横浜市を横断する散歩をした。横浜市と町田市(東京都)境界から川崎市との境界までの散歩。
目的は、武相斜面を横浜市街地の低地まで歩いて行ってみること。特に、地理オタの聖地?の下末吉の見物。
背景;
① 武相斜面に来て1年半になるが、横浜のことがよくわかってないので、歩いて少しでも実感したい。
② 2年前、筑波山麓在住時、東京斜断散歩をした(愚記事;東京散歩 ①、東京散歩 ②)。2年前の東京散歩の動機は、この先西日本の方に転勤になるはずであったので、東京ともおさらばということで見納めに散歩をした。ところが、西日本への転勤が頓挫し、京浜地区への転勤となった。その2014年の東京散歩での関心は、「東京散歩①」では河川、「東京散歩②」では台地の開析/段丘崖( i, ii )の形成であった。
ところで、東京の都心の台地(開析でかなり崩壊が進行中だが)の大部(淀橋台、目黒台、荏原台)は「下末吉海進」の時の堆積層が海退で陸化してできたもの。これを下末吉台地(を模式とする同時代の台地)という。 皇居を含む 新宿など東京の繁栄地を載せている台地の標準となる台地は東京にあるのではなく、横浜にある。
[註] 2022/10/8記; 皇居が載っている台地は武蔵野台地。地表面は武蔵野面。
この「下末吉」という地理学ででてくる地名について、実際にどこにあるのか?どういう状態にあるかは知らなかった。数か月前、初めて、地図で調べてわかった。鶴見区とか鶴見川とか全く知らなった。そこで、「下末吉」を見物に行く。
図A 地図。 散歩行程;1⇒12。 数字はブログ記事の項目と図Bの数値に対応
図B 地形図。
1. 多摩丘陵地域
多摩丘陵を恩田川を目指して、下る。
多摩丘陵
2.恩田川
恩田川まで降りるとかなり平地があります。
3. 恩田川-東急田園都市線交差地点
恩田川沿の段丘崖を発見
4 ⇒ 5 恩田川沿い、緑区あたり
このあたりは恩田川沿いは平坦地が広がる。土地利用は農地。上画像、畑の遥か向こうに森が見える。これは丘陵地。
この地域、農家が多く、農家向けの「園芸センター」があった。
農家は土蔵付きの瓦屋根の屋敷に住み、鯉のぼりを上げている。この様子は筑波山麓のはぶりのいい農家と同じである。
アジア物性材料 [google]
5 恩田川・鶴見川合流点
鶴見川の千代橋を渡り、都築区方面へ
佐江戸町付近
5⇒6の間
鴨居。 画像なし。鴨居は、鶴見川から離れ、大型商業施設・ららぽーと横浜の前を通過。
その直前に、例の杭打ち不足マンション・パークシティLaLa横浜の横を通過。
鴨居に初めて行く。場所の位置関係と意味を事実上初めて認識。鴨居は平坦な土地が広がる。こういう状態だから、工場とか商業施設とかに利用しやすい。ただ、鶴見川沿い周辺は下末吉層(今の下末吉台地を構成する地層)が下末吉海進と縄文海進の間の間氷期に浸食作用で谷となり、その谷が縄文海進の時期の堆積作用でその谷が土砂により埋没した。だから、堆積地域だから平坦。でも年代の浅い堆積地域なので地盤が軟弱。高層建築には、杭をちゃんと打たないと、向かない。
マンション・パークシティLaLa横浜事件の背景だ。
6.リバーサイドあべ
高速道路工事中
7. 鶴見川、直角に屈曲する場所
鶴見川を流れに沿った接線方向で見た画像。 正面に建物。 鶴見川は北(画像左)に屈曲。
屈曲地点の対岸。鶴見川はこの岸を乗り越えられず、90度流れを変え、北に流れる。
8.鶴見川、新羽橋を渡る
9 大倉山付近
0~3才 はじめてのHIPHOP
9⇒10.
10. 三ツ池公園への入口、梶山橋と三ツ池公園
三ツ池公園
段丘崖を利用した遊戯を見た。
11. 下末吉台地端部
段丘崖に立つ集合住宅。
V字路。左が台地平坦徒地を走る道。直進が台地から低地への段丘崖を下る坂。でも、段丘崖はすっかり「なめされて」いて、坂の傾斜は緩い。
段丘崖のきれいな画像がとれなかった。下記画像(横浜県立博物館資料のコピペ)を載せる;
12. 横浜市―川崎市境界
・ 8時間ほどかかった。
・一日歩いて、顔が痛くなった。帰って鏡を見ると赤くなっていた。日焼けだ。GWは"南の島"に行ってきたといっても通るくらい焼けてしまった。
近所の、散歩しかしてないのに。
恐るべし、紫外線!