金曜日の夜だったかなぁ
夕飯にナポリタンを作った。
”日本の喫茶のメニューにあるパスタよ
ケチャップが主なソースなの”
と
云う私に
渋い顔をバッキーが向ける。
それもそうだ
ナポリタンは
貧しい家庭のスパゲティーってイメージが
それだけで広がる。
そう
バッキーの子供の頃の生活、、だ。
私を育ててくれた明治生まれの祖母は
料理が苦手だった。
ナポリタンなど
作ってくれた事がなかったし
それもあり
これと言って
ナポリタンの想い出なく
アメリカに来た私は
その味を懐かしむ事もなく過ぎた。
それもあってか
子供たちに作った事もなく
今回が初めて
バッキーに出す前に
味見をしたら
彼には味が薄いようで
それが気にはなった。
一口食べるバッキーの反応を
横で食べていた私が
ちらっと観察。
”味が薄すぎたでしょ?”
と
云う私に
頷きながらも
ナポリタンを口に運ぶバッキーが
”うーーん 悪くはないぞ。”
と
云い
何気か満足そうに
食べ続ける。
そう言われると
私の口の中にも
コクが広がる。
パスタが煮え立った後に絡ませた日本のマヨネーズと
出来上がる前に加えたバターが
それを作り出していたように思う。
レシピ―は料理研究家のコウケンテツさんのもの
缶トマトがケチャップと一緒に入っていたけど
それがなかった私は
ケチャップ、ウスターソース、砂糖のみ
翌日の昼過ぎ
仕事を終えたジェイク君が我が家に来た。
お腹を空かせていたジェイク君に
”冷蔵庫に残り物のスパゲティーがあるぞ。”
と
バッキーが言う。
”わぁー
バッキーがジェイク君に勧めるほど
このナポリタンは美味しかったんだ。”
と
私は思わずニタついた。
こうやって
私のナポリタンの思い出が
作り始められた。
付け合わせのサラダは
アボガドとセロリのワサビ醤油つけ
あっ
ジェイク君の感想?
美味しかった!
って
コウケンテツさんは美味しくて簡単で大好きです。其れと朝食作りも良いですね~ほのぼのします。息子を調理人にしたかったわ。アボカドは今年は裏年らしく少ないですが今度セロリも入れてみます。
私はナポリタンを子供達に作ってやりませんでしたが、高校生になった長男がどこかで習ってきてソーセージ入りのを作ってくれて、おいしかったことを覚えています。簡単な料理なのに、どうして作ってやらなかったかと思いましたが、私はいつもミートソースをかけるの一辺倒だったんですね。今から思えば料理のレパートリーも少なかったのに子供達は元気に育ちました。
アボカドとセロリのワサビ和えもおいしそうですね。ジェイク君もおいしく食べてくれたということはおいしいものは世界共通なのですね。イジーさんのblogを読ませていただいていると、アメリカが、とても近く感じられます。
風味、麺の噛み具合、まろやかさ 風味がそれこそ口の中をゆっくりと広がり 暫くの間 そこで止まっていてくれるのです
マヨネーズは麺の伸びをとめ もっちりともさせてくれるようです
コクを出すとてもいいお手伝いをしてくれていますよね
バター、、、私にはコクの中に十分入るものと思われます
ジェイク君はワサビ和えを食べていないんです
ワサビ和えはアボガドがあることもあり その夜のうちに食べきるようにしています。
でも彼はワサビが大好きなんです
お寿司を食べる時も私が使う5倍量のわさびでワサビ醤油を作りますから、、。
これから世界はどう変わっていくんでしょうね
しかも、下宿して
下宿のおばさんに、よく叱られたと言ってました。母方の祖母は、ごじゃごじゃ言ってましたが(今、思えば躾です)怒られた記憶はありません。
家事が苦手な人でしたよね
多分 それは家事をする事なく暮らして来た事もあるのではないでしょうか
祖母の実母は祖母を生むや里にかえされ
その後に来た継母は身体が弱いのに5人もの子供を産みましたから 私が想像するに彼女は寝ている事が多かったのではと思われます
家は裕福でしたから家事をする人達に祖母は育てられたのでは とも思われます。
あの頃女学校に行く人は少なかったでしょうね
クラスメイトだったか 学年生徒数だったかが13人だったと聞きましたし
久礼からの通学は無理ですから下宿になるんでしょうね
私はその話を聞いた事はありませんが
叱られた と言うのは想像できます
まさに
何をしても夫にしかられる私と同じです 苦笑
びらふのおばあさんが父のお葬式に来て下さった事には心から感謝です。
それが最後の彼女の想い出になりました。