茜さんが手を差し出す前に、その時私は何をしていたかしら、蛍さんは考えてみました。
『先ず部屋に入って来た茜さんを思い出して、と、それからと、私に茜ちゃんは一人でこんな所で何をしているのかと聞いたのよ。』それで私は、
「孤独を噛みしめている。…と言ったんだったわ。」
と、蛍さんは回想しながら自分の言葉を思い出してみました。そして思わずその時の口調で独り言を漏らしていました。そうよ、私はお父さんが時折公園でしていた様に、草原に腰を下ろす格好で畳に座り、1人で孤独を噛みしめていたのよ。…。蛍さんは引き続き公園の風景を連想しました。
ある日の午後の事です。父と一緒に何時も散歩に行く公園で、蛍さんが一人遊びに飽きて父の様子を見に行くと、父は草原に腰を下ろしてしょんぼりしています。その日に限らず、父はベンチに座ってじーっとしている事も有り、手や足など動かさず、遊んでいる様子も無く、考え事をしているという雰囲気でもない様子です。
父は唯項垂れて、時には目を閉じている時もありました。そんな父に、『お父さんは何をしているのだろう?』と彼女はとても不思議に思うのでした。勿論、大人が手足を動かして遊んでいる様に見えても、決して遊んでいる訳では無いのですが、する事が無く、手持無沙汰で暇潰ししているという行為を、見る物皆全てがまだ興味の対象となる子供の目には理解出来ずに、父はああやって遊んでいるのだとだけ写っていた訳です。
それが、何もしていないで、話しかけても答えを返す事無く、ぼーっとしたまま、しかも、赤い目で何だか沈んだ風情でいる時もあるのです。子供心にも蛍さんは酷く父の様子が気になっていました。それで彼女はそんな様子でいる父を見ると、何回か如何したのかと熱心に聞いてみたのですが、
「お前に話してもなぁ」
と、漸く我に返って気が付いた父は、こう言うばかりで何の答えも返してはくれないのでした。