マスコミがいつの時代も日本を悪くしてきた。国民を煽ったり、間違った方向に引っ張ってきたのがマスコミだ。福田恆存が『言論の自由といふ事』のなかで、新聞における「比喩的俗語の濫用」を問題にしていた。中学生でも読めるというのがキャッチフレーズであるのに、新聞の文章は難しいと批判したのが福田であった。その理由には新聞特有の慣用語がある。「腹」「運命」「左右される」「筋違い」などはあまりにも大げさで、真実を歪めてしまう。福田は「かういう比喩的俗語の濫用によつて、一見記事はヴィヴィドでおもしろくなるが、おそらく事實や眞相からは遠ざかるにちがひない。同時に、事實や眞相があいまいであるばあひ、この種の表現法はなかなか便利だといふ結果も生じる」と述べている。新聞記者も物書きである限り「文章を書く人間といふ自覺なければならぬ」からである。それはまたテレビにもあてはまる。話し方やコメントがパターン化されてしまっている。しかし、真実を伝えなければマスコミとしての意味はなさないのである。今ネットで大騒ぎになっている、フェイスブックの個人情報がリスト化され、さらしものになった件について、ほとんどのマスコミが沈黙している。自分たちが持ちあげた者たちを断罪できないこともあるだろうが、紋切り型では表現できないからだろう。マスコミの本来の使命は、偉そうに論評することではない。ありのままに報道すればいいのである。
←応援のクリックをお願いいたします。