今回の染の小道で素晴らしい発見がありました。林芙美子記念館こんなに素晴らしい日本家屋が
空襲を免れて残っていたのですね。建物も普通の住まいで林芙美子さんという作家も放浪記を書いた
恋多き女性くらいにしか認識していませんでした。森光子が高齢になるまで演じていたので、林芙美子も
長生きしたかと思っていたけれど47歳で亡くなられたのですね。彼女の夫である手塚緑敏(画家)は
亡くなる1989年までこの家に住んでこのすてきな住まいを後世に残してくれました。死後遺族が新宿区に
売却して中に置かれている調度品などはすべて寄贈されたそうです。緑敏は自分の画家としての生命をあきらめて
彼女を見守って寄り添って生きてきたようです。庭の小さなかわいい花たちは、緑敏が大切に育ててきたものを
受け継いでいるようです。それだけでも彼の優しさを感じます。芙美子は孟宗竹や寒椿やもみじが好きだったそうです。
建築について勉強をし、設計者や大工を連れて京都の民家を見学に行ったり、材木を見に行くなど、
その思い入れは格別でした。このため、山口文象設計によるこの家は、数寄屋造りのこまやかさが感じられる
京風の特色と、芙美子らしい民家風のおおらかさをあわせもち、落ち着きのある住まいになっています。
新宿区のHPより

入口は染の小道ののれんがかけてありました。

















ここでユキワリイチゲに会おうとは驚きでした。




おかめ工房の作品が蔵に展示されています。





展示室、おかめ工房の作品のある蔵、外回りはこれに続いて紹介してまいります。
Feb.24 2019 Nakai
空襲を免れて残っていたのですね。建物も普通の住まいで林芙美子さんという作家も放浪記を書いた
恋多き女性くらいにしか認識していませんでした。森光子が高齢になるまで演じていたので、林芙美子も
長生きしたかと思っていたけれど47歳で亡くなられたのですね。彼女の夫である手塚緑敏(画家)は
亡くなる1989年までこの家に住んでこのすてきな住まいを後世に残してくれました。死後遺族が新宿区に
売却して中に置かれている調度品などはすべて寄贈されたそうです。緑敏は自分の画家としての生命をあきらめて
彼女を見守って寄り添って生きてきたようです。庭の小さなかわいい花たちは、緑敏が大切に育ててきたものを
受け継いでいるようです。それだけでも彼の優しさを感じます。芙美子は孟宗竹や寒椿やもみじが好きだったそうです。
建築について勉強をし、設計者や大工を連れて京都の民家を見学に行ったり、材木を見に行くなど、
その思い入れは格別でした。このため、山口文象設計によるこの家は、数寄屋造りのこまやかさが感じられる
京風の特色と、芙美子らしい民家風のおおらかさをあわせもち、落ち着きのある住まいになっています。
新宿区のHPより

入口は染の小道ののれんがかけてありました。


















ここでユキワリイチゲに会おうとは驚きでした。




おかめ工房の作品が蔵に展示されています。





展示室、おかめ工房の作品のある蔵、外回りはこれに続いて紹介してまいります。
Feb.24 2019 Nakai