一騒動の後の店内の後片付けが済んだ頃、ドクター・マルは物思いに沈みこんでいました。そこでシルは彼を誘って、パーラーの隅にある別のテーブルの椅子に2人で落ち着きました。彼女はそこで暖かい紅茶を2つ店員に注文しました。
「いやぁ、何時もはエンもあんな感じじゃあ無いんだが。」
マルは先ず弟の事を口にして彼を取り成しました。
私よりは冷静な奴だし、ユーモアも有る、何時もならあんなこと言っても笑って冗談で済ます奴なんだがね。何方かというと、あいつの方が私よりは常識的な分別が有るくらいなんだ。マルはそんな事を言いました。
「亡くなっていた細君の事を持ち出したのが不味かったな。」
と、彼は複雑な表情と後悔の念を顔に表しました。
「仕様が有りませんわ、ドクターはご存知なかったんですから。」
シルは微笑しました。テーブルの上に載った彼の片手に自分の片手を掛けて、彼女は慰める様に優しく握りしめました。そんな彼女の顔を見詰めて、ドクターも寂しそうに笑いました。
シルが注文した紅茶が、2人分セットになってトレイに載り自分達のテーブルに届くと、彼女はお茶に付いて来たマーマレードをカップの1つに入れました。
「いかがですか?」
ドクター・マルにマーマレード入りの紅茶を勧めました。彼はああと答えると、彼女の勧めを断る事無く、シルが今入れたばかりのジャム入りのカップに、彼女がポットからトクトクと琥珀色のお茶を注ぐのを眺めていました。
「オレンジの香りが心地よいね。」
マルはにこやかにシルに語り掛けます。何処でこんなお茶の入れ方を知ったんだね。君は地球には未だ降りていないんだろう。こう意味ありげに彼がシルに問いかけると、シルは曖昧な微笑みを浮かべました。
地球上の事をこれだけよく知っているなんて、君は勉強家だねとマルが褒めると、シルは、「実はチル副長から教わりました。」と答えました。そこでマルはああと頷くと、合点したという感じで微笑みました。彼は内心やはりねと思います。新任のクルーには必ずといってよい程世話を焼くという、副長チルの性格をドクター・マルはよく知っていました。特に彼が若い女性の新任クルーを放って置かない事も、ドクター・マルは既によく知っていました。
さて、シルはドクターに、自分の心理カウンセラーを受ける事を勧める事にしました。彼にこの話をすると、ドクターもそうだねと、そうしようと承諾しました。お互いに早い方が良いという事で、彼女は早々に自分の予定を調べてみます。翌日の自分の空き時間に気付くと、彼女はマルのカウンセラーの予約を入れました。
「では、明日。」
マーマレード・ティーをゆっくりと味わって、一息入れたマルは立ち上がり、シルを1人店に残すと、来客などの一時滞在エリアに在るパーラーを後にしました。