PART4「同級生」はこちら。
そういう「可能な限り簡単に書かれたテクスト」を読むために、わざわざ「論理国語」というかたちで教育内容を分離して、従来の国語では教えられなかったことを教えるということの意味が僕にはわからない。そんなものを「論理」とは呼ばないだろうと思いました。
……おなじみ、内田樹が高校の国語科が分離して「論理国語」なるものを始めるという事実に慨嘆して。
わたしもそう思います。つくづく思うのは、近ごろの教育が、単に経済界に奉仕するだけのものになっているということ。英語の大学入試云々の騒ぎや、現場から要望もされていないのに児童生徒全員に端末が行き渡るように予算化されるとか。
この論理国語も、近年の学生の読解力の低下を危惧して、というよりも、マニュアルや契約書を読めるようにしてくれればいいという財界のリクエストに応えただけの話ではないのか。
こむずかしい理屈をこねる新人などいらないという発想。でも、複雑な思考を持たない人間を、AIに任せて最初に首を切ろうとするのもこの人たちだろうに。
本日の1冊は早見和真の「店長がバカすぎて」(角川春樹事務所)
書店員が読んでほしい本を推奨するという本屋大賞において、本屋の店長がひたすら空気が読めないという小説が候補になっているあたりに爆笑。確かにバカなんだけど、愛すべき存在としているあたりのスタンスは、早見が「業界、がんばってくれ」と作家として空気を読んでいるわけよね。「小説王」の作者として立派だと思います。
PART6「桜はこれからです」につづく。
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