蛍さんが自分の口に当てられた手を気味悪くも不審にも思い、自分の小さな手でそおっと、恐る恐るその手をまさぐってみると、如何やらその手の先には腕が付いている様子です。またその腕の先には、ちゃんと人がいる様子です。これが人の手で、手だけの化け物ではないと分かると、蛍さんはほっとしました。
『これは誰か人なのだ!』
そう思うと蛍さんは恐る恐る顔を傾け、視界をずらしながら、その手の先にいた人を見上げて行来ます。すると、そこには頬を染めて、目も細くして微笑んでいる見慣れた祖父の顔が有りました。蛍さんの口を塞いだのは祖父の手だったのです。そして、彼を見上げる蛍さんに、
「こっちにおいで」
と祖父は自分の手を孫の口に当てたまま、両の手で孫を抱え込んで引っ張る様にして、ずるずると移動して行きます。彼は孫と隣の部屋に入ると、祖母から距離を置いた事でほっと一息つきました。そうしてにこやかに、悪戯っぽい瞳をして蛍さんを覗き込み微笑んでいます。
「あれ、お祖父ちゃん。如何したの?」
と、蛍さんは、この祖父の可笑しそうな顔つきを不思議に思って尋ねました。祖父は何時になく猫なで声で
「やぁ、ホーちゃん、お祖父ちゃんと暫くこっちにいようねえ。」
とにこやかに小声で話し掛けて来ます。
「切諫だよ、せっかん。」
お母さんの切諫は久しぶりに見るねぇと、祖父は如何にも愉快で面白そうに言いました。「あの人、間違いには厳しくてねぇ」昔からそうだと言うと、祖父は妻と、その母に呼ばれて飛んで来た息子に背を向けました。巻き添えになりたくないのです。
「お祖父ちゃんとお前はこっちで静かにしていようね」
と、懐から飴玉など出すと、特別だよと蛍さんの手に渡します。彼はすぐに食べておしまいと、孫に飴玉を口の中にほうり込むように指示するのでした。「お母さんに見つからない内にね。」