これまでも何度となくご紹介させて頂いている、朝日新聞静岡版に連載中の渡辺先生のコラム。
最新号からもまた希望のチカラを頂いたので、以下、転載させて頂く。
※ ※ ※(転載開始)
がん内科医の独り言(2014年5月10日)
治療の設計図その3
■延命努力で治癒することも
「多くの固形がんで他臓器に転移再発した場合の治療目標は、症状緩和、症状予防、延命であり、治癒は含まれない」
これは、腫瘍(しゅよう)内科学を学ぶ研修医に、まず理解させることであり、患者、家族への情報提供や、治療計画を立てる場合には覚えていなければいけません。
20年近く前のこと。研修医が肝転移のある乳がん患者に「治癒することは絶対にありません」と強調しすぎたため、患者は激しく落ち込みました。「あまりに冷たい説明だ」とご主人が私に涙ながらに訴えてきました。
診療グループで対応策を話し合い、治癒しないというのは本当かどうかを、過去の患者データで調べてみることになりました。
勤務していた国立がんセンター(当時)中央病院の転移再発した乳がん患者カルテを調べ、同じ抗がん剤治療を受けた患者約300人のデータを解析しました。すると再発後10年以上経過して、がんが完全に消え、治療も必要としない患者が8%いることがわかりました。
同じ頃、米国から再発乳がん患者の5%程度は10年以上延命し、おそらく治癒したと思われるという趣旨の論文が発表されました。
私の経験でも、乳がん肝転移を何回も繰り返し、ホルモン剤、抗がん剤治療をするうちに転移が消えた例があります。「仕事が忙しいので、また具合が悪くなったら来ます」と言ったきり外来に来なくなった患者に20年ぶりに東京駅で出会いました。
骨転移で痛みが強く、抗がん剤治療をして後任の医師に後を頼んだ患者に、家電量販店で「先生、お久しぶりです。わたし生きています」と声をかけられ、15年ぶりに喜びと驚きの再会をしたこともあります。
すべての患者に治癒を約束できれば、「治癒します」と言えます。でもどの患者が治癒するかは、治療前に言い当てられません。精いっぱい治療すると、中に治癒する患者もいるということなのです。(浜松オンコロジーセンター・渡辺亨)
(転載終了)※ ※ ※
なるほど、確かに再発後、治療10年を超えてお元気な方もおられる。
「あら、あなた、まだ生きていたの?」とびっくりされる、と笑っておっしゃる方とお目にかかって、(天晴れ、希望の星!)と驚いたこともある。
かつて、再発すれば10年生存率は5%と言われていた。つまり20人に1人、である。
が、今では続々と新薬の登場があり、その割合はもっと増えている、と聞く。
まあ、確率論は意味をなさない、5%の生存などあり得ない、我が身に置き換えてみれば、生きていれば生存率100%、亡くなってしまえば0%。1かゼロ、all or nothingなのだ、と常日頃から思っている私が、この生存率の話に固執するのは自己矛盾であるには違いないのだけれど。
もちろん、転移が消えて無治療で過ごすことが出来るようになる、ということが一般的には病気の完治を意味するところだから、医療が目指す理想といえば理想なのだろう。
けれど、そこまで欲張らずに今の治療が奏功し続けてくれさえすれば、この病と共存していくことは十分可能だな、とも思う。
そして、治るのが“善”ないしは“勝ち”、治らないのは“悪”ないしは“負け”、という線の引き方をしてしまうと、自分がこれから生きていく上でとても辛くなる、というのも頭では理解している。
何度も書いているけれど、経過は本当に百人百様。
他人(ひと)様と比べて、(私の病状の方がまだマシだ・・・)と喜んでみたり、(なぜあの人は予後が良いのに私だけがこんな・・・)と落ち込んだりすることはまったくもって無意味なことだ。
他でもないがん細胞も自分の細胞の一部、自分の身体の一部である。他人様のものと全く同じものであるわけがない。
それでも、もう駄目だ・・・と絶望することは、ないのだと思う。
もちろん、一旦再発すれば完治は望めない、ないしは非常に厳しい、という前提条件は十分理解しているつもりだから、治癒をしっかと約束してもらおう、とまでは思わない。
けれど、主治医をはじめ、チーム医療をしてくださっている看護師さんたち、薬剤師さんたちとタッグを組んで、自分はこれからどう生きていきたいのか、という希望を明確に伝えながら、QOLを下げないように、少しでも今の生活を続けられるように、その時に行いうる最善の治療を精一杯続けることが出来れば、神様は治癒というプラチナチケットを発行してくださることもあり得るのだ。
その希望を胸に、これからも細く長くしぶとく、治療を続けていくしかないのだな、と改めて思うのである。
最新号からもまた希望のチカラを頂いたので、以下、転載させて頂く。
※ ※ ※(転載開始)
がん内科医の独り言(2014年5月10日)
治療の設計図その3
■延命努力で治癒することも
「多くの固形がんで他臓器に転移再発した場合の治療目標は、症状緩和、症状予防、延命であり、治癒は含まれない」
これは、腫瘍(しゅよう)内科学を学ぶ研修医に、まず理解させることであり、患者、家族への情報提供や、治療計画を立てる場合には覚えていなければいけません。
20年近く前のこと。研修医が肝転移のある乳がん患者に「治癒することは絶対にありません」と強調しすぎたため、患者は激しく落ち込みました。「あまりに冷たい説明だ」とご主人が私に涙ながらに訴えてきました。
診療グループで対応策を話し合い、治癒しないというのは本当かどうかを、過去の患者データで調べてみることになりました。
勤務していた国立がんセンター(当時)中央病院の転移再発した乳がん患者カルテを調べ、同じ抗がん剤治療を受けた患者約300人のデータを解析しました。すると再発後10年以上経過して、がんが完全に消え、治療も必要としない患者が8%いることがわかりました。
同じ頃、米国から再発乳がん患者の5%程度は10年以上延命し、おそらく治癒したと思われるという趣旨の論文が発表されました。
私の経験でも、乳がん肝転移を何回も繰り返し、ホルモン剤、抗がん剤治療をするうちに転移が消えた例があります。「仕事が忙しいので、また具合が悪くなったら来ます」と言ったきり外来に来なくなった患者に20年ぶりに東京駅で出会いました。
骨転移で痛みが強く、抗がん剤治療をして後任の医師に後を頼んだ患者に、家電量販店で「先生、お久しぶりです。わたし生きています」と声をかけられ、15年ぶりに喜びと驚きの再会をしたこともあります。
すべての患者に治癒を約束できれば、「治癒します」と言えます。でもどの患者が治癒するかは、治療前に言い当てられません。精いっぱい治療すると、中に治癒する患者もいるということなのです。(浜松オンコロジーセンター・渡辺亨)
(転載終了)※ ※ ※
なるほど、確かに再発後、治療10年を超えてお元気な方もおられる。
「あら、あなた、まだ生きていたの?」とびっくりされる、と笑っておっしゃる方とお目にかかって、(天晴れ、希望の星!)と驚いたこともある。
かつて、再発すれば10年生存率は5%と言われていた。つまり20人に1人、である。
が、今では続々と新薬の登場があり、その割合はもっと増えている、と聞く。
まあ、確率論は意味をなさない、5%の生存などあり得ない、我が身に置き換えてみれば、生きていれば生存率100%、亡くなってしまえば0%。1かゼロ、all or nothingなのだ、と常日頃から思っている私が、この生存率の話に固執するのは自己矛盾であるには違いないのだけれど。
もちろん、転移が消えて無治療で過ごすことが出来るようになる、ということが一般的には病気の完治を意味するところだから、医療が目指す理想といえば理想なのだろう。
けれど、そこまで欲張らずに今の治療が奏功し続けてくれさえすれば、この病と共存していくことは十分可能だな、とも思う。
そして、治るのが“善”ないしは“勝ち”、治らないのは“悪”ないしは“負け”、という線の引き方をしてしまうと、自分がこれから生きていく上でとても辛くなる、というのも頭では理解している。
何度も書いているけれど、経過は本当に百人百様。
他人(ひと)様と比べて、(私の病状の方がまだマシだ・・・)と喜んでみたり、(なぜあの人は予後が良いのに私だけがこんな・・・)と落ち込んだりすることはまったくもって無意味なことだ。
他でもないがん細胞も自分の細胞の一部、自分の身体の一部である。他人様のものと全く同じものであるわけがない。
それでも、もう駄目だ・・・と絶望することは、ないのだと思う。
もちろん、一旦再発すれば完治は望めない、ないしは非常に厳しい、という前提条件は十分理解しているつもりだから、治癒をしっかと約束してもらおう、とまでは思わない。
けれど、主治医をはじめ、チーム医療をしてくださっている看護師さんたち、薬剤師さんたちとタッグを組んで、自分はこれからどう生きていきたいのか、という希望を明確に伝えながら、QOLを下げないように、少しでも今の生活を続けられるように、その時に行いうる最善の治療を精一杯続けることが出来れば、神様は治癒というプラチナチケットを発行してくださることもあり得るのだ。
その希望を胸に、これからも細く長くしぶとく、治療を続けていくしかないのだな、と改めて思うのである。