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「銀行にお金をあずけて、(頭が痛いから)そのまま早退けするわ」
とオフィスを出て行くマリオン。そこからいきなりベッドの上に置かれた、紙袋に入った4万ドルに場面は切りかわり、カメラが移動するとそこにはマリオンのスーツケースが。
観客はハラハラする。ああ、この娘はお金を盗んじゃうんだな。いけない子だなあ、と。
実はこれもヒッチコックの罠で、この映画の中心が札束にあるようにミスディレクションしているのだ。こういう、観客を誤解させる物体をミステリ用語で「レッド・ヘリング(赤ニシン)」と呼ぶのでよい子のみんなはおぼえておくように。猟犬に匂いをかぎ分けさせる訓練にニシンを使った故事によります。勉強になりますね。
道徳的にいかがなものかと思えるような行動を登場人物がとっても、映画の観客は見放したりはしない。今度は、その犯罪がうまくいくか、マリオンが逃げ切れるかに感情移入するとヒッチコックは読む……確かに、確かに。
サムのいるサンフランシスコにクルマで向かうマリオンは、頭痛や、情事の疲れや、そして罪を犯した緊張によって消耗し、道端に駐車して眠ってしまう。
翌朝、通りかかった警官に職質されるマリオンは、疲れと眠気が残っているのでうまくとりつくろうことができない。追尾してくるパトカーにマリオンは動揺し、中古車屋でクルマを交換する。700ドルの出費……もう当時の観客は、このあたりで「サイコ」は完全に彼女の逃避行の物語だと誤解したはず。精神異常者、というタイトルがついているにもかかわらず。ほくそ笑むヒッチコックの顔が見えるよう。
土曜の夜、疲れた彼女は雨の中にたたずむモーテルにクルマを乗り入れる。映画史上もっとも恐ろしいホテル、ベイツ・モーテルに。以下次号。