アルフレッド・ヒッチコックが、数ある名作のなかでも、最も『観客をコントロールする』ことに成功した作品。あざといぐらいのテクニックが満載なのである。たっぷり特集します。
ソウル・バスのエッジのきいたタイトルのあと、安ホテルを俯瞰するファーストカットに、ヒッチコックの映画にしてはめずらしくテロップが入る。
【アリゾナ州フェニックス】
【12月11日 金曜日】
【午後2時43分】
ヒッチコックにフランソワ・トリュフォーがインタビューした名著「映画術」に種明かしが載っています。この字幕は絶対に必要だったと。それは、いちばん最後の午後2時43分という時刻を示すために。
というのも、ここからカメラは移動して、なんとワンカットで窓のすき間を突き抜けて部屋に入り、手のついていない食事と、ベッドの上で半裸になっている男女を映し出す。わずかここまでで観客は
・午後3時にホテルを出なければならないカップルが貧乏であること
・昼食もとらずにセックスをするほど彼らは時間に追いまくられていること
を理解し、おまけに
・観客はカメラに同化しているので“のぞき見”している気分になる
ここまで計算するかよ。
抱き合っていたのは不動産屋につとめるマリオン(ジャネット・リー)とサム(ジョン・ギャビン)。サムは父親の遺した借金に追われ、前妻に扶養費を送る生活に疲れている。マリオンはサムとの結婚を望むが、サムは踏み切れない。
「僕と結婚して、金物の倉庫番をやるつもりかい?別れた女房に扶養費を送るときに切手を貼るのかい?」
「わたし、切手は好きよ」
にやりと笑えるユーモアはここだけ。惨劇に向かってドラマはスタートする。以下次号。