社会を見て、聞いて、感じる。

人生そのものがフィールドワーク。

8月17日(土)

2013年08月17日 22時38分03秒 | 2013年

  10時起床。午前中は実家でゆっくりと過ごす。

  昼過ぎに実家を出て、新宿の紀伊国屋書店により、高野山のガイドブックを購入。その後の電車の中で読み、高野山に関する基本的な知識をインプットする。

  戸塚で電車を降り、「亜煉路館」で昼食。ホットケーキとアイスティーを注文する。ここのホットケーキは王道をいくシンプルなものだが、だからこそたまに無性に食べたくなる。焼き加減もちょうど良いし、懐かしい味だ。

  15時過ぎに帰宅し、ゴロゴロと過ごす。5連休のうちゴロゴロするのは今日だけだから、これはこれで貴重な時間である。

  夕食は、戸塚のまるい食遊館に入っているおこわ屋「米八」で買ってきたお弁当。以前に一度食べて以来、ここのお弁当にハマってしまった。見た目も鮮やかで栄養のバランスも良く、何より一品一品がどれも美味しい。

  以前も書いたが、当初予定していた明日からの彼女との山形旅行はキャンセルにした。それどころか、もしかしたら彼女との付き合い自体が終わるかもしれない。彼女と付き合ってから約3ヶ月になるのだが、その間に別れの危機が2度あった。そして、今回が3度目。比較的恋人とのケンカに対して前向きな捉え方をする(ケンカがお互いの理解を深めると考える)私からしても、この頻度はさすがに多過ぎると考えている。しかも今回は(まあ過去の2回もその傾向はあったのだが)、ケンカになった理由、彼女を怒らせてしまった理由がわからない。間違いなく私の言動の何かが問題なのだが、それが何かわからない。どんなに考えても思い当たる節がないし、聞いても答えは出ない。本当に、全く見当がつかないのである。もしかしたら、根本的に相性が合わないのではないか、現在の私では彼女と付き合うにふさわしい人間的な器が圧倒的に不足しているのではないか、という嫌な結論が、段々現実味を帯びてきている。何とかこれを乗り越えて良い関係を築きたいという感情的な部分と、もう無理だろうなという冷静な部分で、葛藤している。

  そんなわけで、今回の旅行先は急遽高野山に変更した。こんな状態でも旅行に行くんかい!という批判はあるだろうし、当然自分でもどうかと思う気持ちはあるのだが、やはりせっかくの夏休みを無為に過ごすのは嫌なのだ。明日から高野山の宿坊で2泊して、その後祖父と曽祖母のお墓参りをしてから、祖母の家で1泊し、水曜日に帰ってくる予定だ。今回のことも含め、今回の旅行は色々なことについてゆっくりと考える機会にしたい。


8月16日(金)

2013年08月17日 22時11分47秒 | 2013年

  7時起床。補助金の申請が終わって気が抜けたのか、朝から体がだるい。しかし、今日が終われば5連休なので、気合いを入れて家を出る。

  今日は、一日中事務処理。補助金申請書や報告書などの仕事が一段落したので、机回りの整理や今後の支援の企画や計画の立案に時間を費やす。こんな1日は、本当に久しぶりである。おそらく、今年度に入ってからは初めてではないだろうか。誤解を恐れずに言えば、こういう余裕のある日が月に1日ぐらいあるとありがたい。

  昼食は、久しぶりの「梅蘭」の名物焼きそば(チャーハン付き)。久しぶりに食べたが、やはり美味しかった。

  午後、上司が我々若手のメンバーを集め、ある施策に関するレクチャーをしてくださった。こういう機会は久しぶりで、懐かしかったし、何か無性に嬉しかった。部長に昇進してから仕事量も責任も大きく増え、なかなか休みすら取れない状況にも関わらず、こういう機会を設けてくださったことに感謝したい。そして、私もいつの間にか後輩が出来たし、10月からはまた新人さんが3人も入ってくるので、私自身まだまだわからないことだらけではあるが、わかることは全て丁寧にを教えていこうと思った。

  定時で退社し、そのまま実家へ戻る。夕食は、地元の昔からある讃岐うどん屋「味の四季総本店」で、冷やしたぬきうどん(椎茸抜き)を食べる。このお店に入るのは小学生の頃以来で、どんな味だったのか全く覚えていなかったのだが、さすが長年続いているお店だけあって、美味しいうどんだった。ただ、冷やしと謳うからには、氷を入れるなどして冷たい状態を出来るだけ長く保ったほうがいいと思う。

  19時半前に帰宅。今日実家に帰ったのは、急なことだった。先日母からメールが来て、最近祖母が料理をしたまま火をつけっぱなしにしていることが何度もあり、もう1人の時に火を使わないように言っているのだが、あまり効き目がないという話をされた。そこで、一度そのことについて祖母と話をしようと思ったのである。祖母は、なぜかはよくわからないが、私の話は比較的きちんと聞いてくれるのだ。今回も、ゆっくりきちんと話をすることで、言わんとしていることをわかってもらうことが出来た。しかし、それとはまた別の次元の問題として、そんな話をしたこと自体を忘れてしまうという可能性もあるので、安心は出来ない。ただ、こればかりは年と共に避けようのない問題なので、ある程度は仕方のないことなのだが。そもそも、物忘れがひどくなって一番つらいのは、祖母本人なのだろうし。