13日朝、北朝鮮が金正恩(キム・ジョンウン)氏の威信を懸けて打ち上げた長距離弾道ミサイルは、2分ともたずに爆発した。その瞬間、住民1900万人分の1年間の配給量にあたる約8億5000万ドル(約700億円=推計)が空に消えた。それでも北朝鮮は核兵器やミサイルの開発をやめようとしない。持てる者と持たざる者。その激しい「格差」こそが最高指導者が生き延びる淵源の1つとなっている。
金日成主席と金正日総書記の銅像除幕式に出席した金正恩氏(13日、平壌)=AP
「平壌から絶対に離れたくない」。今から8年前の2004年5月、小泉純一郎首相(当時)の再訪朝の取材で訪れた平壌で、20歳代の若者はこう語った。移動の自由がない北朝鮮で、平壌の住民には旅行や配給などで利点があり、首都に住まいを持つことは日本人には想像できないほどのステータスがあるという。
白壁のマンションが立ち並び、中心部に大同江が流れる平壌。高い建物から周囲を一望すると生活感のない、まるで展示場のようなたたずまいだ。インフラは老朽化し、停電もしばしばある。それでも一般住民にはあこがれの街に映る。
それに対し、国全体の大半を占める地方では、食糧が乏しく各地で飢えが発生している。だが同じ独裁国家でも、中東や北アフリカを席巻したような反政府運動はこれまで起きなかった。なぜか。多くの日本人が疑問に思う謎の答えの1つが、北朝鮮内に存在する著しい格差に潜んでいる。
「あまりにも貧しいためその日の家族の食べ物をどう確保するかで頭が一杯だった」と、北朝鮮からの脱出住民は振り返る。生きるのに必死で、体制を批判するだけの気力が残っていないというのだ。外部との連絡手段が限られているうえ、地域ごとに細かく張り巡らされた当局や住民同士の監視網をくぐり抜けるのは容易ではない。住民がまとまって反政府活動を展開するのはほぼ不可能というのが実情だ。
党幹部、軍・政府関係者や、身分が高い住民たちが配給など様々な点で恩恵を受けるとされる平壌との格差は大きい。長年の経済疲弊に国際社会による制裁が加わり、北朝鮮全体における特権階級のサークルは年々小さくなっている。が、それが小さくなればなるほど選ばれた者たちの特権意識が強まり、既得権益を守ろうと北朝鮮指導部への忠誠心を高める構図になっているようだ。
北朝鮮がミサイル発射を失敗した日、平壌では巨大銅像がお目見えした(13日)
ソウルで会った脱北者の話にはほぼ共通点がある。金正恩氏の祖父、故金日成主席は建国の父として多くの住民に尊敬されている。後を継いだ父、故金正日総書記はカリスマ性に欠け冷めた目で見られながらも、幼少期からの徹底した思想教育が住民に浸透していた。それに比べると、三代目の金正恩氏は若くて知名度も低く、体制の基盤に不安を抱えている。
新指導部が恐れるのは疲れ切った住民よりも、むしろ特権階層の中枢を占めている軍部の反乱だ。正恩氏は昨年末に軍の最高司令官に就任して以来、部隊を頻繁に視察してきた。現地指導や視察は軍事部門が圧倒的に多く、経済部門はほとんど見あたらない。
朝鮮半島の軍事境界線を挟んで南側の李明博(イ・ミョンバク)韓国大統領は国内の格差拡大が響いて支持率が急落し、来年2月の任期切れを前に求心力低下が進む。かたや半島の北側では、三代続いた世襲指導者が地域間や待遇など様々な面での格差を体制掌握のテコにしている。
北朝鮮だけが例外であり続ける保証はない。冒頭の平壌の若者は米国の対北朝鮮政策に反発しながらも「1番訪れてみたいのは米国」と漏らした。2月の米朝合意で米国が約束した食糧支援も今回のミサイル発射で滞る。巨額の費用が一瞬で飛び散った青空を北朝鮮の住民はどんな思いで見つめたのだろうか。
(政治部次長 峯岸博)
金日成主席と金正日総書記の銅像除幕式に出席した金正恩氏(13日、平壌)=AP
「平壌から絶対に離れたくない」。今から8年前の2004年5月、小泉純一郎首相(当時)の再訪朝の取材で訪れた平壌で、20歳代の若者はこう語った。移動の自由がない北朝鮮で、平壌の住民には旅行や配給などで利点があり、首都に住まいを持つことは日本人には想像できないほどのステータスがあるという。
白壁のマンションが立ち並び、中心部に大同江が流れる平壌。高い建物から周囲を一望すると生活感のない、まるで展示場のようなたたずまいだ。インフラは老朽化し、停電もしばしばある。それでも一般住民にはあこがれの街に映る。
それに対し、国全体の大半を占める地方では、食糧が乏しく各地で飢えが発生している。だが同じ独裁国家でも、中東や北アフリカを席巻したような反政府運動はこれまで起きなかった。なぜか。多くの日本人が疑問に思う謎の答えの1つが、北朝鮮内に存在する著しい格差に潜んでいる。
「あまりにも貧しいためその日の家族の食べ物をどう確保するかで頭が一杯だった」と、北朝鮮からの脱出住民は振り返る。生きるのに必死で、体制を批判するだけの気力が残っていないというのだ。外部との連絡手段が限られているうえ、地域ごとに細かく張り巡らされた当局や住民同士の監視網をくぐり抜けるのは容易ではない。住民がまとまって反政府活動を展開するのはほぼ不可能というのが実情だ。
党幹部、軍・政府関係者や、身分が高い住民たちが配給など様々な点で恩恵を受けるとされる平壌との格差は大きい。長年の経済疲弊に国際社会による制裁が加わり、北朝鮮全体における特権階級のサークルは年々小さくなっている。が、それが小さくなればなるほど選ばれた者たちの特権意識が強まり、既得権益を守ろうと北朝鮮指導部への忠誠心を高める構図になっているようだ。
北朝鮮がミサイル発射を失敗した日、平壌では巨大銅像がお目見えした(13日)
ソウルで会った脱北者の話にはほぼ共通点がある。金正恩氏の祖父、故金日成主席は建国の父として多くの住民に尊敬されている。後を継いだ父、故金正日総書記はカリスマ性に欠け冷めた目で見られながらも、幼少期からの徹底した思想教育が住民に浸透していた。それに比べると、三代目の金正恩氏は若くて知名度も低く、体制の基盤に不安を抱えている。
新指導部が恐れるのは疲れ切った住民よりも、むしろ特権階層の中枢を占めている軍部の反乱だ。正恩氏は昨年末に軍の最高司令官に就任して以来、部隊を頻繁に視察してきた。現地指導や視察は軍事部門が圧倒的に多く、経済部門はほとんど見あたらない。
朝鮮半島の軍事境界線を挟んで南側の李明博(イ・ミョンバク)韓国大統領は国内の格差拡大が響いて支持率が急落し、来年2月の任期切れを前に求心力低下が進む。かたや半島の北側では、三代続いた世襲指導者が地域間や待遇など様々な面での格差を体制掌握のテコにしている。
北朝鮮だけが例外であり続ける保証はない。冒頭の平壌の若者は米国の対北朝鮮政策に反発しながらも「1番訪れてみたいのは米国」と漏らした。2月の米朝合意で米国が約束した食糧支援も今回のミサイル発射で滞る。巨額の費用が一瞬で飛び散った青空を北朝鮮の住民はどんな思いで見つめたのだろうか。
(政治部次長 峯岸博)
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