3/23(木) 鳥取の駅前ホテルで朝4時過ぎに目が覚めました。
朝食バイキングオープンの630までに間があるので、がら空きの大浴場でゆったりと朝風呂。
バイキングでは旅行時に不足しがちな野菜を中心に、卵料理とジュースなどで軽く済ませました。
麺やご飯などは摂りません。炭水化物を摂ると列車内で眠たくなるので。
部屋にいてもおもしろくないので、7時過ぎにチェックアウトしました。
駅に着いたら726発米子行きが待っており、空いていたので乗車。
こういう咄嗟の思い付きでの行動は、一人旅のもっとも良いところ。
予め出発時刻を決めたり、同伴者が準備するのを待っているのはストレスでしかありません。
2日目はあいにくの小雨。
途中の浜村駅の本屋もペンキ塗りされてはいるものの、国鉄時代の駅舎が使われていました。
車窓からは所々で日本海が望めます。
今日の最初の下車駅は倉吉。8時半には着いてしまいます。
地元の中央西線はロングレールを使っているのか、レール継ぎ目のガッタンゴットンという音がしません。
しかし山陰本線は昔のままのようで、ディーゼルエンジンの大きな音と小刻みなジョイント音がリズミカルで心地よく、懐かしく感じます。
山陰本線は開業時に古くから栄えていた倉吉市の中心部を通らず、4kmほど北に離れた郊外を通り、そこに倉吉口とでもいうような位置づけの上井という駅を設置しました。
後に支線の倉吉線を上井から倉吉の中心部まで開通させましたが、1985年に廃止されています。丹波の篠山口とよく似た状況ですね。
その倉吉の中心部に今回訪問したい地ビールの工房があり、昼呑みする計画にしていました。
4kmという微妙な距離。11時オープンで2時間以上もあるので、1里1時間だろうとゆっくり歩くことにしました。
歩き始めてすぐに大失敗だったと後悔しました。
小雨が強くなり時折、傘をおチョコにするほどの強い風が吹いていました。
その上、履いてきたデザートブーツが雨で濡れた路面でよく滑ります。
スリップして2回コケそうになり、足の小指を痛めてしまいました。
また背負いのリュックにしないで、肩掛けのバッグにしたのも失敗で、重くて肩に食い込む始末。
車の時は着替えなどの散策に不要な荷物は積みっぱなしですが、鉄道の場合は全荷物を持って移動するのに、その配慮が足りませんでした。
30分ほど我慢して歩きましたがギブアップ。地図の上灘あたりで大通りに出るとすぐにバスが来て、あっという間。ずいぶん早く着きました。
この天候では¥200くらいなら絶対バスにすべきでした。バスを下車したのは中心部の白壁土蔵群停留所。
「山陰の小京都にアンノン族が押し寄せています」というフレーズで真っ先に頭に浮かぶのは山口の津和野ですが、ここ倉吉も小京都と言われているようです。
江戸時代のような古い街並みで有名な、長野県の木曽街道妻籠宿の同じ町内に住む親せきが「あの地区は昔お金が無くて、古い家を建て替えできなかっただけなのに、それで得した」と言っていました。
全国に鉄道忌避伝説があります。「城下町には陸蒸気は通さない、と武士が拒否した」という類です。
でも実際は、古くから栄えて建物が密集している市街地を買収し鉄道を敷設するのには費用がかさむため、郊外の安い土地を買収したというのが真相のようです。
倉吉も鉄道が郊外に通ったので、この古い市街地が開発されずに残り、白壁土蔵群として観光地になっているのでしょう。
廃止された倉吉線の打吹駅跡(旧倉吉駅)に鉄道記念館があり、それが停留所から近いので見学、というか休憩させて頂きました。
9時から開館しているので、早く着いたらここで時間をつぶせばよい、と最初から考えて早出したのです。
無人、無料で解錠しているだけ。照明のSWをオンにするところからセルフサービスです。
ベンチに荷物を下ろしてコートを脱ぎ、ひとり誰に気兼ねもなくゆっくりと休憩させて頂きました。
倉吉線の歴史もよくわかったし。寄付金の募金箱が置いてあれば寄付してましたね。(本当か)
無人販売所と同様に日本人の良識が現在のレベルであれば成立する運営方法だと思います。
何年も先までこうであって欲しいものです。
展示物がそれほど多くはないので2時間は潰せず、雨も止んだので白壁の街並みを散策して過ごしました。
プラモデル屋があることも調べてあり、記念に何かキットを買うつもりで探しましたが、閉店したようで見当たりませんでした。
元気に鳴く鳥がいたので撮って拡大。イソヒヨドリでしょうか。
今回1眼のD7000には28mmのみ付けてきたので、雨の中や望遠が欲しい時はTG6を使いました。
プラモデル屋の予定が外れたので、残り1時間位は打吹回廊という公共施設のベンチで過ごしました。
11時に倉吉ビールのBREW LAB KURAYOSHIに突撃。
上から順に頂きました。
ペールエール。
そしてIPA(インディアペールエール)
つまみはソーセージ。
ソーセージを何でもウインナーと呼ぶ人が多すぎると思います。なんででしょうね。
最後にゴールデンペールエール。
みんなフルーティでおいしく、スーッと呑めてしまいます。
ご主人に、昨夜鳥取駅前のクラフトビールバーが休みで呑めなかったことを伝えると、「あそこは最近ねえ・・・」と言葉を濁されました。
山陰のクラフトビール工房の本を見せて頂きながら、ゆっくりしたつもりでしたがレシートの会計時刻は1155でした。
勝負が早いというか、せっかちなんですな。
歩いて行けるところにこんな店があれば、通ってしまうなあ。
この店の入り口の画像のように、TG6で撮るとはっきりしない写真になります。
室内のビールグラスはAi-S28mmです。
いつも使っているタムロンの17-50mmf/2.8も優秀なレンズですが、大きくて威圧感があり、仰々しいので小さなMFの28mmにしました。
200mmまで寄れるので狭い場所でも使えるし、40年前のレンズとは思えないほどシャープでよく映ることが今回わかりました。
バスで倉吉駅に戻りました。倉吉発下りの普通列車は12時台は無く、次は1334発なのでもう少し腹ごしらえすることにしました。
駅から歩いて数分の牛骨ラーメンの店。
ラーメンのスープは豚、鶏に決まっとるじゃろ、と思ってましたが侮ることなかれ。
ビックリしました。申し訳ありません。
ビーフの上品な香りのよいスープでございます。たぶん脂を丁寧に取っているんだと思います。
すっげぇうまい。また食べに行きたい。
米子に向かって途中伯備線に乗り換え、この日の泊地である津山を目指します。
WEBの乗換案内で調べた結果は、倉吉1334発で米子まで行き、50分待って1527発の特急やくも22号に乗って新見まで行け、です。
大山は雲がかかっていました。
ここで時刻表の出番。
やくも22号の前に伯備線の岡山方面行き普通列車が、米子のふたつ手前の分岐駅:伯耆大山を1439に出ます。
私が乗った倉吉1334発は伯耆大山に1427に着くので、米子まで行かずに伯耆大山で降りて12分待ち、伯備線の普通列車に乗り換えて、各駅に停りながら次の特急停車駅の根雨まで先行することにしました。根雨には駅員がいるので特急券が買えます。
こういう前後列車の検討などはアナログな時刻表の強いところ。WEBではこういう芸当は難しいです。
「やくも」って小泉八雲のことなんだよね、きっと。
倉吉始発の山陰本線普通列車は女性の運転手さんでした。
車両もキハ40系ではない新しい車両。加速も良いし、前面展望(通称かぶりつき)はこっちの方がよく見えて楽しい。
伯耆大山からは電化区間ですが、来たのはまた別の新しいディーゼルカー。
伯備線は日野川沿いを上っていきます。
桜は咲き始めていました。
使っているひと筆書き切符では区間重複はできませんが、駅を出なければ容認です。
つまり伯耆大山-米子間では駅から出場できないので、米子駅構内で50分潰すか、各停で車窓を見ながら先行するかの二択でした。
特急ならこんな小さな駅は一瞬なので各停で正解。
根雨1526着。ここで駅前を散策しながら1554発のやくも22号を待ちます。
駅前には何もなかったけど、駅舎は昭和でOK。
こうやって各停で先行すると特急の乗車区間が短くなるので、米子-新見間の自由席特急券が¥1200のところ根雨からだと¥760と少しお得になります。
特急車両もJR東海ではすでにお払い箱になった国鉄時代の車両でした。
根雨から新見までは山岳路線らしいくねくね道を飛ばします。
元祖振子電車の面目躍如。JR西は物持ちが良い。
根雨駅のすぐそばを流れる日野川にはオシドリが集まっていると案内が貼ってありました。
根雨を出た最初の鉄橋を渡る際、中洲に休む明るい色の水鳥の群れが見えましたが、あれがオシドリかも。
こんなに近くに見えるならカメラを用意したのに、残念でした。あっという間に通過。
SLブームの頃D51の三重連で有名だった撮影地、布原信号所は気づく間もなく通過。
この区間だけは特急を使わないと津山着が20時過ぎになってしまうので、乗っててもつまらないですがしょうがない。
新見には来たのは初めてですが、姫新線の乗り継ぎが良くてどんな街なのか散策する間もありませんでした。
姫新線の完乗も今回のテーマ。新見から姫路まで乗り通します。
待っていたのはこんな第3セクターのような小さな気動車。
1654発津山行きです。
新見からも小雨降る中国山地を、小さな曲線で縫うように走っていきます。
走行中に何度もかなりの大減速をするので先頭で見てみたら、なんと25km/hの速度制限がそこらじゅうにありました。
カーブが急なので減速しているのかと思ったら直線にも速度制限があります。
車中で検索して理由がわかりました。
維持費がかさむので廃止したいJR西に対し、保線費用を最小限にして経費を減らし、路線を存続してもらうことにしたとか。
保線作業を省くので、安全確保のために速度を落としてそろそろ走っているのだそうです。
天下の国鉄もここまで落ちぶれたのかと寂しい気持ちになりました。
これが地方の鉄道の現実なのですね。
津山1832着。駅前のホテルです。
晩飯は、雨も降っているし、足が痛くて川向うの市街地まで歩きたくないので、ホテル敷地内の居酒屋にしました。
昨日の鳥取県も、津山の岡山県も旅行支援で¥6000の宿代が¥5000になり、飲食店で使えるクーポンも¥2000もらえました。
津山にはクラフトビールの蔵があるのですが、生で呑めるバーが近所に見つけられなかったので、この居酒屋でビンの津山ビールで乾杯。
足の小指が痛いので、フロントでバンドエイドをもらって早々に寝ました。