エリアの換気口から出入りする、自動管理された複合気体が作り出す気流が、シュロの掌状に深裂した各々の細い葉や柄を揺らします。頭上で大らかに揺れるその涼し気な濃い緑を心地よく眺め、散策路に満ちた新鮮な空気を吸い込んで深呼吸すると、シルはさぁとドクターを促しました。
この時、ドクター・マルの胸の内には、シルと面と向かって話をした事で芽生えてきた、彼女への軽く柔らかな信頼感が有りました。そして、その自身の信頼感という希望の芽を、明るい曙のような感覚として感じ取っていました。ふうっ、マルは思い切ったように深く息を1つ吐くと、「行きましょう。」と、足を一歩踏み出しました。そうして彼はシルと2人連れだって散策路へ足を踏み入れて行きました。
相談員のシルはこの場に植えられている樹木や通路、木々の間の空域に油断なく神経を張り巡らしていきました。そして、そのエリア近辺に現在どのクルーもいない事を確認すると、今度は彼女の神経を横にいるドクター・マルへと振り注ぐのでした。彼女は彼の心の内、その胸にわだかまり淀んでいる深淵を覗き込んで行くのでした。
彼の深い胸の内には、基礎教育時代の彼自身の幼い姿、彼と同い年らしい幼い子供達の顔や姿が何人か浮かんでは消えて行きました。その中で、何度か鮮明に浮かんでは消える1人の女の子の顔が有ります。そして、非常に美しい成人女性の顔や姿が浮かびます。マルとその女性の仲睦まじい姿、女性とマルとの結婚式らしい風景、彼等の同居生活、女性の怒る顔、困惑して疲れ切った様子のマルの姿が浮かびました。
そんなクローズアップ画像を多く含んだマルの心理内の光景を、シルは自分の目の前に浮かべて見ていました。すると、急にふううと、横にいたマルが溜息を吐きました。
「女性は苦手でね…。」
そこでシルは笑顔を浮かべると、マルを見上げて明るく彼に言葉を掛けました。
「女の子、もなんでしょう?、ドクター。」
えっ!と、マルが声を上げると、シルは彼に笑顔で頷きました。
「弟さんのお子さんは、多分女のお子さんなんですね。」
この彼女の言葉に、マルは非常に驚いた顔をしました。が、彼は直ぐにシルが感応者だという事を思い出しました。そこで彼は観念した様にそうなのだと言うと、それで困っているのだと彼女に正直に告白するのでした。こんな場合、何でも正直に話した方が自分の治療の為になる事を、ドクター・マルは医療従事者として自身の身をもって確りと知っていたからです。正確な情報が正確な診療をもたらすのです。