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●楽観主義のリスク

2009-07-14 | ポジティブ心理学
●楽観主義のリスク
楽観主義。いいことずくめではないことも知っておいたほうがよいかもしれません。
それは、前述したように、楽観主義は、現実認識に端を発していますので、認識の錯誤を免れることができないということです。
楽観主義は、事態を冷静かつ論理的に分析するのとは違った(正反対)の認識の仕方をベースにしています。
 事が個人の認識の問題だけですむならそれでもいいのですが、事の解決を求められるようなことになると、自分に都合の良い楽観主義的な認識では、何かと危ないですね。

自律訓練法の言語公式(自己暗示)

2009-07-14 | 健康・スポーツ心理学
「気持ちがとても落ち着いている」(安静練習)
「両手両足が重たい」(重量練習)
「両手両足が温かい」(温感練習)
「心臓が自然に静かに規則正しく打っている」(心臓調整練習)
「自然に楽に息をしている」(呼吸調整練習)
「お腹が温かい」(腹部温感練習)
「額が気持ちよく涼しい」の反復
*消去運動  にぎり 両手 背伸び

●よき偶然が重なってできた「健康・スポーツ心理学科」

2009-07-14 | 健康・スポーツ心理学

●よき偶然が重なってできた「健康・スポーツ心理学科」
その学科の詳細は、次回に紹介させていただきますが、その構想を思いついて、さらに実現するまでの、ちょっぴり不思議な、といっても、あくまで私にとってですが、内輪話的な余談をまず、させていただきます。
学部改組が実現した暁には、当然、学部充実はどうするとなります。
まずは、いずこも同じで、学部構成員からの意見吸い上げからスタートしましました。小さい委員会を作って案を練ることになりなりました。
最初は、「厳しい経営環境を考えて教員増はしない」という制約のもと、学科は無理、既存の2学科を一つにして中をコース制で分けるという案がかなり真剣に検討され、将来構想委員会に提案しましたが、木内秀俊学長に一蹴されました。「外に(高校生に)に対する露出度が高くて、魅力を感じさせるもの。これならば入ってみたい、という学科でなければだめ」というのです。
小委員会では意見が出つくしていたので、そこからは、初代応用心理学部長の市村操一教授とのタッグマッチでした。ご承知の通り、市村教授は、日本のスポーツ心理学界の草分け的存在です。「スポーツ心理学科」の構想は2人の間でごく自然に生まれました。
ただ、「これだけで1学科はきついねー」と迷っていたところ、なんと、臨床心理学科で発達心理学を教えていた石崎一記教授の研究実践のテーマが「健康心理学」であることが判明。これで「健康・スポーツ心理学科」の誕生となりました。
さらに偶然がありました。
臨床心理学科に赴任してきたばかりの羽鳥健司助教の専攻が「ポジティブ心理学(心の元気づくりの心理学」だったのです。これが、カリキュラム構成を豊かなものにしてくれました。
そして、このことも構想が具体化する段階で気がついた、ちょっとお恥ずかしい偶然なのですが、八千代キャンパスには広大な敷地のなかに、野球場、サッカー場、テニス場、そしてなんとゴルフ練習場まで完備していたのです。木内四郎兵衛・初代学長がもしかすると、こうした学科の設置まで見通していたのかとさえ思ってしまうほど見事な偶然でした。
こうしたうれしい偶然が重なりました。こうなると、もう神がかり的な盛り上がりぶり(私だけですが(笑い))でした。
たちはだかった壁ももちろんありました。これはさしつかえがありますので公表を差し控えますが、組織改変にともなうごく普通のしかし大学では強固な壁です。学長裁断で乗り切りました。これがトップの決断というものかとあらためて感心してしまいました。


学歴

2009-07-14 | 教育
特に日本では、大学はシグナリング(スクリーニング)機能に特化しているので、教育内容は形骸化しており、大部分は時間の無駄だ。まして大学院教育の内容は非常に特殊であり、実社会で役立つことはほとんどない。それは「勉強が好きだ」というシグナルにはなるが、「使いにくい専門バカ」というシグナルにもなるので、便利屋を好む日本の企業には歓迎されない。

文科省の大学院拡大政策は、学生を余分に社会から隔離し、中途半端なプライドを持たせるだけだろう。それよりも大事なのは、語学や会計などの実務的なスキルを多くの人々に学ばせ、知識の裾野を広げることだ。このためには大学の設置基準を緩和して、専門学校を大学に昇格させたほうがよい。(池田信夫ブログより)

●目標駆動型の生き方の薦め 「心の元気づくり

2009-07-14 | ポジティブ心理学
●目標駆動型の生き方の薦め
 受験勉強のように明確な目標とプロセスによって引きずられる生き方ということで、目標駆動型の生き方と呼んでおきます。
 目標への接近度も、時間だけでなく、そのための努力の成果も目にみえれば、毎日がやる気まんまん、極めて高い動機づけ状態になります。
 しかし、先ほど述べたように、こうした目標駆動型の行き方は、個人の人生の中では、それほどはありません。ありませんが、あれば、元気になれます。
 そこで、自分でそんな生き方を、時々、日常の中に組み込んでみることを薦めたいのです。
 「時々」でいいのです。いつもいつもこれでは心身が持ちません。日常生活も立ち行きません。
受験のようなここ一番の大事な目標なら人生で一度か2度。
資格取得のような小さい目標なら3~5年に一度。
毎日の生活の中に組み込んで並行してやってみるのです。
このことも大事です。すべてを投げ打っては、リスクが大きすぎるからです。

晩酌しない快適さ

2009-07-14 | 心の体験的日記
晩酌は習慣性
飲みたいとは思わないときでもつい飲んでしまう
それが
ここにきて、晩酌の習慣が自然になくなってきた
飲まなくとどうという事がなくなってきた
たぶん、のまないと起床が快適だからかも
ただ、やや眠りが浅い感じはある

まー無理せず、自然にいくことにする
酔いたいことも
酔って楽しみたいこともあるから