「私だよ。兵太郎だよ、お前の夫だよ。分かるかい。」と、必死です。祖母は笑い続けていましたが、一区切り付いたところで、恥ずかしそうに頬を染めて「分かります。」と答えました。
「私は正気です。」
そうきっぱり夫に言うと、蛍さんの祖母は少し怒ったように
「お父さんは何時も私の事になると真剣になって。」
と、そんなに心配する事じゃ無いんですよと、まるで文句を言うように言うのでした。
「私は考え事をすると周りの事が御留守になってしまう性質なんですから、ほら、息子達が言っていたでしょう、」
集中力が強いタイプという人間なんですよ。と、未だ心配顔の夫に「大丈夫、大丈夫」を連発するのでした。
そんな風に揉めている祖父母の様子を、後ろから不安げに眺めていた蛍さんです。その内、蛍さんは2人がお互いに心配し合っているのだという事が分かって来ました。彼女は何だか祖父母達が微笑ましくなり、フフフと微笑んでしまいます。彼女には、特に祖父の祖母を思う気持ちがよく伝わって来たのでした。蛍さんは以前から常々2人の仲の良さを感じていましたから、この時割合にすぐ祖父が妻である祖母の身を案じているのだ、それであんな風に祖母の体を揺すったり、あれこれと盛んに話し掛けていたのだ、と、二人の状態が分かったのでした。
自分達を見て、目を細め、口に両手を当てている蛍さんに祖母は気付きました。あらと、また孫が怖がっていると思った彼女は、蛍さんが顔をくしゃくしゃにして泣きだそうとしているのだと勘違いしました。
「ホーちゃん、」
と祖母は声を掛けました。
「お祖母ちゃん達は、喧嘩しているんじゃないんだよ。」
と、如何この状態を説明したものかと言葉を考えます。
「お祖父ちゃんとおばちゃんは喧嘩してるんじゃなくて…」
と言って、自分で自分達2人は仲がいいんだよ、とは流石に言い出し難く、祖母が言い淀んでいると、祖父もまた孫の事で一悶着起きるのかと渋い顔をしました。
「また孫の事か、あの子はまた私がお前さんを苛めていると思っているのかい?」
と、こう言った祖父は、今迄の度重なる孫達の誤解にうんざりしてしまいました。