かつて、あの司馬遼太郎でさえ「竜馬がゆく」で差別用語を使ったことで強烈な糾弾をかまされて謝罪したぐらいである。心のどこかに差別する馬鹿げた気持ちがある人間が、確信犯的に差別語を使う事例があとを絶たない頃、差別される側として他にどんな戦法があったか。
今ではまったく見るべきところのなくなった小林よしのりの「ゴーマニズム宣言」のなかで、事故で死にそうになった若者が、“友人”である民の輸血を受けて助かった後、「なんちゅうことしたとや!オレの体に○○○(差別語)の血が入ってしもたやないかー!」と絶叫するエピソードはなかなかに考えこませた。
この「放送禁止歌」にも、結婚差別に関する悲痛な事例が語られている。
ある娘が恋に落ちた。相手は出身の男性だった。娘の両親は教育者であり父は同和教育を教える立場にもついていたという。結婚を決意した娘の告白に、「同じ人間だ。反対などするわけがない。」と父親は祝福したという。ところがまさしく結婚式の前夜、娘の父親は突然、露骨な賤称語を絶叫しながら、猛反対しはじめたという……その後の話はここに書くことができない。取材をあきらめさせるほどに凄惨な話だ。
……いったい何だろう。“他人を差別することで、どんなにみじめな自分でも癒されることができる”といった動機だけでは、説明がつかないほどのこの強固な差別意識は。よくよく考えてみれば、大昔、いくさに負けた一族を日陰に追い込んだだけの話ではないか。
こう書きながら、それでは自分の息子なり娘なりが被差別の人間を結婚相手に連れて来たとき、お前はそれを笑って祝福できるのか……実はこの本を読んでから、心の内でずっとそれを考えていた。ずぅっと。
結論。できる。格好をつけるようだが、ここではっきりと断言しておく。
放送禁止からだいぶ話がそれてしまった。岡林信康の「チューリップのアップリケ」や「手紙」についてもふれておきたかったのだが、ドキュメンタリーとしては反則ギリギリの岡林のエピソードは、直接この好著で読んでもらおう。
解同の糾弾におそれをなし、自分で判断することなく、ただ「危なそうだから」というだけで放送禁止に追い込んできた結果、メディアはずいぶんと無責任なものとなった。現在この問題が声高に語られないのは、要注意歌謡曲という制度がなくなったからではなく、単に音楽のプロモーションにおける放送媒体の価値が低下したからにすぎない。
問われているのは、放送局の姿勢であると同時に、それはつまりわれわれの性根の問題なのだ。
放送禁止歌の数々は、そのことを小さな音量で、しかし力強く伝えている。
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