とりあえず、いつものタイトルにしておいたが、本日行ったのは北海道立近代美術館の1か所である。言わずと知れた「大原美術館展」だ。どうせまた来るので、割とあっさり見たが、こういう作品を間近で見ることができて嬉しい。マーク・ロスコなんてなかなか見られないよね。
大原美術館をイメージしてか、西洋風の門が作られていた。
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エドモン=フランソワ・アマン=ジャン「髪」:髪をとかされている女性の図。普段はこういう甘ったるい画を好まないのだが、これは実はいい作品である。
シャルル・コッテ「馬」:甘いだけではなく、こういう力強い作品もあるのだ。
ジョルジュ・ブラック「座る裸婦」:ブラックは縄文土器をもしかして知っていたのだろうか。と思わせる造形なのだ。
アメデオ・モディリアーニ「ジャンヌ・エビュテルヌの肖像」:前期のみ展示。好き嫌いはあれども、愛を感じるね。
モーリス・ド・ヴラマンク「静物」:色彩こそ暗いヴラマンク調だが、こんな作品を描いていたのか。
アンドレ=デュノワイエ・ド・スゴンザック「積みわら」:モネとはかなり違う、濃厚積みわら。
児島虎次郎「凝視」:真正面からこちらを見る女性を描いた作品。児島は力がある。
坂本繁二郎「黄馬」:それぞれの色の差が少ないため、一見何を描いているのか分かりにくいが、しっかり塗られた作品だ。
岸田劉生「静物-赤りんご三個、茶椀、ブリキ罐、匙」:三岸も真似したと思われる静物画だ。
萬鉄五郎「雲のある自画像」:頭の上に赤と緑の雲がぷかぷか。何だかおかしい。
熊谷守一「陽の死んだ日」:熊谷の画を凡庸と思う人は、これを見て欲しいね。
関根正二「信仰の悲しみ」:私は「三星」の方が好きなのだが、じっくりと見てみた。まず、思っていたのより登場する女性たちが若い。そして先頭の女性の顔と足元の草花は、非常に緻密に描かれている。後ろの方はいささかいい加減と言う感じもするのだが…。まあ、あまり見つめる人もなく、ガラガラ状態で見られるので、ぜひ北海道の美術愛好家は来て欲しいものだ。
中山巍「笛吹き」:これ3年前に三岸好太郎美術館に来ていたね。斜めに立つ人と、斜めに描かれた椅子がVの字にバランスを取っている。
古賀春江「深海の情景」:サメ、クラゲ、リュウグウノツカイ、タツノオトシゴ、ウミユリ?、カツオ? 等が描かれている中に、アコヤガイから生まれた猫人間のようなものがいるのだ。
鳥海青児「川沿いの家」:抽象に近付いているようにも見える作品。色がいいんだよ、鳥海は。
マーク・ロスコ「無題(緑の上に緑)」:緑色の上に、青っぽい緑色と赤っぽい緑色が載っている。好き嫌いはさておき、こういうのは間近で見なくてはならない。
ロイ・リキテンスタイン「眠りやがれ、ベイビー!」:印刷っぽいが、本物を見る機会と言うのはなかなかないものだ。私も東京現代美術館に続いて2回目。
白髪一雄「赤壁」:戦いを思わせるような、ものすごい筆のうねり。実物を見るべし。
吉原治良「白い円」:ぬべっとした白い円が、少し歪になっている。よだれを垂らしているようにも、ペロッと舌を出しているようにも見える。
今井俊満「波の記録」:ポロックを見れなくても、彼がいるんじゃないか。
鴻池朋子「第一章」:海に浮かぶクリスタルから、結晶と毛でできている触手が伸びている。壮大な物語を感じる、壮大な作品。
山口晃「倉敷金刀比羅圖」:倉敷の街を「洛中洛外図」風に描いたもの。歩いたことのある地域だと、見入ってしまうね。
津上みゆき「View-A Piece of Days 01-04」:平原に赤い嵐が吹き荒れているかのようだ。
ついでに、常設展「北海道立近代美術館の名品100 Part2」を見ていこう。
メイン展示室の中央に砂澤ビッキの「風」、正面に杉山留美子「HERE-NOWあるいはシャンバラの夜明け」、両サイドに李禹煥「線より#80057」、岡部昌生「THE DARK FACE OF THE LIGHT」が展示されているというのは、凄いワールドだ。
新収蔵品も面白かった。
木村多伎子「生」:高さ4m、幅1mの中に珍しくペンでびっしりと植物が描かれた作品。
高野次郎「風景」:中村彜に師事したらしい、クラシックな風景画。
桂川寛「Globalscape」:地球が胎児と共に海に浮かんでいる、シュールかつ大スケールの作品。
桂川は他に北海道の風景を描いた牧歌的な「夢シリーズ」、架空の生物を登場させた「マルドロオルの海シリーズ」など、多才な画風が楽しめる人だ。18点展示されていたが、これで全部なのかな。
あまり普段は目につかない、山内壮夫「子を守る母たち1」を撮影しておいた。