ここ数年、中学受験は過熱の一途をたどっています。日能研の推計によれば、2021年の首都圏の中学受験人口は6万1700人で、中学受験率は20.8%。東京都に限れば3万1300人で、中学受験率は30.6%にもなるそうです。漫画『二月の勝者』(小学館)がテレビドラマ化されたこともあり、今後いっそう注目を集めていくことでしょう。
中学受験は、子どもが勉強に打ち込み、能力を伸ばしていくための機会として、大変すばらしいものです。親子で困難にチャレンジし、二人三脚で乗り越えて成功をつかむストーリーにも、多くの親が憧れるでしょう。しかし、その負担は体力的な意味でも精神的な意味でも、親子ともにとても大きなものです。負荷が大きすぎて子どもをツブしてしまう危険とつねに隣り合わせなので注意が必要です。
ここでは、『小学生の勉強は習慣が9割』の著者で、20年の指導経験を持つ菊池洋匡氏(中学受験「伸学会」代表)に、「仕事ができる親」にありがちな「子どもを潰してしまう原因」を伺いました。
「成果を出す方法を考えられる子」は少ない
私がこれまでに指導してきた生徒たちの親御さんは、多くは高学歴で、社会的にも高い地位にいたり、専門的な職業に就いたりしている方でした。
私立の中高一貫に子どもを6年間通わせようというのですから、ご家庭には経済力が必要です。「中学受験をさせよう」という親御さんに競争社会を勝ち抜いてきた方が多いのは、当然のことかなと思います。
そのような方の中には、「成果主義での評価が公平・公正」で、「どうやって成果を出すかを考えることまでが大事なこと」と考えている方がいらっしゃいます。確かに、この考え方自体は間違いではありません。ただし、「中学受験をする年齢の子どもは、まだ人生経験が短く、大人に比べて能力的にとても未熟である」ということを考慮すると、この考えには落とし穴があります。
大人であれば、しかも上場企業や外資系企業などの優秀な人材が集まる場であれば、成果を出す方法まで自分で考えさせることもできるでしょう。
ヘタに手取り足取りやり方を指導すれば、相手は「決められたとおりのことしか、させてもらえない」と感じ、仕事に対してのモチベーションが下がってしまうかもしれません。自主性を尊重し、自分で考えさせる割合を大きくすることが必要になってきます。
しかし、中学受験に挑むのは10~12歳の子どもです。自分で成果を出す方法を考えられる子は、大人に比べてグッと少数派になります。10人中、2~3人くらいといったところでしょう。
このことがよくわかる、ハーバード大学のフライヤー教授らが行った有名な研究があります(※)。
この研究では、250以上の学校において、小中学生を対象に「ご褒美」による成績アップの効果が検証されています。「ご褒美」が与えられる条件をいろいろと変えてみて、どういう条件のときに子どもの学力が伸びるかを比較検証しているのです。
「ご褒美」の対象は大きく2つに分けることができました。
1つは、「学力テスト」や「通知表の成績」といった「成果」に対しての「ご褒美」です。もう1つは、「本を読む」「宿題を終える」「授業に出席する」といった「行動」に対しての「ご褒美」です。
大人の感覚だと、「行動」に対してご褒美を与えてもいい成果は得られないのではないか、と感じてしまいます。「表面的でうわべだけの行動に終始して、成果につながらない無駄な行動が増えてしまうのではないか?」「やはり結果にコミットすることが大切なのでは?」と。
勉強のやり方がわかっていない子どもは多い
しかし、成績アップにつながったのは「行動」にご褒美を与えた場合でした。「成果」に対してご褒美を与えた場合には、成績アップはほとんど実現されませんでした。
なぜこのような実験結果になったのでしょうか?
確かにどちらのパターンでも、子どもたちはやる気になりました。しかし、「成果」に対してご褒美が与えられた場合には、子どもたちの「勉強する」といった具体的な行動は増えませんでした。ご褒美が欲しくても、具体的に何をしたらいいかわからず、行動を起こせなかった子どもが多かったのです。行動を起こさなければ、成果も得られないのは当然のことですよね。
それに対して、「行動」にご褒美が与えられた場合には、やることが明確なので、行動できた子が多くなりました。「本を読む」「授業に出席する」といったいい行動が増えたため、成績もよくなったというわけです。
これは、ご褒美目当ての場合に限った話ではありません。成績を上げたい。クラスアップ(上級クラスに入ること)したい。志望校に合格したい。目標が何であれ同じです。多くの子どもは目標があっても、それを達成するために何をしたらいいかわかりません。だから、何もできないまま時間ばかりが過ぎていくことになります。
仕事ができる親御さんは「目標を達成するために、何をすべきか考える」ということを自分が当たり前にできてしまうために、「子どももできるはずだ」と思い込んでしまうことがあります。そして、それを考えないのは「やる気がないから」「サボっているから」と判断してしまい、やる気を出すように子どもを追い込んでしまいます。
これは子どもをツブす原因となるので要注意です。
わが子は「部下」ではない
仕事であれば、極論、部下は「代替可能」です。「何をすべきか考える能力がない部下は切り捨てていく」という方針は、会社の利益を最大化するための戦略として選択肢の1つです。能力のある社員だけが選別され、生き残っていく成果主義のシステムは、うまく機能する場面もあるでしょう。
でも、わが子はそうではありません。そうですよね?
わが子を成績アップに導きたければ、子どもに寄り添いながら、子どもに勉強のやり方から教えていくことを心がけることが必要です。まずは「能力の不足」と「やる気」の問題を分けて考えることから始めてください。とくに、子どもが相手の場合には、ほとんどの問題は「能力の不足なのだ」と思っておきましょう。
初めのうちは、目標を達成するために「何を」「どれくらい」「いつ」やるのか、考えるのを手伝ってあげてください。そして徐々に手放して、本人だけで考えられるようにしていきましょう。このようなトレーニングをして、能力を身につけさせてあげればいいのです。
以上、仕事ができる親が陥りがちな子育ての落とし穴でした。自分の常識や感覚を子どもに押しつけると失敗します。その自分の感覚や常識は、「今」「大人の自分が」できることで、「子どもが」できることではないからです。
成果を出すための「PDCA」的な考え方や、効率のいい学習法などは、年齢を問わず普遍的です。それを教えてあげることは、とてもいいことです。ただ、身につけさせるためには手厚いフォローが必要です。しっかりフォローしてあげてください。そうすれば、お子さんの能力を引き出し、成績アップや受験の合格に導いてあげられますよ。
(※)The Power and Pitfalls of Education Incentives