晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

大晦 12/31

2017-12-31 | 日記・エッセイ・コラム

2017.12.31(日)曇り

 今年出来たこと
 月3日のスイムトレーニング(1,500mインターバル)、月1回の上林トレイル山行(市茅野~遊里)
寿命延ウォーキング教室2回開催、薪集め約1.5年分、水道検針870軒4回、芝張り、庭木剪定、森井さん宅の草刈り、寿命延ウォーキングの実践(腰痛は皆無)

 出来なかったこと
 焼却炉建設、ゴミボックス作製、ベンチ設置、台風で壊れた看板・物置の窓・郵便受けの修理、自転車小屋の建設、鹿ネットの整備、上田さん宅の藪整備、BIKEトレーニング、樋のつまり直し、店の柱の蔦取りと塗装。

昨日佐々木さんに頂いた栗の木、焼却炉は3年越し。
台風で流れ着いた堅木を頂く、木小屋のワンスパンが約1ヶ月分、使っただけ補充しないと、、。

 てなわけで慌ただしい一年が暮れようとしている。田舎生活ってなんて忙しいのだ。家と庭の守がとにかく大きい。薪集めも多大な労力と時間を要する。おかげさまであちこちで頂けるのだが、伐って、運んで、割って、乾燥しての手間は大変。例年割り切れずに越冬するのだが、その間に質が落ちることになる。下手をすれば腐ってしまい使い物にならないことさえある。今年の場合は薪割りを最優先したので冬までにすべて割り切った。年末に頂いた木は正月の楽しみにおいてある、これは餅の腹ごなしにはもってこいの運動である。
 いっぱいやり残したことはあるが、まっいいかの根性でいかないとやってられない。来年も頑張るぞ、それなりに、、、。

 【今日のじょん】ステロイド投与で病状は安定し、目標の10歳は来年3月達成できそう。次の目標は犬の平均年齢14歳ってとこか。それにしてもじょんゲル係数が年々高くなる。

ニューモモちゃんが来て大騒ぎ。

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嗚呼 木住峠-5 12/25

2017-12-25 | 山・峠

2017.12.25(月)雨

 田辺(舞鶴)から京へ繋ぐ物流の道路として大栗峠弓削道があるとしたら、その広さや立派さは納得がいく。しかし木住峠清水道はどう考えればいいのだろう。清水を回る道は明らかに遠回りになるし、清水が物流の拠点束であったという話も聞いたことがない。岸谷ー木住峠ー清水ー弓削ー大町ーと荷車の通る産業道路があったとは考えにくいのだ。悩んだ末に清水の鋳物師(いもじ)のことを考えついた。清水の井関一族は一国一座の決まりのもと、何鹿郡の鋳物師として近世から明治のにわたって活躍された。鍋、釜、鋤、鍬など農具生活用具のほか梵鐘や灯篭などを作製していた鋳物師の鉄や鋼の原料は地金と言って出雲や伯耆から入手していたようだ。輸送用の鉄地金は1束10貫目(37.5Kg)でちょうど人一人が担げる程度のものであるが、その使用する量は膨大なものになる。

2016年9月に上林川念道付近で発見した鋳物滓、8Kmも上流から流れ着いた物
 炭や粘土は地元で調達できてもこの地金だけは輸送に頼らなければならない。清水道はこの地金の搬入路であったと考えれば、わざわざ木住峠から清水に立派な峠道が作られた理由が理解できる。岸谷ー木住峠ー清水の道が広くて立派なことは、清水にとって必要な地金が田辺(舞鶴)から来たと考えていいのだろう。というのは地金の輸送は一般的に水運に頼っていると考えるからだ。


清水で拾得した鉄片、地金の一部ではないか?
 
近隣の鋳物師は福知山足立家、田辺引土国松家、何鹿郡上林井関家、船井郡胡麻新町勝田家、園部、八木、馬路などとつづく。すべて川沿いにあり、水運を利用していることがわかる。上林清水も由良川、上林川、畑口川と河川は続いており、陸路の木住峠を使用する理由は何かということになる。胡麻の勝田家だって山の中じゃないかと思われるが、実は胡麻には由良川ー高屋川ー畑川という立派な水路があり、胡麻新町のすぐそばの塩ヤ淵まで船が通っていたのである。

出荷用木箱(鋼)とこも包み(鉄)、10貫目の重量がある。(胡麻高原探訪に掲載)
 上林清水の井関家のみが陸路を使用したとしたらその理由は何だろう。大胆な予想をしてみよう。和鉄の集散地である安来から西回り航路で由良に着いた大量の鉄は各地の鋳物師村を順に効率よく配られていったのだろう。福知山は由良川を遡るのだろうが、田辺、上林、胡麻、園部、八木、馬路について順に輸送したと考えればどうだろう。陸路は上林と胡麻の峠越えだけで、あとはすべて水運を利用できる。こう考えると、清水道と弓削道が広くて荷車利用可能な理由も納得がいく。これらの道が鉄の道だとしたらなんとロマンだろう。

【今日のじょん】2011年発行の「じょんとも」の仲間たちも多くが亡くなった。どっこい頑張ってるワンもいるぞ。

ゆきちゃん、メー、さっちゃん

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京フィルを聴く 12/20

2017-12-20 | 文化に触れよう

2017.12.20(水)晴れ
 今年の音楽に触れる機会は、陳曼麗さんらの和洋中コンサートとMAFの定期演奏会ぐらいでさみしい気がしていたところへ今日のウインターコンサートの案内が入ってきた。上林小中学校で行われる京都フィルハーモニー室内合奏団のコンサートである。毎年行われる教職員互助組合の事業で子供たちと一緒に地域の住民も楽しめるというものである。以前に茂山一門の狂言を見せてもらったのもこれである。

 コンサートホールに行かなくても京フィルが聴けるというので今年最後の文化に触れようの一幕となった。
 エルガー/愛の挨拶、モーツアルト/アイネクライネナハトムジーク、ドボルザーク/アメリカ、ブラームス/ハンガリー舞曲第五番などおなじみの曲ばかりで、しかもさわりの所だけなのでとても楽しい。

 続いて上林小中学校の校歌を演奏いただき子供たちが歌っていたのだが、弦楽四重奏で演奏してもらったせいかとても素晴らしい校歌である。特に小学校校歌は岡林信康さんがこの地を離れるときに作曲されたとかでどんな曲か気になっていたのだが、いやはやいー曲ですぞ。動画にとって聞けるのだけど、聞かせられないのが残念。(流すのは禁止だからね)

 サービス精神旺盛で、トトロの「さんぽ」やX’マス~お正月メドレーや地域の人向けソーラン節などもあって大満足。

楽しい時間を過ごさせていただき、ありがとう。

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嗚呼 木住峠-4 12/19

2017-12-19 | 山・峠

2017.12.19(金)雨

 金久氏は木住峠から清水道を見て、「谷道が多い遊里からの道よりもこの清水からの道の方が或いは古い時代の街道だったかもしれない」と述べておられる。大栗峠の街道についても尾根道で立派な弓削道が本道で、谷道の志古田は脇道という風な論調である。わたしの大栗峠研究はそこが出発点だったわけであるが、本道というのが最もよく利用された道のことを言うのならそれでいいかもしれないが、道というのは歴史があり、その中で最初の道、歴史的な経過の中で最も利用された道など様々あって、これが本道、これが脇道と軽々に分けるべきではないと考える。ただ、どの道が当初の道、その後の歴史的必然性によって後続的にできた道というのは考察すべきである。そういう意味で大栗峠の街道の元祖は志古田道、木住峠の街道は遊里道が元祖であると考えるのである。わたしは峠道の元祖は谷筋であると考えている。これは金久氏とは逆の考え方であろうと思うのだが、道作りの工法としては尾根筋が最も古く、順次川筋に下りてくるものであるが、人が道の無いところをどう選んで歩くかということになると、谷筋以外には考えられないのである。それは歩きやすいことと目的地つまり鞍部に達する最も早いルートだからである。

大栗峠志古田道は崩壊が激しいが、峠に達する最短の街道である。
 弓削道も清水道も現在残っている道としては素晴らしい街道である。しかしそれは峠道の元祖ではなく、時代の要請に押されて作られた産業道路ではないだろうか。あの広い弓削道を見たときに、いったい何のためにこの道が作られたのだろうかと不思議に思った。庄谷道、竹原道は単にその村から取り付けるという補助的な道と考えられる。山田道だって単に上林城から行けるという権威の道ともいえよう。しかし弓削道は違う、元祖の志古田道が崩れやすいからといって作った道としては立派すぎる。そのことについてずっと考え続けてきた。峠道というとかつての人の流れということを考えるが、あの広い峠道は物流と言うことを考えねばならない。あの広い街道は牛に横にした材木をひかせて整地したという。つまり荷車が行き来できる街道であったわけだ。

大栗峠弓削道は道幅も広く、整備された近世のハイウェイである。
 では荷車で牛馬に引かせる荷とはいったい何だのだろう。米、木材、炭ぐらいが考えられるが、木材は荷車には無理があろうし、果たして京に向けて供出しただろうかと言う疑問も残る。いずれにしても人の流れは洞峠、物の流れは大栗峠という考え方はあり得るのではないだろうか。つづく
 

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嗚呼 木住峠-3 12/18

2017-12-18 | 山・峠

2017.12.18(月)晴れ

 「北山の峠」(下)金久昌業著によると、木住峠は舞鶴側では鬼住峠で、官製11年丹波國大絵図では貴見峠、綾部市史文中には幾美峠と様々に記されている。あまり気にすることではなく、いずれも岸谷の小字鬼住(きずみ)に由来するものである。同様に小吹峠は岸谷の小字木挽(こぶき)に由来する峠名である。

北山の峠は名著である。
 
この木住峠の上林側の道は遊里の肥刈谷(こえかりだに)の道の他に清水に向かう道が地理院地形図には記載されている。ところがこの清水道は丹波國大絵図には記載されていない。

清水道は稜線の下をトラバースしている。
 なんといっても木住峠は里村紹巴(じょうは)の「橋立紀行」(1569年)の登場で脚光を浴びる。里村紹巴は秀吉などに仕えた著名な連歌師であるが、永禄12年5月都をたって橋立を見物し、上林城などに6日間逗留し、宮脇(美山町)から帰京したものである。田辺から上林に入った峠は岸谷峠と書かれており、小吹峠か木住峠か解らないのだが、城下に入るには木住峠が順当だと思われる。同様に帰路の峠は大栗峠か洞峠かわからないのだが、「あまたの坂をこえて、宮のわきと云所に付ぬ」とある。

肥刈谷のお地蔵、この道が主要な街道であることを物語る。

 下山後木住峠清水道をネット上の画像で見て驚いた。広くて実に立派な道なのだ。どっかでこのような峠道を見たぞと思いきや、それは大栗峠(おぐりとうげ)に向かう弓削道である。我々がミスって下った支尾根はこの清水道を横切っているのだけど、帰り道に焦っていたせいか気づかなかった。次は必ずこの清水道を訪ねてみたい、上林の多くの峠道を歩いてきたが、このように広い整備された道は弓削道と清水道しか知らない。つづく
【今日のじょん】17日の朝、今期三度目、積雪4cmってとこか。

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嗚呼 木住峠-2 12/16

2017-12-16 | 山・峠

2017.12.16(土)曇り

 鉄塔を過ぎるとすぐに左(南)に折れるのだが、その道が見つからない。あっという間に支尾根の小ピークに登ってしまった。いきなりのミスコースにがっくりくる。まさかここで敗退するわけにいかないので、ゆっくり観察しながら元来た道を下る。やがて右手に道らしきものを発見する、しかもその先に白地に赤のテープが巻かれている。かなり古いものだがどうやら主稜線に付けられた目印のようだ。我々の目印、赤テープの蝶結びをしておく。

いきなりのミスコース
461mのピークで昼食をとる。木々の間から弥山山が遠望できる。反対側には畑口川沿いの家や田んぼが見え気が休まる。展望がきかないと妙に不安に陥る、今自分がどこに居るか解らないからだ。

後ろに弥山山が見える。読図の参考になる。461mのピークで
 このあたり積雪は10cmぐらいあり、雪の下の泥や木の根で滑りやすい。どんどん距離を稼いで、493mピークを過ぎ、小吹峠に出る。睦志と岸谷を繋ぐ峠だが、上林側は植林されていて陰気くさい。すぐ下に睦志の集落がありそうで里心がつくが、まだ時間は早いので先を急ぐ。

小吹峠は峠らしい地形だが、上林側は植林で道も解らない。
 小ピークを越え437mピークの手前を右に避けて稜線を辿る。実は稜線から10mほど下に清水から木住峠にに向かう道が記されているのだが、どうも確認できない。稜線すぐしたの怪しげな獣道を辿る。時間はまだ早いのだが空が曇ってきたら、やたら暗い。左手に409mのピークが見えているので間違ってないだろうと思っていたら、右手の稜線がだんだん高くなってきた。こりゃあ支尾根を下ってしまったと気づいたのだが、もう登り返す気はしない。4時になったら暗くなり始め、5時になったら真っ暗になる時期である。木住峠手前の支尾根を下ったようで、何とか踏み跡はある。地図上の堰堤の所に出るはずだと決め込んで、下っていく。果たして堰堤が見えてきた。そしてそこが林道の終点だった。

支尾根末端が林道の終点、木の橋が架かっているが腐っている。
 あこがれの木住峠は再挑戦と言うことになったけど、明るいうちに下山できたこと、遊里で市野瀬行きのあやバスにぴったり間に合ったことでよかったことにしておこう。つづく

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嗚呼 木住峠-1 12/15

2017-12-15 | 山・峠

2017.12.15(金)晴れ
 上林の著名な峠は巡ってきたつもりだが、どういうわけかこの木住峠だけは訪れていなかった。京街道の大栗峠や洞峠、若狭と繋ぐ猪鼻峠や舞鶴に向かう胡麻峠などに比べてマイナーな感があるのだけど、それは現在の感覚であって丹後岸谷村から田辺(舞鶴)に向かう木住峠は上林の峠では最も重要な峠の部類に入ると思っている。冬の悪天候の中、唯一小春日和が約束されたこの日に神子峠から木住峠を目指すこととする。
2017.12.14(金)晴れ
メンバー:小原英明 工忠照之
タイム :工忠宅発   10:40
     神子峠取り付き11:00
     鉄塔のコル  11:20
     竹のピーク  11:30
     第二の鉄塔  11:35
     迷いのピーク 11:55 12:00戻る
     461mピーク12:35 12:55出発
     493mピーク13:30 13:35出発
     小吹峠    13:50 13:55出発
     小ピーク   14:10 
     437mピーク14:25
     林道出合   15:00
     遊里バス停  15:35
 
  小春日和という予報とはうらはらに気温も低く時折時雨れたりする。そのうち晴れてくるだろうと取り付きに急ぐ。先日の雪が残っており、稜線近くは5cm近く残っている。竹のピークまでは既に歩いたルートなので気楽に登る。夏と違って闊葉樹は葉を落とすので見晴らしがきく、夏には菅坂峠に向かうべく間違ったルートが今回のルートだ。鉄塔のコルから地形図通りのルートが目視できる。

鉄塔のコルからこれから歩く主稜線がよく見える。竹のピークはその名のとおり。
 竹のピークとは我ながらうまく命名したものだと思うが、一面竹の生えたピークの北に白滝と水梨をむすぶ神子峠があり、南進すると小吹峠に向かう主稜線である。すぐに稜線上の鉄塔に出会うが、三国岳をめぐる地域は送電線や鉄塔を使ってルートファインディングできるのだが、これより南はそれらが無い。この鉄塔が最後かと思うと何か心細くなる。人の入らない、見通しのきかない、稜線のはっきりしない上林の山はアルプスよりもルートファインディングが難しい。でもそれがかえって面白くなってきた。アルプスじゃあ地図もコンパスも使うことはまれだったが、ここでは5分ごとに確認することもある。つづく    
     


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騙されねえぞ税調 12/14

2017-12-14 | 日記・エッセイ・コラム

2017.12.14(木)曇り

 年末が近づき、確定申告の資料を整理し始める。それに先だって自民税調の所得税改革(改悪)の方針が固まってきた。
 その骨子は給与所得控除、公的年金控除、基礎控除の見直しである。基本的に給与所得控除と公的年金控除を10万円下げて、基礎控除を10万円上げようというのが見えている。控除額が減少すると増税となり、増えると減税と言うことになるのはおわかりと思うが、問題は当初から高所得者には増税となって、低所得者には影響が無い、むしろ基礎控除の増額は自営業者にとっては減税となるといううたい文句である。各紙も同様の論調を繰り返し、マスコミ全体が低所得者には影響ないよ、金持ちの税金を上げるのだよと言っているように思う。
 アベノミクスに批判的な同志社大の浜矩子氏でさえ「金持ちへの増税は必要」というだけで今回の税調の改悪には言及していなかった。新聞紙上で反対する論者も「高所得者への増税といっても所詮給与所得者からとるだけのものだ」と言った論調だ。

「我々貧乏人には関係ないわ」と思っていませんか?
 今回の税調の方針は実は低所得者にも大きな影響を与えるものだと言いたい。それはこの次節かなりの数になるだろう給与所得と年金所得がある人たちのことを顧慮していないことだ。わたしもその範疇に入るのだが、周囲を見てもこの層は相当の率を占めると思う。政府自体が高齢者の労働を推進している経緯もあるし、実際に年金だけでは生活できないといった実態でみんな働いているのだけど、決して高所得者では無いのだ。こういった人たちの控除額合計は-10-10+10で10万円の減額となり、結局増税しているのである。
 税調の言い分では、給与所得者は給与所得のみ、年金所得者は年金所得のみで暮らしているという考え方なのだろう。実際には両所得者は多いわけで、その場合は基礎控除を20万円上げて現状維持と言うことなのである。
 この部分が表面に出てこないのは、マスコミも一体となった政府の陰謀としか思えない。この部分の増税額はおそらく膨大なものになるだろうが、一向に試算に上がってこない。
 そしてわたしの記憶が正しければ、健康保険料や介護保険などの算定基準は各所得の控除額は引かれるが基礎控除は引かれないと思うのだが、どうだろう。つまり第二の税金ともいえる社会保険料がぐんと上がる結果となるわけだ。収入に伸びしろを望めない高齢者の暮らしはますます苦しくなるばかりである。

【今日のじょん】今期二度目の降雪、たいしたことはないのだが早すぎやしねいかい。

ダウンのコートにえりまきまでしておりやす。

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四ツ尾山 12/7

2017-12-07 | 寿命延ウォーキング

2017.12.7(木)快晴
 寿命延ウォーキング教室第二期の卒業ウオーキングとして、四ツ尾山山行を開催する。
参加者:小原、西村、山田、吉田、小川(ゲスト)
タイム:南ヶ丘公園出発    10:25
    分岐         10:40
    体力コース経由四ツ尾山11:20  発 11:45
    健康コース経由寺山  12:25  発 13:05
    南ヶ丘公園着     13:30

 この時期にしては最高の天気となった。気温は低いが快晴の空、尾根上は少し風があったが、苦にならない。
グンゼ創始者の波多野鶴吉翁の像の横を登っていく。弁当以外の装備品は予告していないがそれなりに準備してきているようだ。ウオーキングシューズでは滑りやすそうで少し不安、やはりトレッキングシューズが必要かと思う。住宅地が近く、手頃なこのコースなら毎日登山をしている人もいるだろうなあと思っていたら、下りてきた年配の方が、「40年間毎日登ってるで」とおっしゃっていた。やっぱり

 分岐までの登り道
 15分で寺山とのコルに出る。寺山方面から数人のグループがやってくる。元気そうなので先に行ってもらう。なにしろ山歩き初めてというメンバーがいるのでゆっくり行く。でもこのメンバーなら健康づくりコースより体力づくりコースがいいかなと思って体力づくりコースに行く。山登りは登りより下りが大変なので、下りを安全にという考え方だ。
 途中休みを入れながら稜線まで上り、それ以降も木の名前など勉強しながらゆっくり歩く。やがて四ツ尾山山頂に着く。持参したコーヒーを楽しみながら、綾部の市内展望を楽しみ、下山にかかる。

 四ツ尾山山頂、山頂からの景色、下りにかかる。
 下山は健康づくりルートをたどり、寺山に足を伸ばす。寺山山頂でトイレと昼食をとり景色を楽しむ。寺山からの展望は、上林、山家方面、弥仙山、頭巾山、三その後峠山など一望で楽しい。ゆっくり休んで下山にかかる。下りは実に楽に速く歩ける。あっという間に南ヶ丘公園に着く。その後綾部ホテルに戻り温泉に浸かって疲れを癒やす。

寺山山頂の景色、下山してほっこり。
     

 

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狂言の夕べ 12/1

2017-12-01 | 文化に触れよう

2017.12.1(金)雨

 今年は文化に触れる機会が少なかったなーと思っていた矢先に、野村萬斎狂言の夕べの招待券が当たった。A席4,500円だからラッキーである。あいにくの雨の中を舞鶴市総合文化会館に急ぐ。
  コンサートでも観劇でもそうだが開演前のひとときは楽しいものである。ワクワクして何かを待つというのが心によい刺激になるのだろう。

招待券は当日指定なので事前に席をもらったのだが、後ろの席は空いていた。
 狂言は世の中や人間を皮肉ってみたり、パロディぽく演じてみたり、能ほど深刻でなくて好きである。茂山一門の狂言しか観たことがなかったのだけど今回東京圏で活躍されている野村一門の狂言を鑑賞できることとなった。番組は「佐渡狐」「棒縛」でいずれもポピュラーなものである。最初に萬斎さんの解説があり、ウィットにとんだ解説は「狂言より解説の方が面白かったわねえ」とささやく観客の方のいうとおり大変面白かった。
 冒頭「舞浜には初めて伺いまして、、、」なんて関東人らしいミスがあり、どきっとしたが会場の「舞鶴、舞鶴」の声に「失礼しました、舞鶴ですね。舞浜はディズニーランドですね」なんて上手にフォローされていた。
 さて本題の狂言だが、昨年茂山さんに教えていただいた姿勢や歩き方に注目して観ていたのだが、あの膝を曲げて腰を落としたスタイルがなんとも気になる。茂山さんは確か舞台を広く見せるためとか言っておられたと思うが、実はしんどそうに見えるこの姿勢が人間の最も安定した姿勢かもしれないなあと感じるのである。歩き方にしてもひょこひょこと滑稽に見えるが、狭い舞台の中でいかにも歩いて旅してるなあと見せるには最適の歩き方なのだろう。
 見終わって思うのは狂言って人間の内面の弱さや狡さを面白おかしく、わかりやすく表現しているものなのだなあと感じた。大満足で雨の菅坂峠を越えて家路につく。タウンタウンさんありがとう、また当ててね。

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