散日拾遺

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『爪と目』のある批評/歯医者とギンナン

2013-08-16 07:48:18 | 日記
2013年8月16日(金)

芥川賞作『爪と目』について、文学ウォッチャーの友人の評。

 昨夜、読みました。なかなか上手で面白かったですよ。
 爪(マニキュア)も目(カラーコンタクト)も結局、女性だけのもの(というと怒られそうですが)で、少女とその継母になる若い女性と不審な死にかたをした少女のお母さん、3人の女性それぞれの、男とは違う、とても不思議で新鮮な生きる欲望が書かれていて、そういうものか と読みました。

 出てくる男は全くだらしなくて、なんか女性から見るとこんなに男はどうでもいいものなのかと、ちょっとがっかりでした。

 それより、賞の選評で3.11を題材にした「想像ラジオ」が多く取り上げられていて、今度機会があったら読みたいと思いました。

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友人は照れ屋で、ブログに書いたらダメだというのを、「正体は明かさないから」と頼んで転記させてもらった。有名人なのだ。
多忙の中で芥川賞作品は毎回必ず読み、その寸評が面白いからいつも楽しみにしている。

ときどき半分ぐらい本気で思うのだが、男と女はもともと別種の生物で、それが共同生活に適応上の利益を見いだし、二次的に結合したものではあるまいか。そのぐらい違うし、そこに妙味があるようだ。

今は男の子が生きにくい時代に見えるが、長いこと女の子の生きにくい時代が続いたのだから、仕方ないね。世界的に見ればまだまだ女の子が大変であること、マララ・ユスフザイが身を以て示したとおりだ。

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昨15日は歯医者へ行った。

僕は4本の親知らずを全て抜かれた以外、歯医者というものに縁のない幸せな人生を送ってきたが、ここへ来て少々事情が違ってきた。「C1」という呪いの符牒を貼られ、これは自然に治ることはないので受診しなさいと、某所の歯科衛生士の託宣である。

それでも日延べを繰り返してきたが、ふと自分を納得させる口実を見つけた。近所で(というのはつまり、車で10分ほどのところで)従弟が歯科を開業している。もう長いこと会っていないので、帰省のついでに顔を見に行ってこよう。

従弟というのは、父の弟の息子である。彼の父つまり僕の叔父は、関西の大学を出て外科医になり松山で開業していたが、先年病没した。小さい頃の従弟はチョロチョロとすばしっこく、プラモデルなどを作らせると抜群に手先の器用な子だったが、そのあたりが見事に活きたらしい。人当たりがよくて地元では好評である。

その評の通り、丁寧に診て詳しく説明してくれた。マスクの上の小顔の目許は、亡くなった叔父よりは美人の叔母に似たようである。観念して、帰京後に治療を受けることにする。

夕方、車で40分の空港へ出かけて旅先の鹿児島から合流する長男を迎え、これで全員集合。

門前に涼しい日陰を落とす一対の銀杏は、20年あまり前の記念の植樹である。見上げると青いギンナンがたわわに実り、秋の収穫を約束している。臭いがきつくて処理が厄介だが、手間を厭わなければ美味は手の内にある。

手間をかけてこその美味か