属学者の論文など覗く気にもならない。とりあえず古代の箇所だけ読んで、「理系の視点から見た「考古学」の論争点」に移る。
 本書はタイトルのとおり考古学の論争点を理系の視点で見直しているというものだが、三角縁神獣鏡、炭素十四法、古墳築造の尺度などに続いて、「金属考古学上の諸論争」というのがある。実はその部分だけを読んだところである。
 その中身は、「弥生時代には本当に製鉄がおこなわれていなかったか」「古代日本に間接製鉄法はあったか」「東大寺大仏には硫化銅鉱石が使われたか」「古墳時代の鉄や銅の価格はいくらしたか」のタイトルがある。このうち少なくとも前二項は佐々木氏らの説に対する反論のような気がする。というのは一般的な本として出版されているので、個人的に誰々の説という言い方はされていないからだ。
 内容についてはこれまた専門的なので充分に理解することができていないのだが、概ね支持できるものと思っている。詳しい内容は省略するが、わたしが困惑した事態について明確に書いておられるので紹介しよう。

 
「前から繰り返し述べているように、考古学分野における理系専門家の意見には、偏りが含まれていても、そのまま放置されている場合が多い。研究者が特殊な知識を持つ少数に限られ、一般考古学関係者からは批判し難い実状があるからである。例えば、遺物分析の専門家が金属の製造方法や金属物理を熟知しているとは限らないように、理系はむしろ専門が細分化されていて、考古学のような多様な要求に応えるには、とても少数の学者だけが代表できるほど簡単ではないのである。」P1030586




じょんのび鉄滓展(2013年1月5日~10日)すべて上林で発見されたもの。


【作業日誌 12/31】
ウッドデッキ、根太取り付け作業
薪割り
大掃除

【今日のじょん】:予報に反して朝は快晴、しかも3℃(9時現在)。嬉しくなって写真撮る、青空って久しぶりだから。ついでにシャンプーもしてもらいやした、体重は18,4合格でやンス。夕方のニュースで大阪の雪などやっている、変だなあ。P1030579 P1030580
 
  

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大掃除 12/30

2012-12-30 | 日記・エッセイ・コラム

2012.12.30(日)終日の雨

 昔の思いではこの時期になると寒空の中で障子の桟をジャブジャブと洗っておられる姿である。京都の街中では必ず見かける風景で、障子を張っている光景も見かけることもあったが今ではどうなんだろう。
 考えてみればこんなに寒いときにしなくても季候の良いときにやれば良いと思うのだけれど、これも年越しのなせることなのだろうか。
 子供の頃には障子も張ったが、その前に古い紙を破るのが楽しかった。普段はやってはいけないことがその時ばかりは仕事となるのだから。
 大人になってからはサッシを水洗いするばかりで面白くも何ともないが、すっかり冷え切った部屋にきれいになったサッシを入れてなんとなく達成感があったものである。
 上林に来てからは外せるようなサッシはなく、ただひたすら拭き掃除となる。外気との気温差が大きい上に気密性が高く、湿気が多いものだから恐ろしいカビの汚れがぞっとするほど溜まっている。普段使うところの窓などはまだましだが、年に一度の掃除のところはカビとカメムシで悲惨な状態である。
 それにしても最近のサッシというのは様々な機能が付いていて構造が複雑である。通気や排水に気を使っているところがあると思えば、水が抜けなくて数センチの水たまりとなっているところもある。それでも掃除ができる状態なら良いのだけれど、綿棒でなくては拭き取れないような隙間もある。いずれにしても掃除のしやすさなんてのは考えていないようだ。そうで無くても脚立がなければ届かない窓や、階段上の開き窓などアクロバチックなスタイルを要求される箇所がある。
 建材は日進月歩だけれど、そろそろ掃除のことを考えたものが出て来ても良さそうなんだが、、、。
P1030578
出来る前に腐りそう。


 雨でなければやろうと思っていたウッドデッキ作業。現在右から3本を固定、写真でも曲がっているのが解るだろうが、上下では2cm近くも削っている始末。

【今日のじょん】:じょんじょんおもしろ写真集候補
Img_0891



海を見ていたじょん兄、初めての海、尻尾半落ち。(2008.8.19)Img_1186




本邦初公開、一姫二太郎、じょんの兄妹、くるみちゃん、じょん、マーブル(2008.10.5)  

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正月休み 12/29

2012-12-29 | 日記・エッセイ・コラム

2012.12.29(土)晴れ 小春日和

 じょんのび営業日のお知らせ

 12月30日(日)から新年1月4日(金)までお休みをいただきます。
 5日(土)から営業を始めますのでよろしくお願いします。


 てなわけで、今日が本当の御用納めであった。年末年始は雪の予報となっているので、今日の好天は嵐の前のなんとやらというところか。
 ぐずついた天気のせいでウッドデッキの作業が大幅に遅れている。とにかく塗装が出来ないのが最大のネックだ。こんな小春日和だともの凄く焦りを感じる。
ところが一日で出来る仕事なんて限られている。予定は沓石に乗せる柱6本の完成、床板40枚の塗装完了だったが、共に半分の出来具合だった。天気は良くても気温が低いためか、ちっとも乾かない。休みの間に床張りぐらいは終わりそうだが、天気予報では総て雪となっているので、作業再開のめどは立っていない。
 まあ、今日できることは明日に、今年出来ることは来年にやるというのんびり志向でやっつけるかなと思っている。
 それにしても今年やろうかなという事の多くをやり残した。じょんのび谷クリーン大作戦も隣地の薮を刈り払ったところで頓挫、看板書換も一枚でストップ、芝の張り替えも今年はゼロ、藤棚作りはもう2年間も中座、玄関前室など手も着けていない。
 まあ、焦らない、プレッシャーを感じない、納期の無いのがスローライフというものだ。それではみなさんよいお年を、、、、おっとその前に大掃除しなきゃー、こればっかりは雨が降っても出来るもんね。

 【今日のじょん】:じょんじょんおもしろ写真集候補Img_0663
じょんのび(2008.7.19)




Img_0712_2 階段落ち(2008.8.2)
ベランダの階段降りる訓練、じょんちゃんかっこいい。

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御用納め 12/28

2012-12-29 | 日記・エッセイ・コラム

2012.12.28(金)雨

 世間では御用納めということなんだが、じょんのびは29日まで営業なので今日はただの定休日というだけのものである。
 年末の大掃除もまだやる気が起きないし、やりかけのウッドデッキ作業や薪割りも雨のため出来ない。年末の買い物ということでも無いのだが、冬物衣料も今のうちが買い時なので福知山に買い物に出る。
 自転車旅行に出かけた6年前に大阪のバーゲンで買ったパーカーが壊れてしまった。壊れたといっても破けたわけでなく、ファスナーが壊れたわけでなく、内側のコーティングが剥がれてきただけである。保温性や防水性が落ちるかもしれないが、普通の使用には充分耐えるものだと思う。問題は剥がれたコーティング材の銀色のカスが腕や背中にやたらと付着することである。買値は7,000円で定価の半額であった。自転車旅行中の写真にも沢山登場しているように大活躍し、愛着もあったのだがここら辺で引退させようと思う。
Img_1592  


2006.11.3、小吾妻岳山頂、パーカーは大活躍。




 思えば自転車旅行に活躍した用具や衣類が次々と更改されてゆく、一緒に苦労したものばかりでとても淋しい感がする。
 トレッキングシューズ、ザック、ウェストポーチ、サイクルヘルメットそしてパーカー、物というものにこれほど愛しみを憶えたことは無かった。P1030577
 



新旧の記念写真、新しいパーカー着て山に行きたい。

 思いでのパーカーは作業用としてまだまだ一緒に活躍することとなる。
 夜は今年最後となるだろう綾部温泉に浸かり、しまだやさんでかみさんと二人の忘年会をする。

【今日のじょん】:年末のあいさつにじっかんさん宅による。古民家の整備も着々と進み、二階の屋根裏部屋も今後の作業がとても楽しみだ。ルルちゃんがとても大きくなって、人なっつっこいたらありゃしない。飛びついてはしゃぎすぎだ。動き回るので写真も上手く撮れない。「元気な女の子やねえ」といったら、「男やで」だって。
 なんじゃルル君かい、これだけ飛びつかれたら、じょんが嗅ぐこと嗅ぐこP1030572と。P1030575




興奮して暴れまくっている、おもろいねえ。

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雨読 続・「鉄の時代史」 12/27

2012-12-27 | 雨読

2012.12.27(木)晴れ

 科学的に分析され書かれた説に非科学的に反論する虚しさというのを思い知らされた前回の文である。この分野に興味の無い方、あらかたの人はそうだろうけど、にとっては一体何のことか解らない文だろうなと思う。
 わたしは製鉄、つまり製錬、鉄鉱石あるいは砂鉄を木炭で還元して鉄を得る作業は古代から存在しただろうと考える。
 製鉄の技術が大陸から朝鮮半島を経由して日本に入ってきただろうということは誰しも肯定することだろうと思う。当初は鉄製品だけが入ってきたかもしれないが、やがて原料と技術が入ってきただろう。もちろんそれらが単独で海を越えてくることはあり得ないから、人の移動とともに入ってきたわけだ。渡来人といわれる人たちがその人々なのだろうけど、当初は製鉄の技術を伝えるために渡来したわけでは無いだろうから、原料どころか用具も道具も持たず、頭の中にそのノウハウだけを持って渡来しただろうと思われる。そして日本の地で原料を探し出し、環境のあった地で製鉄を試みたのではないだろうか。それは非常に原始的な方法であろうし、原料も環境も元の国とは違うのだから不完全な方法であったと思う。つまりこれ等の人々が伝えたのは、鉄製品を作り上げる技術であって、決して鋼を作る精錬の技術だけでは無いと考える。
 そして長い年月の間工夫を重ねてこの国にあった技術を進歩させ、その結晶がたたら製鉄なのだろう。
 その間に国家の方針として、鉄鋌などの原料鉄の輸入に頼り、国内では精錬した上で鉄製品を作るという時代があったとしても、製鉄の営みは細々とでも受け継がれていたのではないだろうか。
 佐々木氏は製錬の遺跡は無いといわれるが、氏が精錬の遺跡といわれるものが実は製錬の遺跡なのではないだろうか。
 佐々木氏の論は科学的な根拠で成り立っているのに、わたしの言は単なる想像、願望のようなもので、比べようが無い。だから虚しいことだと言っているのだ。
 しかしながら科学的に氏の理論に反論する学者が必ず存在すると思う。
 「理系の視点から見た考古学の論争点」(新井 宏)という本の「金属考古学上の論争点」という項にどうやらこの反論が書かれていそうである。さっそく手配したので、いずれ雨読の欄で紹介したい。P1030556
 



鉄に関する本沢山読んだが理解できていない。

 思えば今までに鉄に関する書物を沢山読んできており、科学的な面から書かれたものもいくつかあったのだが、その中身についてなんとも理解が出来ていなかったことかと思う。もちろん総てが未知の分野のことなのでやむを得ないが、もう一度現在の知識と視点で以て読み直す必要があろうかと思う。

【作業日誌 12/27】
ウッドデッキ、根太捻れ修正、スペーサー塗装

【今日のじょん】:今朝の気温は-2℃、積雪はうっすら程度、新雪なので足跡ウオッチングをする。というのは最近夜中にうろうろする小動物がおり、昼間にテンだかイタチだかが目撃されているのだ。P1030550

 



念道橋手前、タイヤの跡と黒い足跡は散歩のラブ。右の足跡は近所の犬かも知れない。
P1030553
             


堤防、メッシュをすりぬけるのはイタチなどの小動物だろう。

P1030552



向こう岸から橋の上を来て、ワイヤメッシュのために進めずUターンしている。イノシシ、シカは橋の上を歩かないので、何かの動物、隙間を抜けていないのである程度の大きさのものか。

P1030555



家の下、一見鹿の足跡のように見えるが、これは小動物。規則正しく歩いている。

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雨読 鉄の時代史 12/26

2012-12-27 | 雨読

2012.12.26(水)雪

 「鉄の時代史」(佐々木稔著)雄山閣 2008年4月30日発行 府立図書館借本
著者の佐々木氏は前回紹介の「鉄と銅の生産の歴史」(2012.12.18雨読参照)の編著者である。古代の鉄生産について科学的に分析された論文を読みたいと思い読んだ本だが、あまりに疑問点が多く、また専門的な事柄に理解が及ばず、内容については記することは無かった。図書館で借りて一度読んだだけで理解できるものではなかったからだ。借本だけに再度読むことは無く返却したのだが、鉄に関する部分は本書と同一のようなので本書を読んで再読に替えようと思う。
 まず感じることは、専門家で無い者が最新の分析の結果や数値を出されてこうだと言われても反論のしようがないということだ。しかし疑問は疑問であるので読者のレベルに応じて公表して良いものと思う。ただその際に書かれていることを総て理解しているわけで無いので、とんでもない勘違いというか不必要な疑問を抱いているのかもしれない。
P1030547



 氏の理論の基本は砂鉄による脱炭精錬説というものらしい。
 砂鉄や鉄鉱石から銑鉄を作り出すのが製錬であり、銑鉄を脱炭して鋼を作り出すのが精錬であるが、こんな基本的なことも今回はっきりしたというレベルである。
氏の理論によると、古代はもとより中世、近世にいたるまでのいわゆる製鉄遺跡(製錬遺跡)と言われたものが、実は精錬遺跡であって、その始発原料は海外から輸入した銑鉄であるということになっている。その根拠は鉄製品や鉄滓等のCu、P、Ni、Coなどの分析結果から、原料が磁鉄鉱であるというものである。日本に於ける磁鉄鉱の生産が19世紀からということで(鉄と銅の生産の歴史)始発原料は海外、主に中国からの輸入品といういうものである。
 この論理に非科学的であるわたしが疑問に思う点は以下のとおりである。
1、古代から近世に至るまで綿々とまた大量の鉄の半製品が輸入されていたとしたらその物流に対する資料や遺跡があると思われるが、それらが見えてこない。

2、遣隋使、遣唐使の航行が困難であったことは事実だろうが、その時代に恒常的な鉄の輸入などということができるのだろうか。鉄鋌などが輸入されたのは事実だが、安定的に輸入されたのだろうか。

3、精製に砂鉄を使用するという高度な技術を持つ者にとっては砂鉄で製錬をすることは容易いことだと思われる。

4、製鉄の歴史の無い者が、17世紀にいきなりたたら製鉄という高度な製鉄をすることができるだろうか。やはり古代から原始的な製鉄が行われており、徐々に技術を進歩させてこそできることではなかろうか。

5、国内で磁鉄鉱を産出することは19世紀にならないと出来なかったのだろうか。

6、例えば鉄関連遺跡と鉱床の問題がある。もし輸入の銑鉄を精錬する遺跡であったら、鉱床とは無関係に存在すべきである。最も重要なのは木炭の供給源となる。

7、過去の製錬遺跡とされたものについて、それを精錬遺跡とするのであれば、製錬遺跡とした根拠を示して欲しい。ただ、発見された鉄製品などの始発原料が磁鉄鉱だからというだけでは納得できない。

8、銑鉄を輸入して国内で鋼に変えるのなら、最初から鋼を輸入すればよいのではないのか。

 とまあ挙げていけばきりが無いのだが、最大の疑問は国内で磁鉄鉱を使うのは
そんなに最近なのか、氏の分析による始発原料=磁鉄鉱というのは確かなのかというところである。

 過去の発掘調査の結果を覆す説であるので、必ず反論があろうかと思う。特に科学的な分野での反論を探したい。それが疑問を解く第一歩のようである。

【作業日誌 12/26】
ウッドデッキ、根太捻れ修正

【今日のじょん】:今日いきなりパオパオさんが来じょんした。なんでも解雇された国労の職員さんの応援のため走っているという。今日は下山から山家まで走ったとか、えらい人やねえ。キクちゃんのハーネスを買うとかで相談していたみたい。
来年はドッグランどが出来るから、キクちゃんと来てよね。P1030545 P1030546

 


朝起きたら「強烈美容外科~」になっていた。雪は大好きだが、雪が屋根から落ちるのが怖いみたい。 

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ウッドデッキ奮戦記(6) 12/25

2012-12-25 | DIY

2012.12.25(火) 曇 ウッドデッキ奮戦記(5)は1012.12.16

 12月に入って降雪が3回あり、これは例年以上だ。しかも量がそこそこあるので数日解けない。そんなわけで一向に工程が進まない。大体野外でのDIYは冬にするものではない。2年前のガーデンシェッドも年越しでえらい目にあった。屋根ができる前に雪が積もったから堪らない。Img_2030
 




これだもんね(2011.1.1)

 前回以降の作業は、防草シート貼り、根太規準列固定、東2列のスペーサー作製および塗装、デッキ材塗装ぐらいである。
 冬期の行程がまずいのは、コンクリート打ちと塗装である。とにかく乾きが遅いのでその間にトラブルが発生する。前回紹介した沓石の沈み込みもそうだが、今日新たなトラブルが起こった。

P1030534



 
手前の列が規準で固定済み、防草シートも張れて作業再開。

 
スペーサーが腐っては大変と何度も防腐剤を塗って乾くのに1週間ほどかかった。やっと雪も解け組み付けようとしたら、スペーサーを入れた方が高すぎるのだ。沓石がさらに沈んで低くなるのなら解るが、高くなるのは理解できない。
 当初の計測が間違っていたか、凍結などの理由で沓石が高くなったか、根太が反ってしまったかぐらいしか考えられないのだが、スペーサーを作り直すしかない。
そうこうしているうちに暗くなって、今日の作業は終わり、これじゃ年内の完成はおぼつかない。
 というわけで、今年度のDIY大賞は該当無しとする。

 

【今日のじょん】:朝の散歩時、消防車とパトカーが上っていった。威勢よくえ~こえをしてくれたが、動画に撮ったときはもう声がかすれていた。

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YouTube: えーこえ2

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値段の不思議 12/24

2012-12-24 | DIY

2012.12.24(月・祝)

 日立のドリルドライバーの充電池1個がおシャカになった。夏のことである。充電池2個付きで8,000円台で購入したものである。1個では充電のため作業が中断するので早速購入しようと、購入店に問い合わせると、なんと五千幾らとの回答である。
 これって変だよね、充電池新品2個付きの本体が8,000円台でどうして充電池1個が5,000円以上するんだよ。P1030537
 値段を決めるのはメーカーの勝手かもしれないが、やはり原価、開発費、広告宣伝費などから適正な値段を着けるべきでは無いだろうか。
 キャノンのカメラの修理費が買値の八割方になり、2台のカメラの修理を諦め1台のカメラが未修理で置いてある。他のメーカーの新品を購入したが、これも修理費の出し方に納得がいかないからである。
 プリンタのインクもおかしいよね。プリンタ自体は一万円台であるのにインクは五千円を超えるわけだ。ものの数ヶ月で本体以上の値がかかるわけだ。
 納得いかないばかりだが、ドリルドライバーの充電池は必要だ。新品を買って2個の充電池を手に入れるのも手かもしれないが、絶対的な出費を抑えるためには、安い互換機を購入するしか無い。ネットショップで探すと3,500円程度であった。評価を見ると、まるで駄目というのもあるが、概ね好評のようだ。互換機は安すぎる、もっと高くても良いなんてのもあり、どうも怪しい。安物買いの銭失いという言葉もあるのだが、充電池の3,500円は決して安くない。まあ、騙されたと思って買ってみるか。

【晴徨雨読】京都にて
 前半戦の旅が終わり、自転車と身体のメンテナンスをする。自転車は清掃して、ハブダイナモから電池のライトに変えたり、ペダルをSPDから普通のものに替える。身体の方は五十肩対策に針に通う。ただしこれは効果が無かった。
 問題は確定申告だ。その当時最後の定率減税があり、退職金の税が一部還付されるのだ。もちろん退職後は無職無収入だったので少しでもと思い申告したのだが、よくよく説明文を読むと、退職後無収入の場合他にも税が返ってくるのだ。これはどういう制度か知らないが、退職時にも聞いたことが無かった。結局十数万円返ってきたが、知らないで申告しなかったら無かったわけだ。これって知らない人結構いるんで無いの、退職前後の人は気をつけること。

 【今日のじょん】:じょんじょんおもしろ写真集候補
うらめしじょんの命名は随分後になるのだが、これが初の画像である。(2008.7.17)Img_0658

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年の瀬を感じるとき 12/23

2012-12-23 | 日記・エッセイ・コラム

2012.12.23(日)曇

 年の瀬もこう何回も経験していると、別にどうってことないなあというふうに思っていた。クリスマス前後あたりまでは、「いまさら何も感じること無く、いつもどおりに年を越す」というふうに思っているものである。
 ところが周囲で起こる年末の行事、大掃除であったり、餅つきであったり、お歳暮が届いたり、バーゲンセールがあったり、年末宝くじを買ったり、そしてクリスマスなどがあるといつものように、子供の時のように年の瀬を感じることとなる。それは歳を重ねる、冥土が近づくといった哀しい感情では無くて、なにかうきうきする、子供の時のような気分であることが嬉しい。P1030530
  



今日は地域の餅つき大会。

 それはやはりだれもが新生であるとか、生まれ変わりであるとか、要するに生活のリセットを望んでいるためではなかろうか。
 民俗に関する本で過去の新年を迎える様子を見ると、それは想像を絶する事細かな行事としきたりが元旦を挟んで一ヶ月ほど続くのである。それは歳神様を迎える宗教的行事といってしまえばそれまでなのだが、やはり人間の願望や希望に裏打ちされた厳粛な行事作法なのだろう。
 ここはひとつ、そう多くは余っていない年越しの機会を素直に祝って過ごしたいなと思う今日この頃である。

【作業日誌 12/22】
薪割り、最も「薪割りさせてください」という若者達が割るのを手伝ったくらいだが。P1030532





【今日のじょん】:じょんじょんおもしろ写真集候補Img_0594
Img_0618



お立ち台じょんのもっと良いのが出てきた。(2008.7.7)
ハーネス事件、ハーネスを初めて着けたら腰抜かしてしまった。首輪も同じ。(2008.7.10)

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別所探訪(45) 近江ー6 12/22

2012-12-22 | 歴史・民俗

2012.12.22(土)雨 近江-5は2012.12.11参照

 桜井さんが膳所の住宅地図を持ってこられたが、別所池の記載は無かった。また、別保鉱山の位置もわからなかった。結局確定できたのは別所山のみだが、別所谷はその付近だろうし、別所池はその北にある小さな池かもしれない。いずれにしてもこの情報を柴田氏はどこから得られたのだろう。
 別所山は国分尼寺があったところといわれているようで、遺跡の調査がなされていれば鍛冶工房跡ぐらいはあるかもしれない。
 別保鉱山は戦後も稼働していたもので、調べればすぐに判る位置だと思う。予想としては膳所上別保町、清掃工場のあたりでは無かろうか。
 別保、別所にこだわるのは前回述べたように、”別”にこそ金属に関連する意味があるのではないかと予想するからである。
 別保を訪れた際に、膳所平尾町のマンガン坑跡を探したのは同じ様な意味がある。常々金属関連地、特に産鉄地に”ヒラ”の付く地名が多いことは気づいていた。
大平は特に多くて、「金属と地名」の中で鈴木市郎氏は以下のように述べている。

 
「地名との関連としては、ダダラク(陀々羅丘)というそのものずばりのタタラ地名が涌谷町太田にあり、またオオダイラ(大平)という〈デェデラ=タタラもしくはオオタタラ〉の転と考えられる地名が二箇所あることが特記される。」(P166)

 ダイダラボッチ伝説が金属関連のものであることも合わせて興味深いものがある。
 一般的にヒラは傾斜地、崖を言い、近江の比良山はその意味かと思うが、実際には諸説あるようだ。
Img_2574



 
大津市なぎさ公園から比良山系、古生層と花崗岩からなる鉄鉱鉱床が存在する。

 鯖街道で有名な国道367号線の花折峠を北に下ったところに平(たいら)という集落がある。澤潔氏はこの地が産鉄関連の地で、平はタタラの転だろうと述べておられる。(日本地名ルーツ辞典)
 この地には谷有二氏が、金属関連地名だろうというサカサマ谷(日本山岳伝承の謎)があり、その先にはこれまた金属関連伝説の小女郎ヶ池がある。
 京都側に目を移すと花脊別所町に大平谷があり、古代の製鉄に関連があろうかとも言われている。
 「金属と地名」の中に防長地方の金属地名という論文があって、平生町(ひらおちょう、かつては平尾町であったそうだ)の金属地名、金山、金代、国金と紹介されている。これだけでは何とも言えないなと地図を繰ってみる。
 すると平生町佐賀に別所があり、金山という地名はこの佐賀にあるようだ。
 平生町を真っ直ぐ北に辿ると、柳井鋳物師で有名な柳井市になるのだが、そこに小平尾、院内という地名があり、その北に大平山(314m)があるのである。
 平尾、平、平生地名については枚挙にいとまが無いのだが、それがタタラの転であるかどうかは別として、金属関連地名であるとは思っている。
 そういう意味で膳所平尾町のマンガン坑を掘った鉱山師は、平尾という地名と大山住神の祠を根拠にしてあの谷に入ったのではないだろうか。P1030420

 


マンガン坑があったと思われる谷、膳所平尾町から行ったが谷そのものは膳所池ノ内町のようだ。


【作業日誌 12/22】
 玄関用すのこ作製

 【今日のじょん】:お立ち台じょん
 食事用の台を作ってやったら、そこに乗るようになった。Img_0540_2  

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今年の漢字 12/21

2012-12-21 | 日記・エッセイ・コラム

2012.12.21(金)曇、雨

 今年の漢字一文字は「金」だそうで、オリンピック、ノーベル賞はわかるが、東京スカイツリーがなんで金なんだ。てなわけで世間の意見も「金」にはちょっとと言うものが多いようだ。なんか縁起のよいものにしなければいけないのかと思ったりするが、過去には倒、毒、戦、偽、災などもあって、縁起のよろしくないものでも良いようだ。そうすると今年なんぞは「殺」「虐」「侵」かなあと思ったりする。
 さて先日の眼鏡亡失事件であるが、20日の午後になってようやく発見された。それはそれでめでたしめでたしなんだが、発見場所がまずかった。P1030496
 



この辺一帯大探し、雪の失せ物はたちが悪い、下手する春まで出てこないのだから、、、。

 つまり、散髪を初めて眼鏡をポケットに入れたのはガレージの前で、雪が強くなって慌てて作業場に入り続きをする、そして家に入り洗面所で仕上げをして眼鏡の紛失に気づく、という構図だったのだ。ところが実際に眼鏡が発見されたのは木小屋に向かう間で、木小屋にも少し髪が落ちているのだ。後か先か中途かどっかで木小屋に行って散髪しているのには違いない。ところがその記憶がすっかり飛んでいるのだ。というわけで捜索範囲には木小屋周辺は入っていなかったのだ。
 物忘れというのか、記憶が飛ぶというのかこういうのが増えてきている。実はこの12月にあと二つ物が亡くなっているのだ。ひとつは車の中に置いている傘、もうひとつは読みかけの文庫本である。記憶を辿るとルネス病院に行ったときにどちらも持っていた。後日病院に行くと、傘はその時置いたまま傘立ての横にあった。文庫本は診察室の物置籠があやしいが、受付で聞いても出てこなかった。
 この文庫本「菅江真澄遊覧記」は、分厚くて値の張る本で秋田の大曲で買った貴重な本なのである。大変面白い内容なので古本でも買おうかと思うが、買った途端に出て来たらしゃくだから、いまだに探している。
 で、今年のじょんのび漢字一文字は「失」ということに決定。民主党も同じかもね。

【作業日誌 12/21】
ウッドデッキ防草シート張り、根太取り付け

【今日のじょん】:じょんじょんおもしろ写真集候補
じょんのびに来た当初はもう大変、急遽コンパネのフェンスを作ったが、この隙間に足を挟んで大騒ぎになったり、おしっこうんPもシートの上でしなかったり。もちろん今はこんなことは無いのよ。Img_0765
 

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嗚呼、温泉パラダイス 12/20

2012-12-21 | 日記・エッセイ・コラム

2012.12.20(木)曇

  綾部ホテルに温泉が開業した。温泉地でもないのに三軒もの日帰り温泉があるのが不思議なことだが、如何なるものか向学のために先日訪れる。
 大家族の湯と銘打っているだけに広いフロアに多くの浴槽があって家族連れや団体客をターゲットにしているのだろうか。しかし哀しいかな無理矢理掘った温泉はそう湯量が多くは無いのだろう、天然温泉と書かれている湯船は、展望風呂、壺湯、足湯、寝湯など半数ほどで、主浴というのは天然温泉の記載が無い。普通主浴は温泉水にすべきだろう。
 展望風呂は夜は綾部の夜景が見えて気分のよいものである。ただし立たないとだめで、湯船に浸かっていると見えないのが難点である。100万ドルとは言えなくても2ドルぐらいの夜景が楽しめる。
 サウナは塩サウナとドライサウナの二ヶ所があってこれも楽しいが、水風呂の脇にシャワーが欲しい。回り込んだ所にあり、塩サウナから出たお客も直接水風呂に入っていて気持悪かった。
 一番気になる湯質だが、残念ながらイマイチである。日本中の温泉を巡ってきて、いい温泉というのは成分表でも泉質表でも表せないものがあると思う。
 わたしにとっていい温泉とは、入ってクキッとするお湯、出てさっぱりとし、温まるお湯である。残念ながらクキットもしないし、湯上がりも室内の暖房で暑いだけで温泉独特の温まり方は無い。
 家族で入浴を楽しもうという方やいろんなお風呂を楽しもうという方にはもってこいの温泉だが、温泉そのものを楽しみたい方にはすすめられない。

 そういう意味では上林の綾部温泉は設備も古く、ローカルな感じだが泉質がいい。クキットして温まる。冬至に恒例の柚子風呂が始まっているかなと訪れる。残念ながら明日から柚子風呂ということだったが、この柚子風呂と秋のマコモ風呂には不満がある。従来に比して量が少ないのだ。マコモや柚子を入れたからといってなんらかの効果があるとは思えないが、やるからにはしっかり、びっくりするほど入れて欲しい。要するに気分のものなんだから、、、、、。
 その点我が家の柚子風呂は大盤振る舞いである。しかも一ヶ月余り続く。そして昨日から自家製の超特大レモンも入っている。田舎暮らしの良いところかも知れない。P1030526

 



 【晴徨雨読】142日目(2006.12.20)天理~京都、前半最終日
寒くて快晴の最終日となった。思えばスタートの日は思い切り暑い夏の日だった。木津から京都までのサイクリングロードは交通の危険性も無く、5ヶ月間の旅行の一日一日を思いだすことができる。京都に帰ってきて一番帰ってきたなと思うものは愛宕山である。これは洛西、洛南に住む者の特性だろうか。Img_2348 Img_2354
 



木津川サイクリング道起点で、自転車はこの時であった望月さんのもの。
西山や愛宕山が見えてくると感激で、さすがに涙が出てくるものだ。


 沢山のものを見てきたけれども沢山の人にも出会った。一期一会、名前も聞かずに別れた人もあるが、その後じょんのびを訪ねていただいた方もある。
 また、作日泊めて頂いた浜さんは30数年ぶり、松戸の富山君は40数年ぶり、茨城の新田君だって10年以上あっていなかった。それでもいつも一緒にいるように話せるのは、人間って素敵な生き物だなあと思う。
 京都で正月を過ごし、充電して後半の旅に出よう。

【作業日誌 12/20】
ウッドデッキ、保護剤塗り
薪割り

【今日のじょん】:じょんじょんおもしろ写真集候補
 2008,6,19日はじょんの来た日である。京都田辺から初めて車に乗ってきたのですっかり酔って、ブン伸びているところ。クッションとゴジラがいまだに必須アイテムなのは子供みたいで面白い。じょんがのびてじょんのびか、、、。Img_0746   

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さんりんぼう 12/19

2012-12-20 | 日記・エッセイ・コラム

2012.12.19(水)雪

 今日の雪は夕べから予想されていたので、ウッドデッキの中に植えつけたシマトネリコは支柱を立て、袋を被せて万全の備えをした。
 朝になって5cm程度の積雪だろうか、やたら重い雪である。シマトネリコは大正解と満足しつつ庭中の植木の雪を落としていく。
 何本かのコニファーの雪を落として、ウッドデッキの中に来るもう一本のコニファーを見ると妙に曲がっている。このコニファーは植えつけたのではなく、従前からあったものの所にウッドデッキを作っているものだ。このコニファーをデッキの中に持ってくるために、随分無理な設計で施工している。
 それがだ雪を落としてよく見ると、見事に幹が折れている。三年間、犬のおしっこにも大雪にも、大風にも耐えてきて、やっとお役に立つときが来たらこれだ。何のために斜面に斜めにデッキを作っているのか、他のどうでも良いコニファーは大丈夫なのに、、、と情けなくなる。植え替えてもいいんだけど、まあせっかくだからみっともなくても育ててやるか。P1030522
 



手前のコニファー、ウッドデッキの主役が折れてしまった。

 とまあこれはこれで片付いたのだが、事件は夕刻に起きた。
数日前から散髪すべく電気バリカンを充電し、準備しているのだが雨が降ったり雪が降ったりで延び延びになっていた。夕刻雪が上がって、まだ少し明るい、それっチャンスだとばかりに、鏡とバリカン持って表に出る。散髪に困るのが眼鏡である。外すと見えないし、はめていると散髪できない、やむなく外してポケットに入れたのが間違いだった。
 すぐに雪が降り始め、頭も身体もびしょびしょになってきた。こりゃたまらないと倉庫に逃げ込んで続けるが暗くなってよく見えない。最終的に家に戻って洗面所で続ける。なんとか形になってバリカンを片付けていると、ポケットに入れたはずの眼鏡が無い。
 立ち回り先は知れているので、懐中電灯片手に探し回るが、雪とバラスと落ち葉の中では早々見つかるものではない。すったもんだしたあげく、今夜のところは諦めて明日朝に探すこととする。幸い雪は止みそうなので何とかなるだろう。
 問題は雪の中で踏みつけて壊れていないかだ。
 散髪は節約のために電気バリカンを買い、自前でやることにしている。年間4回、一回千円として4,000円、6年続けているから既に24,000円の儲けなんて言ってられない。眼鏡は三万以上したのだ。
 自前で散髪すること無かったら眼鏡を無くすことも無かったわけだ。エコのつもりが結局大損しそうで、なんともやりきれない夜を過ごす。

【晴徨雨読】141日目(2006.12.19)大淀町~天理市
 歴史的にはとてつもなく重要な地域を巡るのだが、IB旅行(行き当たりばったり旅行)の神髄としては素晴らしい城跡を発見することになる。もちろん下調べをして行かれる方には何でも無いだろうが、行きがかりに発見して行く分には大感激である。竹田城が丹波のマチュピチュなら、高取城は奈良のマチュピチュである。Img_2306 Img_2313




城跡が好きになった瞬間

【作業日誌 12/19】
薪割り

【今日のじょん】:ペース速いんでねいかい、今年の雪。じょんは良いけど、こちとら大変。P1030523 P1030524 P1030525




雪はルンルン、おっ先客がおるなあ、てなわけで今日の雪はこんなもの。

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雨読 鉄と銅の生産の歴史 12/18

2012-12-19 | 雨読

2012.12.18(火)雨

 わたしたちの周りには驚くほど多くの種類と量の金属が存在している。金属無くしてわたしたちの生活は成り立たない。にもかかわらずその歴史、いつからどのようにして生産されてきたかについては誰も関心を示さない。坑道跡を発見したり、鉄滓を拾ったりして身近なところで金属の生産や加工が行われていたことが判るが、一般的には自分の周囲で金属の生産、加工が行われていたとは考えられないことのようだ。例えば丹波に数多いマンガン鉱山が昭和の30年代頃まで稼働していたなんてことも、その時代に生きた人でさえ知らないことが多い。
 ましてや古代から近世に至るまでの金属の歴史など興味のある人も少ないだろう。しかし、金属は歴史的には国家の成立とその発展、産業の発展など計り知れない影響力を持つものであり、歴史の主役といっても過言で無い存在だと思うのである。
 にもかかわらずその歴史は実に曖昧模糊としている。何時どのようにして日本に入ってきたか、あるいは日本にも自然発生的に金属の生産があったのか、最初の生産はどのようにされたのか、原料はどうしたのか、生産に従事した人は如何なる者か、技術の発展はどのようにしたのか、製品の流通はどうなのか等々解らないことばかりである。
 そんなことを知りたくて多くの書物を読み、雨読欄でも紹介してきたが、結果はどうも納得のいかないものであった。そこで古典的な書物から、最近の科学者が化学的物理学的分析などに基づいて書いているものに変えてくると少しは納得のいく答が出始めてきた。ただし、素人にとっては難解で、図鑑や参考書が必要であり、一度読んだだけでは到底理解できないものである。
 そういう意味では「古代日本の鉄と社会」(東京工業大学製鉄史研究会)は古代の金属を化学的に究明するという点で画期的であった。(雨読 2012.6.18参照)
 ところがそれとて1982年の出版であるから、その後の研究の進歩というのは相当なものがあると思う。
 従って今日紹介する「鉄と銅の生産の歴史」増補改訂版 佐々木稔編著、雄山閣  
2009.11.20発行はこの分野の書籍としては最も新しいものかと思う。P1030527
 


 

 発見された遺跡や遺物の化学的な分析による説が、従来の説を塗り替える場面もいくつかあるのだが、根拠がはっきりしているだけに納得できる。
 本書は府立図書館からの借本であり、最長三週間の期間でも総てを読み終えることが出来ていない。
 なるほどと納得する事柄もあり、疑問を呈するところもあるのだが、借りている間には熟読することが不可能なので、内容についての論評や疑問は今回出さないこととする。必ず再読すると思うのでその際に書いてみたい。

【晴徨雨読】140日目(2006.12.18)海南~奈良県大淀町
 この日もただ走るだけの様相だが、紀ノ川沿いは現在研究中の古代の金属を考えるとき大変重要な地帯であった。また旅をする機会があるならば、必ず訪れたいところである。少なくとも高野町、吉野町のどちらかは訪ねるべきだった。Img_2267




紀ノ川、川鵜が面白いので見ていただけ。

【今日のじょん】:今年のじょん作品は写真集「じょんじょんおもしろ写真集」を作ろかと思っている。先日も「おもろい格好してるで」というので写真に撮ったが、「別に~」という結果だった。P1030497  

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じょんのびコレクション 12/17

2012-12-18 | 日記・エッセイ・コラム

2012.12.17(月)曇、雨

 じょんのびコレクション、岩石、鉄滓、土器の準備が出来たので、本日から順次展示してゆくことにする。

12/17~20 岩石
12/22~27 鉄滓
 1/ 5~14 土器

 現在展示中の岩石は総て磁性のあるもので、磁石も用意してあるので確かめて頂くとよい。
P1030499



 そのほとんどが上林川、念道周辺で採種したもので、それ以外の採取地は、蛇紋岩=老富町大唐内、マンガン坑のズリ=鳥垣アシ谷、輝緑凝灰岩=老富町丸山(サンドラ岩)でこれとて上林地域内である。
 そういう意味で地学や地質に興味のある人は見て頂ければよろしいかと思うが、図鑑も置いておくので学習もして頂きたい。
 どこへ行くときも磁石をポケットに入れ確かめているのだが、上林川ほど磁性のある岩石に会うところは少ない。じっさい磁性のある岩石を採取したのは、大江の内宮下の林道と玄武洞の玄武岩ぐらいである。
 鉄の原料となる砂鉄は元々砂鉄の形で存在するわけで無く、岩石が風化、粉砕して岩石中の磁鉄鉱が砂中に砂鉄としてできたものである。その母岩はマグマが冷え固まったものとある。つまり火成岩だということだ。さすれば今回展示している物はほとんど火成岩で砂鉄の原料となりうるものだが、上林で著名な赤色チャートも展示している。
 赤色チャートは放散虫などの死骸が堆積して出来たもので本来磁鉄鉱はふくまない。展示している物は二筋の黒い帯が入っており、この部分に磁性がある。これはチャートの割れ目に鉄分が沈着したものと思われる。同様に砂岩の表面に鉄分が沈着したものもある。このように見ていくと、岩石も面白いものだが、実際にこの地で鉄が作られたのか、またそうならどのようにして作られたのかなどというのは複雑な問題があり、何とも言えない。遺跡なり鉄滓(製錬滓)が発見されない限り証明は出来ないのだが、少なくとも原料は存在するのではないだろうか。

【晴徨雨読】139日目(2006.12.17)田辺~海南
 あての無い旅、走りながら何かを見つける旅であったので、この日は何も見つけられなかった。撮った写真も2枚だけである。今から思えばあそこもここも行けば良かったと思うが、それは性の無いことである。とにかくこの日は走るだけの日であった。京都が近くなって里心が付いていたのかも知れない。Img_2258




二枚のうちの一枚、有田川のようだが、何を思って取ったのだろう。


【今日のじょん】:何を見てるのでしょうか?P1030517




これでした、アレッ前にもあったような、、、 P1030516  

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