日本の経常収支が赤字になった。ウクライナ情勢で原油をはじめとする資源価格が高騰しているためだ。
しかし、日本以上に原油輸入に頼る韓国は経常収支の黒字を続けている。これは、両国の貿易構造に違いがあるからだ。
日本は海外生産が増える中、貿易黒字が縮小し経常収支赤字が続く可能性がある。
円安が進み、経常収支の赤字が継続すると、円安スパイラルに落ち込む危険がある。
本来は、この問題が参議院選に向けての最重要の政治課題として議論されなければならない。
ウクライナ危機で経常収支赤字
一時的ではなく継続する危険
日本の経常収支は、2021年12月、22年1月と連続して赤字になった(図表1参照)。
原油などエネルギー価格の高騰で輸入が増えたため、貿易収支が赤字になったからだ。
経常収支が過去最大の赤字額を記録した14年1月には、原油価格が1バレル100ドルを超える水準にまで高騰した。
今回は、ロシアのウクライナ侵攻と対ロ制裁の影響で、原油や天然ガスの価格がそのときより激しく高騰している。さらに、小麦などの価格も上昇している。
2月には貿易収支赤字が縮小したため、経常収支は黒字になった。しかし、貿易収支の今後の動向によっては、経常収支が再び赤字になる危険がある。
そして、経常収支の赤字が一時的なものでなく、継続する危険がある。
これまでのように対外投資の所得収支の黒字で補うことができるのかどうか。
日本が国際収支面で問題を抱えることになるとは、多くの人が思っていなかった。その認識がいま変わろうとしている。
韓国では原油輸入は多くても
経常収支は黒字を続ける
原油価格上昇の影響はどの国も受けている。
では、韓国の国際収支はどうなっているか?
韓国でも貿易収支は2021年12月と22年1月に赤字になった。1月の赤字額はとくに大きかった。
しかし、経常収支は黒字を維持した。
韓国の原油輸入額は世界第4位で、日本とほぼ同額だが、少し多い。GDP(国内総生産)に対する比率でいえば、日本の2倍を超える。
そうであっても経常収支がマイナスにならないのは、工業製品などの輸出が伸び貿易構造が日本より強いからだ。
図表2に見るように、原油価格が高騰した14年でも貿易収支がプラスを維持している。
日本の貿易構造の変化は
20年前から始まっていた
日本の貿易収支は、1990年代の中頃までは増え続けていた。しかし、それ以降は増加しなくなった。そして、2005年頃からは減り始めた。
08、09年のリーマンショック時と、12~14年の原油価格高騰期には、貿易収支の減少が顕著になった(図表2を参照)。
貿易収支が傾向的に減ってきたのは、輸入が増えたからだ。
とりわけ、工業製品の輸入が増えた。テレビなどの家庭電化製品でそれが顕著に見られる。
家電製品の輸出と輸入の推移を見ると、1999年に、輸入は輸出の1.6倍だったが、021年にはこの比率が7.5倍になっている(図表3)。
日本はもはや家電製品の輸出国とはいえない。輸入国というべきだ。このように輸出入の構造が大きく変わった。
また、海外生産の比率が高まったこともある。自動車の場合には、国内生産台数はいまや世界生産台数の3分の1程度でしかない。すると、円安になっても輸出は増えず、むしろ円ベースでの輸入が増えるだけの結果になる。
それに対して、韓国の貿易収支の黒字は、2007年以降、図表2に見るように顕著に増加している。
経常収支赤字がなぜ問題なのか?
所得収支で補えるのか
しばしば、「経常収支が赤字とは、日本が世界で稼げなくなったことを意味するので問題だ」といわれることがある。
しかし、国際収支が企業の損益と同じものだと考えてこういっているのであれば、その考えは間違っている。
経常収支が赤字とは、企業が損失を続けるのとは違って、それ自体が悪いことではない。しかも、恒常的に続けることも不可能ではない。
事実、アメリカの経常収支は恒常的に赤字だ。
これは、アメリカ人が自国で生産した以上に消費できることを意味しており、アメリカ人にとって望ましいことだ。
しかし、経常収支の赤字を継続できるのは、それを金融収支でファイナンスできるからだ。
アメリカが他国に頼んで借金をするのでなく、世界中の国が進んでアメリカに投資をしている。だから、経常収支の赤字が問題を起こさないのである。
これが可能なのは、アメリカ経済の将来について世界が信頼しているからだ。
それができなければ、経常赤字を続けることはできない。
残念ながら、日本経済の将来について、世界はアメリカに対するような信頼をしてくれない。だから、経常収支の赤字を継続するのは難しい。
これは韓国の場合も同じだ。だから、韓国の国民も政策当局も、経常収支について極めて神経質だ。
韓国はアジア通貨危機の際に、ウォン安によって国が破綻する瀬戸際に立たされた。その経験が民族的な記憶として残っているのだ。
それに対して、日本には経常収支を気にする人はこれまでほとんどいなかった。貿易収支が赤字になっても、巨額の対外純資産が生み出す所得収支がそれを補って余りあると考えられていたのだ。
しかし、この認識に疑問が生じてきたことになる。
円安スパイラルが始まる危険
参院選で金融政策転換は論点になるか?
問題なのは円安スパイラルが始まる危険だ。
経常収支が赤字になると、ドルを買う必要があるので、ドル高円安になる。
赤字が将来も続くと予想されると、将来さらに円安が進むことが予想される。すると、現在、円を売っておくことが利益を生むので、円が売られる。このために円安がさらに進んでしまう。
原油価格の異常な高騰はいつかは収まるだろう。
しかし、円安スパイラルは続いて、とめどもない円安に落ち込む危険がある。
そうなれば日本国内の物価高騰を止められなくなる。
他方で、円安になったところで、かつてほど輸出が増えて貿易収支が改善するわけではない。
国民が疲弊するだけのことだ。
前回の本コラム「『円安政策』からの一刻も早い脱却を、参院選の争点は物価に」(2022年4月21付)で指摘したように、物価高騰問題は参院選の最大の争点になるだろう。
しかし、問題はそこでどのようなことが議論されるかだ。
政府が取りまとめた物価高への緊急経済対策は、石油元売りへの補助金によるガソリン価格の抑制など断片的な対症療法の寄せ集めにすぎず、問題の根源に迫っていない。
いま本当に必要とされるものは、円安政策からの脱却であり金融政策の転換だ。
具体的には、金利上昇を容認することによって、円安スパイラルを阻止することだ。
いまの状況を政治的に見れば、本来は野党にとっての絶好のチャンスだ。
政府の政策が必要とされる方向とはまったく逆のものになっていることを批判し、国民生活を守るために自国通貨の安定化を求めれば、支持を拡大できるだろう。
ところが、野党はそのような問題提起をしていない。国民の立場から最も望まれている政策を打ち出していないのだ。
日本政治の根本的問題は、消費者と労働者の利益を守る政治勢力が存在しないことだ。
これこそが日本の最大の悲劇だ。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)
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