ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2016.3.24 今年もまた旅立ちの日に・・・

2016-03-24 23:29:48 | 日記
 今日は、勤務する大学の学位記授与式の日だというのに、昨日までの暖かさはどこへやら、寒の戻りで冷たい小雨がそぼ降るあいにくのお天気となった。少し春らしい明るい色のスーツをと思ったが、結局、厚地のタイツに冬物のコートとストールをしっかり着込むことに。

 午前中は大学全体の式典、午後はそれぞれの学部・研究科が所属するキャンパスに戻って執り行われる学位授与式は例年どおり。都心からそれぞれのキャンパスへ正装した学生さんたちが移動する。彼らにとっては、こんな冴えないお天気がいつになく恨めしいものだろう。

 こちらはいつも通り出勤してざっと仕事を片付けた後、あれこれ準備の小道具を持って昼前に職場を飛び出して、都心にある医療系学部へ移動。長傘がお荷物だけれど、やはり差さないわけにはいかない降り方。例年のように、途中乗換駅のフラワーショップで予約していた心ばかりの花束を受け取り、早めのお昼を摂りながら会場を目指した。

 式典の来賓祝辞で心に残ったことを少し。昨年と同じがん専門病院の院長の言葉だ。昨年はチーム医療と傾聴の話であったが、今年はさらにそれを発展させたお話になった。

 大切なものは目に見えないという“星の王子様”に出てくるきつねの言葉を引きながら、人は皆ずっと生き続けることは出来ない。たとえ治らない病を持っていても、幸せに生きることが出来る。そして、そうした幸せな生活をサポートするのがあなたたちだという餞のメッセージ。若い人たちはじっと耳を傾けていたが、こうして10年以上患者を続けている一人としても、心に響く言葉だった。
 式典が終わる頃には陽射しが戻ってきて、帰途は傘がすっかりお荷物になった。
 
 明日あたりには来年度の新しい布陣、人事異動の内示が発表される頃だろうか。
 何かと忙しなくも期待と不安に胸を一杯にする若者たちから、今日もまた嬉しい力をもらった。
 今年もこうして無事に働き続けられることに改めて感謝しつつ、再び前を向き、来月からの新しい学生さんたちをお迎えする準備を始めよう。新しい出逢いを待つ季節である。


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2016.3.23 今日も付き添い・・・

2016-03-23 21:52:21 | 日記
 夫が来月入院・手術予定の病院へ付き添ってきた。先週、地元のクリニックから紹介されての初診だったが、クリニックの先生のお見立てのとおりの診断で、入院・手術・退院の日程がさくっと決まってしまった。
 全身麻酔に備えて心肺機能測定やらCT撮影やら採血やらはその場で受けてきた。

 一連の予定を聞いたところ、年度初めで既に仕事の予定も入っている。入院日には一緒に付き添えないし、退院日も怪しい。さすがに一応話を聞いておかねばと、今日は休暇を頂いて同行したという次第。
 
 今日は前回の先生とは違う女医さんだった。もろもろの検査結果は何ら問題なく、術前の説明と入院に際しての説明等を受け、あとは予定どおり午後に入院して翌日手術、傷の具合ではその翌日または翌々日には退院とのこと。
 最短2泊3日、最長3泊4日だ。なんだかあっけないというかなんというか・・・だけれど、とにかく命に別状ない病気でよかったね、と言い合った。2週間ほど前に、実は3年ほど前から気になっていた、と聞いてのけぞったのだけれど・・・。悪い病気でそんなに長いこと放置していたら、今頃この世にいなかったかもしれないではないか。

 それにしても、自分の病院通いに加え父母の通院の付き添い、さらには健康体と信じて疑っていなかった夫の付き添いまで・・・とは。まさに想定外というか青天の霹靂だった。とはいえ、まあ、そういう齢回りということなのだろう。

 夫は20数年前、まだ結婚してまもなくの頃、盲腸をこじらせて腹膜炎を併発した既往がある。当時は盲腸で入院したというのに、1週間どころか傷の治りが悪く3週間の入院+2週間の自宅療養になってしまった。巷では○○さんは盲腸といっているけれど、実は悪い病気なのでは、という噂が流れたほどだった。

 そんなわけで、盲腸とは思えないかなりの大きさの傷があるため、今回も腹腔鏡手術適応ではなく開腹手術になった。本人は怖がりなので、手術の説明書などは持ち帰らずにその場でサインして置いてくるという始末。まあ、大小関わらず手術についての一般的な注意冊子だから、最悪のことまで書いてあるので、それでもいいといえばいいのだけれど。
 一応全部目を通さなければいられない私とは随分違う性格である。

 そして午後から出勤。4月1日に障害者差別解消法が施行されると、大学でも障害者に対する不当な差別的扱いの禁止、合理的配慮の提供が義務付けられる。それに先立ち、先日制定された教職員対応要領についての説明を受ける研修に参加してきた。
 色々なことが改善されていくけれど、それらの対応に慣れるには事例の積み重ねだけでなく相当の努力が要ることは否めない。合理的配慮の程度や質は、そのバランスも難しい課題だろう。気を引き締めなければ・・・・。

 今日も日中は暖かかった。昨日まで咲いていなかった花があちこちでほころび始めている。明日は学位授与式。また新たな旅立ちの日だ。週末はお天気が崩れるというからお花見はちょっと難しいかもしれない。本当に花の命は短くて、儚いものである。

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2016.3.22 柑橘類あれこれ

2016-03-22 20:50:34 | 日記
 昔から柑橘系の果物が好きである。子どもの頃から八朔や甘夏、グレープフルーツの酸っぱさにはびくともせず、いよかんなどは本当に甘くて美味しく、好んで食べた。
 一方、夫はそういう酸っぱい系は滅法苦手ときていた。だから私が柑橘系の果物を出すと、それこそ梅干おじさんのような顔をして、出来ればパスといった風情。果物で好きなのは桃かイチゴ。

 一年中あるものではないのに、何がいい?と聞けばひたすらこの二つを言うばかりである。昔と違って今のイチゴはとても甘いからそのまま頂けば十分だというのに、コンデンスミルクをたっぷりつけて幸せそうにしている。だからメタボになるのよ、とちょっと冷たい視線を向けてみる。

 その夫に異変が起きた。この冬、糖度13.8というみかんをスーパーで見つけて買ってみたところ、本当にびっくりするほどの甘さだった。さながらシロップ漬の缶詰かと思うほど。

 それからというもの夫が、あのみかんに勝るものはないか、と糖度表示を見ては様々なみかんを買ってくるようになった。残念ながら、今のところあのみかんに勝る甘さのものにお目にかかってはいないのだけど・・・。

 かつて清見オレンジが出たときにはなんて甘くて美味しいのかしら!と思ったのだけれど、今は品種改良が進んでもっと様々な種類が選り取り見取り。生協で注文するのも追いつかないほどだ。
 たんかん、ぽんかん、でこぽんだけでなく、はるかやまどかなど女の子の名前のようなものがズラリ。

 息子が小さかった頃から家を巣立つまで、こうした柑橘類に限らず葡萄等の果物類を剥いて食卓に供するのは私の仕事だった。

 二人は食べるだけで、息子は果物好きだったから剥いても剥いても追いつかなかった。けれど、今では色々な薬の副作用から爪が薄くなり、ちょっと厚いもの、硬いものにひっかけるとすぐに割れたり欠けたりするし、皮膚も薄くなっているから、切れやすく、もしそんなときに皮を剥いて果汁に触れたりしたらどれだけ沁みて痛いことか、と思うと怖くて剥いてあげられなくなった。

 それが今では夫の仕事になった。自分から剥いておいてタッパーに入れてくれる。もしくは朝、食卓に並べてくれる。有難いことだ。大人になっても何かきっかけがあれば食べ物の好みというのは十分変わるものなのだな、と思う。

 さて、昨日は朝から頭痛が酷く、冴えない一日だった。情けないことにベッドで朝の連続テレビ小説を視た後はまた二度寝。なんとか起き出してはみたけれど、リビングで横になってビデオを見ながら気付けばウトウト。断捨離を進めよう!などは掛け声ばかり。昼もいい加減に済ませ、一歩も外に出ないのは、と夕方ちょいと買い物に出て夕飯の支度をするのが精一杯。朝昼晩と3回ロキソニンのお世話になった。

 今朝は、いつものようにロキソニンを飲んだ後は、頭痛も収まり、体調が復活してきた。学内のハクモクレンはあっという間に満開になり、もう花弁が落ち始めているのにはびっくりした。桜並木の桜にも花開いたものを見つけ、お花見を想うと心が弾む。
 これからは年度末で納品される印刷物も多く、どうしても力仕事が多くなる。しっかり食べてよく眠り、年度末を乗り切りたいと思う。

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2016.3.20 ほぐせて、緩めば、グッドバランス!

2016-03-20 22:40:22 | ヨガ
 3連休初日の昨日と中日の今日、都心の常温スタジオまで出向いてO先生のクラスに参加した。

 まずは昨日のことから。
 昨日は均整術×Yogaの3回目。参加者は男性1人、女性は私を含めて3名、合計4名という願ってもない少人数で、殆どセミパーソナルケアと言ってもいい贅沢な1時間半だった。

 1月の初回は脚、先月の2回目は骨盤、そして今月のテーマは背骨だ。いつものようにiPadの骸骨像を見ながら学習。頸椎7個、胸椎12個、そして腰椎5個の24の骨から成る背骨。
 首が凝り、腰痛に悩み・・・とそれぞれ不具合を持った参加者たちは、まずは普通に姿勢よく正座してみましょうと言われる。背筋を伸ばそうとすると不要な力が入ってしまって、後ろから触ると、背骨の蝶番の出っ張りが感じられないほどだという。

 まずは、耳の後ろ側から鎖骨中央まで伸びる胸鎖乳突筋から丁寧にほぐしていく。更にみぞおち、お腹の皮膚を動かすようにほぐして頂くと、飛び上がるほど痛いけれど、それまでカチカチに凝り固まっていた身体がとても柔らかく軽くなっていくのが判る。

 壁を使って大胸筋をストレッチするノウハウも教えて頂く。仰向けになった時に、胸が自然に開かれて呼吸も楽になっているのが感じられる。S字カーブがきちんととれると、頭が背骨の上に無理なくまっすぐ乗っている感じがする。
 背骨が正しい位置にきちんと積み上がるためには、背面ではなく身体の前面が柔らかくほぐれていないとダメなのだ、という新たな気付きを得た。

 それにしてもO先生の身体の筋肉はどこを触ってもプニプニに柔らかい。しなやかで細く長い理想的な筋肉だ。先生を観ていると、見た目が綺麗な姿勢と体にとって心地いい姿勢は同じというのは本当なのだな、と実感する。

 来月のテーマは肩だという。この肩コリをどうにかしたいと思う私は今から楽しみである。
 すっかり満足し、御礼を言ってご一緒した方とスタジオを後にした。途中ターミナル駅で夫と合流して夕食を摂って帰宅した。朝から昼にかけて雨模様の鬱陶しい天気で頭が痛かったのに、首からお腹が柔らかくほぐれている所為か、頭もスッキリして、心地良い疲れの中、ぐっすり熟睡。

 さて、次は今日のこと。
 熟睡し過ぎて今朝は大寝坊。夫が先に起き出して、仕上がっていた洗濯を干してくれていた。暖かくいいお天気なので、大物もどんどん入れてもう一度洗濯機を回し、掃除を済ませ家を出た。

 今日はトリセツカラダヨガのワークショップ。前回参加したのは魚のポーズだったが、今回はハーフムーン(アルダ・チャンドラアーサナ)。慌てん坊の私は、すっかりベーシックのクラスでいつもやっている半月のポーズだと思っていたが、とんでもなかった。普段はとらない片手片脚でポーズを取る難易度の高いバランス系。苦手も何も、全く出来ない。

 “出来ないと思っている方、その第一歩を始めてみませんか”という惹句を頼りにやってきたものの、これはもう場違いなクラスに来てしまった・・・と、最初から冷や汗タラタラ。O先生があまりに楽々とポーズを取るので、もしかしたらそんなに難しくないのかも・・・なんて身の程知らずに思ったりするが、見るとやるとは大違い。それでも他の参加者の方たちは曲がりなりにもちゃんとポーズがとれていて、いや~、凄いな~と殆ど傍観者になりそう。

 ペアワークでお互いにポーズをチェックし合いながら補助のブロックを使ったり、ベルトを使ったり。まずは脚の内側をほぐし、お尻の凝りをほぐし、股関節をほぐし、最後にはふくらはぎと足裏をほぐしていく。一回一回ほぐしてからビフォー・アフターでポーズをとってみると、不思議なほどバランスがとりやすくなり、変に力を入れることは不要で、自然に足の裏で立てていることに気づく。もちろん完成形というには程遠かったけれど、最初は手も足も出なかったポーズが「いい感じ」と言って頂けるくらいになった。

 2時間はあっという間。ガラス越しに溢れる春の陽射しに、いつの間にか汗もじんわり。普段使っていない筋肉がビックリしたかもしれないけれど、往復3時間をかけてやってきた甲斐があり、大満足の充実した時間を過ごすことが出来た。

 筋肉を柔らかくほぐし、身体を緩めることが出来れば、自然にバランスがとれて自分の体を無理なく支えることが出来る。正しい姿勢は、身体にとって一番負担が少ない楽な姿勢なのだ。実際は楽な姿勢をしようと逆に変なところに力が入って、凝り固まってしまう。

 ちょっと考えると、逆説的なのだけれど、不思議だなあと思う。身体は正しく楽でいたいのに、なぜ変に凝り固まらせてしまうのだろう。「コリをほぐすマッサージを覚えればセルフケア出来るからいいや、ではなく、マッサージに頼らなくとも柔らかいままの身体でレッスンが出来るようになるといいですね」というO先生の言葉がとても心に響いた。

 人も同じ。心が柔らかくほぐれていると、色々なことに無理せずしなやかにバランスがとれ、結局のところは強いのだと思う。

 それにしても3連休は有難い。家事もひとまず片付け、こうして趣味も愉しみ、まだあと1日残っている。明日こそは寝坊をせずに断捨離を進め、体調を整えて新しい週を迎えたいと思う。
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2016.3.18 本日も暖か、父の通院付添いでグッタリ

2016-03-18 20:48:39 | 日記
 ようやく金曜日。昨日に引き続き予想気温20度という予報だ。夫を送り出した後、ほどなくして家を出た。
 今日は介護休暇を頂いて、父の通院付添いである。昨夜母に電話して待ち合わせ時間を確認した。診察前にCT検査等が入っているから30分前には到着しないといけないのに、介護タクシーを診察時間ジャストに予約していた。ノンビリ屋さんというかなんというか、やはり確認は大切である。
 
 電車を乗り継ぎ、予定より10分ほど前にクリニックのエントランスに到着。2人の姿が見えないので携帯をかけても、出ない。出たり入ったりしているとロビーの柱の陰に座っている母の姿が見えた。タクシーが順調で、私より10分前に到着し、殆ど待たずにCT検査室に入れたという。
 携帯をかけても出てくれないのでは、携帯を持ってもらった意味がない。本当に困ったものである。

 暫く待っていると、車椅子を押されて父が検査室から出てきた。「初めての大きな機械に入って、凄かった」と興奮して話をしている。今日は私のことがすぐに分かったようで、「おはよう、お疲れ様」と言うと、「おお、ご苦労」という言葉。なんだかなあ・・・である。

 診察室の前で待つように言われ、ほどなくして、受付番号が呼ばれ、MMSEテストに向かう。こちらも本人一人で、看護師さんが車椅子を押してくださり、私達はそのまま待合で待つように言われる。
 母いわく、今日は結構しっかりしている、とのこと。母の方がなんだかお疲れ気味である。相変わらずお手洗が1回で済まず、トイレを出たり入ったりしているらしい。
 ほどなくして検査が終了し、父が出てきた。「知能テストみたいなのだった、良く出来た」「8割くらい出来た、いや、9割だ」と自信満々である。母とちょっと顔を見合わせて苦笑い。

 予約時間ほぼぴったりに診察室に入る。私が荷物を持ち、母が車椅子を押し、3人で入ると診察室は身動きがとれないほど一杯だ。
 既にライトボックスにCTの画像が並んでいる。前回1月末の異変直後のものは左後頭葉にしっかり出血した像が映っているが、今回は画像上出血痕はどこにもない。先生も驚かれた様子で、「少しは残っているかと思ったら、いやあ、消えていますね」とのこと。

 次回撮影したら痕が少しは残っているだろうが、今はちょうど、吸収される過渡期にあたっているのでは目立たなくなっているのではないかということだ。視野はどうですか、との問いに母が、もうちゃんと見えているようです、と応える。本人は外面がいいのと自分で安心したいのか、「大丈夫です、良くなっています」と繰り返している。

 父が受けたMMSE(Mini Mental State Examination)検査は、認知症の疑いがある被験者に対して行われる、主に記憶力、計算力、言語力、見当識(現在の日時や日付、自分がどこにいるかなどを正しく認識しているか)を測定するためのテストで、30点満点だ。
 ①今年は何年ですかなど日時等に関する見当識、②ここはどこですかなど場所に関する見当識、③無関係の3つの言葉の記銘(猫、桜、電車など)、④計算問題(100-7、そこからまた-7を5回繰り返す)、⑤3つの言葉の遅延再生(先ほどの3つの言葉を想起させる)、⑥時計を見せながらはこれは何ですかなどの物品呼称、⑦これから言う文章を繰り返してくださいという文章の復唱、⑧これから私の言うとおりにしてください、~してください、次に~してください、最後に~してください、と口頭による3段階命令、⑨この文章を読んでその通りにしてくださいという書字理解・指示、⑩何か文章を書いてくださいという自発書字、⑪図形を見せて同じ図を書かせる図形描写、計11問の設問から成る。

 今日の父の結果は25点ということだから、本人の8割、いや、9割かという自己申告はまんざら間違いでもなかった。先生が仰るには24点以上は正常で、87歳という年齢から考えれば良い結果だそうだ。
 ということで、とりあえず1月末の脳出血前の様子に戻ったということらしい。恐るべし、父の回復力である。

 ただそれ以前にも感情の起伏が激しく激高したりすることもあったし、同じことを何度も繰り返すことも多々あったので、若干認知症の傾向があるかもしれないという。薬の副作用もなさそうなので、では2か月また飲みましょうということになった。

 次回6週間後か8週間後ということだったが、6週間後は私自身がCT検査が入っているので、8週間後にして頂いた。検査なしで診察のみ予約。年度が変わり5月になるので、まあ仕方ないだろう。

 父本人はとぼけたふりをしながらしっかり先生の説明を聞いており、「年齢にしてはいい結果なんだ」と繰り返している。最後には「先生、握手してください」と言い出す始末。なんだか芝居じみていているなあと思ってしまう意地悪な娘である。先生に御礼を言って診察室を後にする。

 会計を済ませ、薬局に薬を取りに行っている間、両親だけでクリニックのロビーで待っていてもらい、私が一人で身軽に動きまわる。ようやく受け取って戻ると、父は「もう帰りたい」を繰り返す。母に頼まれたものを渡したり説明したりもしたかったので、お茶でも飲んで一服したい、と思ったのだが、駄々っ子同然で「もう帰りたい」ばかりである。
 仕方なく、クリニックのロビーで立ったままあれやこれやを渡したり精算したり、介護タクシーを呼んだり、慌てて2人の飲み物を買いに行ったり。

 介護タクシーのドライバーさんが来てくれて、「なるべく車椅子には頼らず杖をついて歩いた方がいいですよ」と言ってくださるが、全然聞く耳持たずである。選択性難聴なのか都合の悪いことは聞こえない様子である。
 結局、父がいると母とゆっくり話すことも出来ない。母はげんなりという感じ。まあ、父がデイサービスに行って不在の時に、また別途、と思う。
 2人が介護タクシーに乗り込むのを見送って、とりあえず本日はお役御免となった。

 気を張ってあれこれ動き回ったら、やはりどっと疲れてしまった。来月には母の付き添いやら夫の入院・手術やらも控えており、まだまだヘタってはいられない、と思う週末である。
 
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