国際社会を生き抜くには安易に人を信じてはならない。難民に紛れてヨーロッパに潜入した者たちがパリでのテロの実行犯となったのである。歴史的に見るならば、ヨーロッパが中東でやってきたことは断罪されなくてはならない。それはアジアについても同じである。しかし、過去を清算し和解することも大事なのである。「イスラム国」のテロリストを阻止できなかったのは、ヨーロッパの贖罪の意識があるからだろう。難民を受け入れるしかないというのは、植民地にしていた者たちの負い目なのである。それが仇になって無差別な殺戮を許す結果になったのである。
日本でも朝鮮半島の人々や、中共の関係者への風当たりが強くなっている。日本国家に溶け込まずに、反日の姿勢を貫くことで、自らの存在理由にしているからだ。我が国は外国人を取り締まることに臆病である。これまでは無理しなくても治安を維持することができた。それが今大きく変わろうとしているのだ。朝鮮半島から潜入して日本人を拉致した者たちは、未だに日本国内のネットワークを維持しているのではないだろうか。さらに、中共はいざというときには、自国民を蜂起させて、日本を混乱させるはずだ。ヨーロッパでの問題は、我が国にとっても他人事ではないのである。
日本の警備当局はどれだけ危機感を持っているのだろう。在日だからといって意味もなく弾圧するのは間違っているが、法に触れる事犯については厳しく取り締まるべき。日本の行く末を決める法案をめぐって外国人がデモをして政治を動かすことは、国民主権の原則からも違法である。これまではそれを野放しにされてきたが、騒乱になる前にできるだけの手を打つべきだろう。危機は目前に迫っているのだから。
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