「油断できない嫁だったんだわ。」
そんな言葉がつい口をついて彼女から出て来ます。そして、考え込みながら「あの嫁案外…、油断できないねぇ」、我知らずに呟く内に、彼女は目付きも酷く険しくなりました。彼女は孫に向かって、
「どうしてそんな事がお前に分るんだい!」
と、口調もきつく詰問したのでした。
蛍さんの方は、自分の言葉にてっきり祖母が笑顔で喜んでいると思っていましたから、こんな祖母の怒りの形相への変化が信じられず、一瞬吃驚してしまいました。彼女は見間違いかしらと思うと、祖母の顔をよくよく見直してみるのでした。
今度は祖父がおいおいと、妻の変化に直ぐに気付いて彼女の言動に注意をしました。
「お前、今の言葉はきつかったよ。」
そう言って覗き込んで妻の顔を見ると、その顔付きも相当険しくなっているのです。彼は思わず孫と妻の間に入り、彼女の顔を孫の目から隠しました。「顔、顔」と、「笑って笑って」と妻の耳元に囁きました。
「この子泣き出すよ、その顔したら。」
そう彼は妻に言うと、彼女もハッとしました。慌てて目元を綻ばせ、口元もにこりと緩めると、祖母の方はすぐににこやかな笑顔の体裁を整えました。
『こんな点女性は得だね』と祖父は思いました。臨機応変な変化が可能なんですから、祖母のこの時の内面はどうであれ、これで如何にも穏やかでにこやかに見えます。が、彼には、妻にこのまま話をさせて置くとまた感情的になるだろう事が、過去の例を鑑みて、目に見えてはっきりと分かるのでした。
「ここは私があの子と話をしよう。」
そう祖父は言うと、祖母にまぁまぁと、「お前さんは少し離れてあちらで休んで待っていなさい。」と彼女を孫から遠ざけるのでした。