▲ 今週のみけちゃん
▼ 新しい街でもぶどう記録;第392週
■ 今週の武相境斜面
▼ 停電
13日の22:30頃、停電。結局、翌朝5時頃まで、7時間あまり停電。この長さは、つくば山麓ー常陸野で2011年の3.11での停電 15;00-2:00頃に次ぐ長さ。ここ横浜では、こんな長時間の停電は半世紀ぶりらしい。
14日0時頃。
こどもの国線は稼働していた。
■ 今週の草木花実
■ 今週のエンドウ
スナップエンドウ
■ 今週の似た者同士の相違
5月9日のプーチン演説;
『RT』は、プーチン大統領の演説を次のように報じている。
「プーチン大統領は、ウクライナでの軍事作戦は侵略者に対する先制攻撃であったと述べた。
プーチン大統領は演説の中で、第二次世界大戦中のソ連国民の功績を称えるだけでなく、モスクワとキエフの間で続く紛争の理由も取り上げた。ロシアが行動しなければならなかったのは、東部ドンバス地域の2共和国に対する大規模な攻勢が計画されていたからだ、と彼は言った。
『軍事インフラが(ウクライナで)展開しているのを見た。何百人もの外国人アドバイザーが仕事を始め、NATO諸国から最新鋭の武器が定期的に届けられるようになった。危険は日々増していた』とプーチンは述べた。
『ロシアは侵略に対して先制的な反撃を行った。これは、主権があり、強く、独立した国による強制的で時宜を得た、唯一の正しい決断だった』と、軍事作戦の開始について付け加えた。(ソース)
先制的な反撃(google) と aggressively secure itself (攻撃的自己防衛)[1] とはどう違うのだろうか?
[1] 米国ブッシュ大統領がイラク攻撃を正当化した概念 (愚記事:I learn some our JUSTIFICATION from him)
■ 今週知った絵画
山口 薫(wikipedia)、《花の像》1932年(昭和12年)
「日本における抽象芸術のパイオニア」(次の項で後述)である山口薫。初めて知った。1932年という時代。日本でのモダニズムの時期。鉄筋コンクリートのビルが建てられた頃。「モダンな感じ」。
1930年にできた鉄筋コンクリート製の建物。戦前のモダニズムですね。先日のブログの小石川植物園、共同印刷、麻布の連隊の鉄筋コンクリート製の建物、あるいは、朝香宮邸と同時代。(愚記事)
この「モダンな感じ」は、同時代の榎戸庄衛の《緑蔭》1933年(下左)に認められ、抽象画という点でも類似。ただし、Googl (山口 薫 榎戸庄衛)でぐぐってもつながりは確認できなかった。
愚記事:「榎戸庄衛展」・茨城県つくば美術館 より
以前は戦前なのにこういう絵があったんだと驚いていたが、1920年代、30年代のモダニズムを知る。これら作品の時代、1932年、近衛内閣発足。支那事変勃発。何より、このモダニズムは、新体制運動にまきこまれていく。
山口 薫は下記の本で知った。
■ 今週借りた本
森元庸介訳『西洋が西洋について見ないでいること 法・言語・イメージ[日本講演集]』以文社、2004年
ピエール・ルジャンドル(Pierre Legendre, 1930年 - )は、フランスの法制史家、宗教史家、精神分析家。 (wikipedia)
この本は日本での講演集。当時の日本政府・文部科学省の資金による「二十一世紀COEプログラム」を使って、東京外国語大学の西谷修が招聘したとのこと。
COEとは、center of excellenceのことで、当時、優秀とされる大学研究拠点を指定して資金が注がれた。どういうものであったかの一見解は下記ある;
COEなどというプログラムができて、とんでもない金額の補助がいくつかの研究に与えられて、文系の研究に何億もの金をつけて、いったい何に使うのだろう、思ってしまいます。どうやらもらったほうも結構使い道に苦労しているようにも見受けられ、ともかくも有名な外国人を呼んできて、おそらくは法外な謝礼を払い、さして意味のなさそうな講演会を開いたり、シンポジウムを行ったりしているように私には思える。(略)
別にそういうことをやって悪いとはいいませんが、それは知識のほんの表層的な部分にしかすぎません。私には、ただ、公的資金の無駄遣いにしかみえませが、そこにはもっと難しい問題が潜んでいます。 佐伯啓思、『学問の力』(愚記事より)
「西洋が西洋について見ないでいること」という思わせぶりな惹句に惹かれた。こういうことかな?とも思った;
https://twitter.com/hirougaya/status/1497425549240967175
なお、この本に註として下記あった;
同時にキリスト教世界における東方と西方の区別が踏まえられていることにも留意。ルジャンドルの指摘によれば。ローマ・カトリックが東方正教と断絶していたことは、中世にあって西洋近代の核心が形成される上での重要な契機である。p31
ローマ・カトリックとギリシア正教会の相違の強調。
本文は難しくてわからない。西洋理解には「人類学」的視点で見る必要があるとのこと。
わかった点は、西洋の核心であるキリスト教はローマ帝国の法制を受容したことで活力を得て今に至っているらしいこと。
西洋とは何かを端的に云っている;
西ヨーロッパで生まれアメリカ化され今日では己の開放性とやらに陶酔しているこの文明が自己を他の文化と同列な文化のひとつだと見なすようになるとは考えにくい。権力関係の根底においてそれが自らの世界観を相対化するとは考えにくいのである。
科学と教会法: 近代の科学技術的な理性の制定の源泉に、ローマ=カノン法(wiki)がある。ローマ=カノン法は事実および事実証拠のふたつの概念をねりあげ、流通させた。
上記、山口薫については、1章書かれている。おいらは、最初この《花の像》を見た時、顔の部分はモンタージュなのかとおもった。一方、ルジャンドルについての解説みると、彼の考えの鍵語彙に「モンタージュ」があるとのこと。《花の像》とモンタージュとの関連はわからない。
■ 今週の昭和の成仏のために
お茶箱を見かけた。昔、1970年代はお茶箱はあったが、クリアボックスはなかった。がきんちょだったおいらはお茶箱を1個もっていて、おもちゃの収納に使っていた。
今買うと高い。新品は約1万円(価格ドットコム)。中古品(昭和36年製)、4,700円の例がネットにあった。下記のようにお茶箱の中は金属箔板で裏張りしてある。
当世、お茶箱の代替品。クリアボックス
■ 今週の訃報
国際政治学者 中山俊宏さん死去 55歳 慶應義塾大学教授 (google)
3月末の文章;
Maintain the Strategic Focus on China
By Toshihiro Nakayama, a professor of U.S. politics and foreign policy at Keio University
機械翻訳;
中国への戦略的焦点を維持する
慶應義塾大学米国政治・外交教授中山俊宏
ウクライナでのロシアの戦争は、地政学的な現実よりもはるかに地政学的な認識を変えるでしょう。ウラジーミル・プチン大統領の下でのロシアは短期的な挑戦として大きく迫っていますが、中国は中長期的には最優先の脅威であり続けるでしょう。2つのバランスをとる方法は非常に重要です。今ここに注目が集まる傾向がありますが、戦略的な焦点を維持する必要があります。プーチンが死ぬ前に世界を地獄に連れて行かなければ、プーチン後のロシアでの大きな変化が期待できます。しかし、中国からの脅威は構造的であり、リーダーシップの変化は大きな変化をもたらさないでしょう。圧倒的な現実は、中国が米国との権力格差を縮めているということです。
それにもかかわらず、ワシントンの注意はヨーロッパの前線に向けられなければならないでしょう。力を使って勢力圏を再構築しようとするロシアの試みに直面して、米国はそれを権力と対峙せざるを得ない。ヨーロッパでさえ、米国から著しく距離を置いた後、米国の力が不可欠であることを再発見しました。たとえば、ドイツの防衛姿勢の見直しは、この前提に基づいています。
中国は、ロシアに甘んじているとしても、より責任ある国として振る舞おうとします。ロシアの戦争に対応する西側とそのパートナーの団結を見て、北京は今、現状を無理矢理変えようとするゲームがいかに危険であるかを学んでいるかもしれない。プーチン大統領と習近平国家主席が侵略直前に共同で述べたように、中国が「制限なし」で中露のパートナーシップを正当化することはますます困難になるだろう。中国は、すでに行っているように、非軍事的強制による勢力圏の確立を倍増させながら、ロシアのような無法国家ではないことを強調するかもしれない。ワシントンでは、戦略的競争の擁護者と関与の擁護者の間の戦いが前者を支持して解決されたように見えます、
米国には、2つの分野への完全な長期的コミットメントに対する運用能力または持続的な注意がありません。しかし、地政学的な現実は、ワシントンが両方にコミットすることを要求します。この場合、ヨーロッパとインド太平洋の両方の面で米国の同盟国とパートナーは、より積極的にコミットする以外に選択肢はありません。良いニュースは、これがすでに起こっている兆候があるということです。
米国がウクライナに直接介入しないというメッセージは確かに伝わってきます。NATO加盟国と非NATO加盟国の間には明確な境界線があるため、これは理解できます。この論理をアジアに直接適用することはできませんが、米国の信頼性をどのように認識するかは、米国がウクライナでどのように行動するかによって大きく影響を受けることは間違いありません。
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