Reflections

時のかけらたち

新しい散歩道 肥後細川庭園へ ・・・ new walking course " Higo-Hosokawa Garden"

2019-01-13 00:41:53 | a day in the life


1月12日
ヨガはもう始まっていたけれど、今日は今年初めての声楽のレッスン。今週は何も予定が
入っていなく、よく歩いた週だったけれどやっと「始動」と言った感じです。
肺を膨らまして、息を出しているだけで、いい運動になります。
最初に「私のお父さん」をさらって、次に初めて取り組む”Con Te Partiro"のイントロから
いつもの後ろから歌い上げて反復しながら全体まで歌えるようにします。
最後に”Voi che sapete" を通しで歌って、改めてこの曲の素晴らしさを知る。
モーツァルトの歌曲の再発見。先生にこの曲を選んでくれて感謝しています。
先生方が物凄く面白いので笑いっぱなしのレッスンです。
2月23日にはサークル体験があります。楽しく歌っているうちに「私のお父さん」が歌える
ようになります。歌いたい方は10時から九段の生涯学習会館へいらしてください。


                 


昨年のお正月に甘泉園まで散歩したときに、近くの肥後細川庭園に今度行ってみようと思って
一年たってしまいました。

「肥後細川庭園」は文京区立の公園で、熊本藩主・細川家の江戸下屋敷跡に残る池泉回遊式庭園。
明治15年に細川氏の本邸となり、昭和35年に東京都が購入し、昭和36年に公園として開園。
さらに昭和50年から文京区立「新江戸川公園」として開放。平成29年春から「肥後細川庭園」に改称。

江戸時代に徳川家の御三卿・清水家、一橋家の屋敷を経て、幕末に肥後熊本藩・細川家の下屋敷に。
庭園名の改称にあわせて改修整備された「松聲閣」(しょうせいかく)は細川家の学問所やお屋敷
として使われていた建物。リニューアル後は休憩所や会議室・ギャラリー等の憩いの場としても使用。

またかつては周辺の「永青文庫」、「和敬塾本館」まで細川家の敷地だったとのこと。すぐ近くのホテル
椿山荘(山縣有朋旧宅跡)や関口芭蕉庵、早稲田大学構内の大隈庭園、甘泉園公園と合わせた日本庭園巡りは
オススメの散歩コース。

東京の台地と谷という地形を巧みに利用した大名庭園。神田川が流れる新宿区には、まさに地形と湧水を
効果的に使った大名庭園があります。そしてこのエリアは、東大、早稲田大学という大学の中にも大名庭園
が残ってるのが特長です。明治維新で、華族、そして明治政府の重鎮が大名庭園を保持した結果、奇跡的に
今に残されたというケースです。

彦根藩下屋敷/大隈庭園(早稲田大学)
御三卿・清水家下屋敷/甘泉園庭園
高遠藩下屋敷/新宿御苑
尾張藩下屋敷/箱根山(都立戸山公園)
久留里藩下屋敷/椿山荘庭園
熊本藩下屋敷/肥後細川庭園(旧・新江戸川公園)
加賀藩上屋敷/三四郎池(東京大学)
水戸藩藩下屋敷/隅田公園
笠間藩・宮津藩(本庄松平家)下屋敷/旧安田庭園

東京の面積の半分を大名が所有していたというような記事もどこかで読みました。



1月11日
グーグルマップで調べると家からこの肥後細川庭園までは2.6km、31分となっていて、
それにしたがって歩いて行きました。帰りに写真を撮ったりしないで帰ったら、
35分かかりました。リーガ・ロイヤルホテルのシャトルバスを使う手もありますが、
この日は歩かなくてはと思ったので、しっかり歩きました。



地元で時どきお参りに行く諏訪神社の前を通り、




大学が近いと、神保町みたいな古本屋さんも何件かありました。




マップとはちょっと違ってしまったので、川沿いを歩きました。




おもしろそうな紙ナフキンのお店もありました。




橋を渡って、公園側を進みます。




肥後細川庭園の門をくぐると、こんなに広々とした風景が目の前に。

























望遠のカメラを持っている人が3名くらい池を囲んでいたので、カワセミでもいるのかしらと尋ねたら
目の前の枝にいることを教えてくれました。











近くの枝にビタキ系も着ていたのですが、これ以上近づくとカワセミの方が逃げそうだったので
写真を撮ることができませんでした。

写真を撮っていたシニアの方が今までにカワセミが水に飛び込んで、お魚をくわえたりしている写真を
見せてくれました。残念ながらブログはやっていないとのこと。300mmを使っていました。水しぶきまで
撮れていい写真がたくさんありました。私が数日前おとめ山で見たことを話すと、神田川沿いに移動して
いることを教えてくれました。3~5月には神田川の排水溝に巣を作ったりするそうです。

1時間近く鳥が飛びこむのを待っているとのことでした。私も鳥用のレンズが欲しくなってしまう今日この頃。








かわいい声で鳴いているメジロを発見。今年初のメジロン。



















季節のバトンタッチ。コブシがつぼみをつけています。











ワカケホンセイインコの群れがにぎやかに食べ散らかしていました。






カワセミが今度は藤棚のところに来ていました。
















松聲閣(しょうせいかく)でお抹茶をいただきました。
















熊本のお菓子もおいしかったです。細川家の家紋が入っています。クマモンの手みたいな。













次回は永青文庫に石仏を見に来ることができればと思います。
後行ってみたいのは雑司ヶ谷旧宣教師館とか、文京区、豊島区、新宿区が入り組んでいるところって面白そうです。






Jan.11  2019  Higo-Hosokawa Garden 





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続けていくおとめ山 ・・・ Otomeyama again

2019-01-11 23:54:10 | wonderland


買い物ついてに行けるおとめ山は私にとっていい散歩コースとなります。
一昨日は姿は見えないけどコゲランが歓迎してくれました。 木々を揺らす風の音が大好きなのです。

毎日が年末で年の初めみたいな日です。1日から新しい日が始まったのですが、
掃除しそびれたところ、片付けも続行中です。

料理もクリスマスに作ろうと思ったレンズ豆と冬野菜のスープも材料がそろった今頃作っています。
乾燥ポルチーニ茸がいい香りです。舌の奥の方が歯の欠けた部分と摩擦しておきた鋭い痛みがやっと
消えて、あとは次の治療日まで歯を大事にして過ごさないと。
夕方帰ったら、年末に検査したクリニックから電話があり、肺がん検診の精密検査になってしまいました。
なんだか娘が急にやさしくなって、家ではエアコンを駆けなくても大丈夫なのでかけていないのですが、
夜遅くなってきたら、足元にヒーターを持ってきてかけてくれていました。食後の片付けも
何時もより積極的です。3日から8日間続けて働いているのに。


8日に続けて9日も買い物の足を少し伸ばしておとめ山を回ってきました。
前回行けなかった見晴らし台や湧水を中心に見て回りました。落合台地の南斜面にあるおとめ山は昔から
崖線の急な斜面のあちこちから水が湧き、江戸時代から蛍の生息地として有名だったとのことです。
国分寺の日立製作所の中にある湧水を見に行ったことがありました。ブラタモリ思い出しますね。
高校時代の同級生のK君は商社だったのでほとんど日本にはいなくて、戻ってからクラス会で会うたびに
カタクリやニリンソウの咲いている場所を教えてくれたりしていましたが、湧水も見て回ったと話していました。
学生時代には蝶々を採るために危険な山登りもしたと言っていたことを思い出しました。

事務所の前にここで見ることができる鳥の写真が貼ってありました。














































佐伯祐三の落合風景にでもありそうな眺め




















































家にいたら娘が帰るまで一日中誰とも、ブルーもいないし、話さない一日となってしまいます。
散歩で出会ったワンちゃんと話しました。この公園ではほとんど人がいなくて、犬の散歩の人に二人会って
後は乳母車でお散歩のお母さんや、カメラを持った若いカップルがいた程度で静かな場所です。







ヒヨが水浴びしていました。





この日はカワセミちゃんとは会えませんでした。
帰りはスーパーによって足りない食材を買って帰りました。




夕食はイカを買って、セロリと蓮根と一緒に炒めました。塩と日本酒と胡椒の味付けだけ。
後は去年から残っていたターサイをオイスターソースで炒めました。





昨日(10日)はレンズマメと白菜のスープと定番の海老のソフリットソースのパスタ。マッシュルームが安かったので
エリンギも入れて。


Jan.9  2019  Otomeyama


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Ryuichi Sakamoto : Coda

2019-01-10 14:17:16 | people


坂本龍一 Ryuichi Sakamoto:Coda




お正月5日の午後、録画しているのをいろいろ見ていたら、Eテレで坂本龍一のドキュメンタリーフィルムを
やっていて(おそらく再放送)、おもしろそうなので見始めたら、これは録画しておかないとと急遽録画を
始めました。その日はきちんと見れていなかったので、翌日再生しました。NHKが協力して作った映画だった
のですね。



Codaというタイトルから人生の最終章であることをはっきり意識しています。彼の社会とのかかわり方、
病気との付き合い方、音楽とのかかわり方を5年間にわたって日本人の母親とアメリカ人の父親を持つ
スティーブン・ノムラ・シブルが撮っています。アーカイブもあり、坂本のこれまでの活動を全体的に
描いていて、淡々と音楽に向かう今が積み重なっていきます。

作られた音、自然の音に耳を傾け、バッハを弾く日々。
solariはまるでバッハでした。



コラールのようなバッハの曲かと思ってしまいそうな曲を聴きながら、涙が出てきました。
イメージは自分が船(=棺)に横たわり永遠の宇宙へと時間の壁を越えていく感じ。それは坂本龍一が
あと何年生きられるかわからなく一瞬一瞬が永遠になるというナレーションの影響かわからないけど。
坂本龍一がmy own choral と番組中で言っていましたね。

私の大好きなバッハのコラールも弾いていましたが、これはタルコフスキーにソラリスで使われたので
「アルバムには入れられない。自分で作るしかない」と語っていました。このコラール《われ汝に呼ばわる、
主イエス・キリストよ》BWV639は私の心に残る曲ですが、ソラリスでの印象はもう遠くに行ってしまって
いて、オルミ監督の「木靴の樹」で淡々と農民の理不尽なその時代では当たり前だった暮らしを描いている
のに使われてそれが忘れられません。

なんだか武満徹*がその後のタルコフスキーの映画音楽を書いていたことがあったかと勘違いしていました。
調べたら、武満はタルコフスキーが好きだったのですね。私も映画ノスタルジアの中の水の音が忘れられません。

*武満徹
スペインの映画監督ヴィクトル・エリセの映画エル・スールを父親の視点から絶賛しているほか、
アンドレイ・タルコフスキーに深く傾倒し、タルコフスキーが1987年に他界すると、その死を悼んで
弦楽合奏曲『ノスタルジア』を作曲している。


話がそれてしまいますが、エリセもオルミもタルコフスキーも大好きな監督たちです。
あの自然の音を使ったノスタルジアは音楽関係の人にも多くの影響を与えていますね。
坂本龍一もそうだし、Scott Walker の最近の曲作りもそうです。


坂本龍一からのメッセージは声を上げ続けれなければならないという姿勢。声は届かなくても
あきらめない。地球を次世代につなぐために。


アルバム「async(同期しない)」に使われた彼が映画音楽を担当したベルトリッチ監督の
「シェルタリング スカイ」から坂本龍一の思いを。

Paul Bowles
Because we don't know when we will die, we get to think of life as
an inexhaustible well. Yet everything happens only a certain number of times,
and a very small number really. How many more times will you remember a certain
afternoon of your childhood, some afternoon that is so deeply a part of your
being that you can't even conceive of your life without it? Perhaps four or five
times more, perhaps not even that.
How many more times will you watch the full moon rise? Perhaps twenty. And yet
it all seems limitless.

我々はいつ果てるかを知らない
だから人生を枯れない井戸のように考える

だが、いかなる事も限られた数しか味わえない
自分の人生に深く影響を与えた幼少期の・・・
とある昼下がりを幾度思い出す事だろう?
4〜5回?
それ程ないのかもしれない

満月の昇る姿をあと何回見るだろう?
例え20回だとしても
全てが無限の如く思えるのだ


参考)
坂本龍一のドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto: CODA」(2017)を観た感想
坂本龍一と「調和しない音楽」 クローズアップ現代 2017年4月21日





坂本龍一のツィッターを見ていたらブライアン・メイの呼びかけをさらにリツィートしていました。

Dr. Brian MayさんがRob Kajiwara ❄️ 🌨️ ☃️ 🎄 🎅🏽をリツイートしました

URGENT !!! URGENT !!! PLEASE SIGN THIS PETITION to save a beautiful coral reef and
irreplaceable eco-system, threatened by USA extending an airbase. Bri


Jan.5-6   2019


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メタリックな花たち ・・・ metallic flowers

2019-01-10 00:28:26 | nature
おとめ山公園のカサカサと音が聞こえてきそうな枯れ花たちです。
これから四季折々いろいろな花が咲いてきそうです。期待できる公園です。
どなたでも行ってみたい方がいればご一緒しましょう。

カサカサと秋の残した素敵な枯れ花・・刈らないでいてくれてありがとう。
冬の花と春の予言が混ざり合った季節です。

それにしても家から歩いて行けるところでカワセミに会えるなんて・・






























































この辺は不思議な街。学校がいろいろあって、美容師とかミュージシャンとかアニメとか、タップダンスの
教室もそういえばありました。大学もあり、外国人が多く、雑多なエネルギッシュな街です。引っ越してきた
当初はさずが、きれいになりようもない街と思っていましたが、この多様性が今はおもしろくて。全く開発
されない、洗練されない街。

そこを通って行くとこんなに静かで鳥の声、風の音、水の音が聴ける空間があります。そういう場所を守って
きた住民がいて。

また時代の中に入っていくこともできます。江戸の名残があり、茶道会館があり、お茶やお花関連の専門店も
あります。百人町鉄砲隊の街でもあり、大名の下屋敷があったところもあり・・本当に面白いエリアです。



Jan.8  2019  Otomeyama Park



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録画した2本の番組 ・・・ two TV programs recorded last year

2019-01-09 22:25:54 | planet news
録画したままでほっておく番組も多いけれど、お正月の時間を利用して2本見ました。(1月5日)

2018/12/22 サタデー・ステーション 日本でも危機 ”プラごみ”解決策は? ディーン・フジオカのバリ島取材
2018/09/08 NHKドキュメンタリー 人類誕生・未来編 第1集「こうしてヒトが生まれた」 



インドネシアのバリ島の海では魚の数が減少している。原因はプラスチックごみで、漁師は魚が捕れず生活が
成り立たないと嘆いている。バリ島には12月~3月にかけて海流の影響で大量のごみが集まってくるという。
バリ当局は「ごみ緊急事態」を宣言し、毎朝多い時には約100トンのゴミ清掃が強いられているという。全世界
では海に流出するプラスチックは毎年800万トンあるといわれ、日本周辺海域でもマイクロプラスチックが拡散
している。マイクロプラスチックには有害物質が付着している恐れがあり、それを食べた魚を人が食べることで
健康への影響も懸念されている。10月にはバリ島で国際会議が開かれ、プラスチックを削減するための取り組みが
話し合われた。EUでは使い捨てプラスチック食器などを2021年から禁止する法案が可決されているが、日本では
レジ袋の有料化を義務づける議論が始まったばかり。バリ島では来年からレジ袋の使用が禁止となる。





バリ島では数年前から紙ストローを使うなど、使い捨てプラスチックを使わない店が増えている。レジ袋は来年から
禁止となるが、地元住民は賛成している。アメリカのTIME誌が選ぶ2018年で最も影響力のあった一人に選ばれた
ワイゼン姉妹はレジ袋を無くそうと訴えてきた。姉妹は近所にエコバッグを配るなど、個人レベルで活動を続けてきた。
活動はSNSを通じて広く伝わり、世界でも注目を集めた。

プラスチックごみの日本での取り組みを紹介。環境省は2020年度以降、レジ袋の有料化を義務付けることを検討し、
京都・亀岡市ではレジ袋禁止条例の施行を目指している。


このレポート中でインドネシアに日本はプラスチックごみを資源として輸出しているという話があり、驚きました。
有害物質になるものを輸出しているなんて。どんな用途なのかしらね。

海の汚染もひどいし、インドネシアで10代の女の子たちが立ち上がっている意識の高さに驚かされます。
私もレジ袋をもらわないよう、バックの中に持ち歩いていますが、徹底するのは難しく、ちょっとゆるいなと反省
しています。とにかく家にもレジ袋、紙袋がたまって問題です。
日本はプラの産業を支えているのか、他の国々に比べてポリ袋の廃止も遅いように思います。妹が韓国や台湾に
行ってもコンビニとかで袋に入れてくれるところはないとお正月に話していました。
主人より早く亡くなった一番お世話になった義理の姉もいつもエコバックを持っていました。一人一人が意識して
いかないといけないことです。
とにかく人間はその長い歴史の中で今、急速に地球を汚染しています。




人類誕生・未来編 第1集「こうしてヒトが生まれた」



この番組は人類誕生をリメイクしたものでした。

今、相次ぐ新発見で人類の歴史が次々と塗り替えられている。およそ700万年前に誕生したとされる人類の祖先。
その進化の歩みは、「猿人→原人→旧人→新人」という単純なものではなく、現在分かっているだけでおよそ20種の
人類が時には共存し、誕生と絶滅を繰り返していた。その最初期の姿を伝えるのが、440万年前のアフリカを二本足で
立って歩いていたアルディピテクス・ラミダスだ。最新の研究が明らかにした“歩く理由”。それは意外にも、
家族を守るためだったという。

実は、ヒトに至る人類の進化は、常に絶滅の危機と隣り合わせの過酷な道のりだった。その中で私たちにつながる祖先は
数々の偶然と幸運に導かれ、辛くも生き残ったのだ。二足歩行を始め、やがて草原に進出した人類の祖先。そこでは
祖先たちは飢餓に襲われ、肉食獣に食われる“弱者”だった。しかし実は、その逆境こそが人類を進化させたことが
分かってきた。仲間と協力する集団の力、さらに石器という道具を発明したのだ。

およそ180万年前、外見はほとんど私たちヒトと変わらない人類が登場した。ホモ・エレクトスだ。すらりと長い足、
体毛の薄いつるつるの肌。それは獲物を長距離追跡する独特の狩りによって生まれた。脳も大きくなり、思いやりの
心さえ芽生えていたという。こうして遠いご先祖様たちが必死につないだ命、そのバトンが私たちにつながっている。
そう、あなたへと続く進化の道のりは奇跡の連続。絶滅の崖っぷちで辛うじて見いだしてきた、細い道だったのだ。

およそ20万年前に誕生した、私たちホモ・サピエンス。祖先たちがアフリカを出て、中東に進出したときに出会ったのが、
別種の人類ネアンデルタール人だ。近年、ゲノム研究が進み、私たちの祖先とネアンデルタール人は交わりを持ち混血して
いたことが判明。さらに、受け継いだ遺伝子が、私たちの進化に貢献してきたことが分かってきた。かつては、両者は対立
していたと考えられていたが、実は共存していた可能性も浮かび上がっている。

ネアンデルタール人は、私たちホモ・サピエンスに最も近い人類の仲間。40万年前頃に私たちと別れ、ユーラシア大陸で
独自の進化を遂げた。最大の特徴は、強じんな体。レスラーのように筋肉隆々で、マンモスやバイソンなど大型動物を狩る
屈強なハンターだった。さらに近年、新発見が相次ぎ、言語を操り、高度な文化を持っていた可能性が高いことも明らかに。
しかし、体力と知性を兼ね備えながら、およそ4万年前に絶滅した。

ネアンデルタール人に比べると、私たちホモ・サピエンスは華奢(きゃしゃ)で、力もひ弱だった。にもかかわらず、
祖先たちが生き残ることができた秘密は、実はその弱さにこそあったと考えられている。弱いからこそ、安全な狩りを行う
ことができる道具を生み出し、仲間同士で力を合わせる「協力」を高めたのだ。そうして人口を増やしていったことで、
脳の進化が促され、ホモ・サピエンスは全く新たな力「想像力」を獲得したと考えられている。


私たちが習っていた頃は ピテカントロプス‐エレクトゥス(〈ラテン〉Pithecanthropus erectus)
とか言っていたのはジャワ原人(ホモ‐エレクトゥス‐エレクトゥス)の旧学名。→ホモ‐エレクトゥスの亜種に
整理されている。
現生人類の直接の祖先はアフリカに生息していたホモ・エレクトスの別の亜種(または独立種ホモ・エルガステル)
であって、アジアにいた北京原人やジャワ原人は直接の祖先ではないとする意見が支配的らしい。

最近の説では最古の「人類の祖先」はルーシーではなくアルディ(ラミダス猿人)。
サイエンスが発表した2009年最大のニュース。それは、アフリカ東部エチオピアで発見され、復元された猿人の
化石、「アルディピテクス・ラミダス」(ラミダス猿人)だった。
440万年前のラミダス猿人の全身骨格などが再現された。これまでの説を覆す画期的研究。

ルーシー (Lucy) は、1974年11月24日にエチオピア北東部ハダール村付近で発見された318万年前の化石人骨。
アウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)の中で最初期に発見されたもののひとつであり、
全身の約40%にあたる骨がまとまって見つかったという資料上の貴重さから、広く知られている。


NHKのドキュメンタリーで心がいつ生まれたかみたいなことを説明していて、それは人類が肉食を始めて
腸が短くなり、消化にそれほど時間がかからなくなって、脳が発達したからということだった。
日本人は腸が長いのでそれに適した食べ物はアブラナ科の野菜なので小松菜をいつも買っていると
言っていた人がいた。腸はとにかくその食べ物に合わせた長さへと進化していった模様。上の説だと
草食系だと脳が発達しないみたいだけど・・本当にそうなのかしら?

今でも人類の祖先については発見も続き、説も変わっていくようなそんな感じなのかな。
とにかく家族を持って、思いやりの心が芽生え、氷河期や多くの困難を乗り越えてきた人類が今では
地球を破壊して、これからどうなってしまうのだろうと思ってしまいます。


人間の過去と未来について考えさせられる番組でした。ヒトの歴史は何と1話しかとっていなかったけど。


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幸せを呼ぶ青い鳥 ・・・ the blue bird of happiness

2019-01-08 23:58:22 | wonderland



以前に薬王院と野鳥の森に行った時、次はおとめ山に行こうと決めていた
家から歩く散歩道。意外と近くて、こんな近くに自然教育園みたいに素敵なところが
ありました。規模は比べれば小さいけれど・・


「おとめ山」一帯は、江戸時代の将軍家の狩猟地で、立ち入り禁止の意味の「御留山」から
つけられた名といわれています。明治以降は、山を南北に分けて、北側を近衛家、南側を相馬家が
所有しました。庭園は池泉回遊式のもので、大正3年に長岡半平が築造したものです。現在残って
いるのはこの部分で、戦後荒れ果てていた公園を地元の文化人が陳情して、昭和44年に区立公園として
「おとめ山公園」が誕生しました。
その後、隣接地を取得し、「区民ふれあいの森」として拡張整備事業を進め、平成26年10月26日に
全面開園いたしました。
落合一帯が妙正寺川を中心に昔から蛍の生息地であったことから、
区ではこの園内で蛍の人工養殖をはじめて、これに成功したことでも知られています。毎年7月下旬に蛍
観賞の夕べが開催されています。

新宿観光振興協会と新宿区HPにより


また体重増加気味なので近場を歩かなければと午後カメラ片手に出かけることにしました。





家から18分くらい歩いて、すぐおとめ山につきました。今日は日差しがあたたかく
気持ちのいい日でした。




水があちこちに流れていて、さすが蛍の生息地。 水の流れる音でどこから音がしているのか探しました。
まるでタルコフスキーの世界です。
上の方にあるみんなの原っぱには水琴窟もありました。




枯れた草もそのまま残っていて、季節の移ろいを感じます。

























子どもの凧揚げ風景は家の近くの公園でも見ました。




ハックン




目の前をちょこちょこと動き、追いかけっこです。




くろがねもち



















ひとまわりして出口の方に向かって降りていくと、何か青いものが飛んで、予想もしなかったカワセミが目の前に。













鳥を撮るとレンズが欲しくなります。





帰ろうかと外に出ると反対側にも入口がありました。
事務所でもあるのかと思い入っていくと、なんとこちらの方が大きい公園です。
道路を隔てて両サイドにあったのですね。

お掃除をしているおそらくボランティアの方がいて、話をしたら、ここ10日くらいカワセミが来ているということで
午前中はこっちにいたんですよと教えてくれました。

こちらの方には大きな池が2つもあり、お屋敷跡という感じで、武蔵野らしい風景で、自然教育園に行ったような感じでした。
鳥も結構いて、近くの野鳥の森公園よりずっといい公園です。規模が全然違うけど。



































区民の力で残した自然。蛍の季節もみんなで大切にしてきたものとのことでした。




こちらが全体図ですが、全部回れていませんでした。 これからときどき散歩にこようかと思っています。
人もとても少なくて原っぱで子供が数名遊んでいる程度でした。
とてもいいところなので、お時間があれば、立ち寄ってみてください。


高田馬場駅に戻り、駅沿いの道を歩いていたら、いつも気になっている不思議なお店に勇気を出して
入ってみることにしました。ヤクで作ったセーターのお店で、怖いような階段を上っていくのです。
ここは中国寧夏回族自治区と合同でやっている会社で、小売店ではなくお店と企画してものを作っている
とのことで、半端に残ったものとかを特別安く販売していました。カシミヤやヤクの質のいいものを
1/5くらいの価格で売っていました。店に入ってもだれもいなくて怖かったのですが、ベルを押すと
その上の階の事務所から人が降りてきて対応してくれました。



こんなにかわいいカーデガンがカシミヤで大変安く手に入れることができました。
ヤクとかに興味があればお知らせください。

Jan.8 2019 Takatanobaba

* コメント投稿に関する注意
  いつもコメントをお送りいただきありがとうございます。コメントがあると会話ができるので楽しく
 嬉しく思っていますが、画面によっては(特にスマホから)わかりにくいところがあり、ご迷惑をおかけしています。
 コメントを書いて表示されている数字を入力したらすぐ下の「投稿する」を押してください。それより下の
 「コメントを投稿する」を押すと今まで書いたコメントが消えてしまうとのことです。
 なおパソコン画面で表示されるURLの欄は書かなくても大丈夫ですので、まだ送ったことのない方も気軽にコメントを
 お送り下さいね。
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録画番組まとめて再生 ・・・ watching recorded telecasts

2019-01-07 23:57:28 | a day in the life
今日は七草。







そしてお正月のB面やっと解消?
実は元旦に妹の家に持っていく巻きずしを作って端っこの切り落としたところを
食べたら奥歯にかぶせてあったものが取れて、それからは舌が今までにない痛さで
半分がしびれていました。一部分でもそうなると大変なのね。うまく話せない、
呑み込めないで参ってしまいました。半分で食べるので速度も落ちて
中学の同期会の幹事を一緒にしたSさんの教えてくれたゆっくり噛むと
食後眠くならないを実証しました。舌の奥の方が切れたように痛くなり、
この辺って器官にも近いし、呼吸にも影響を起こすし、舌といっても
大切なものなのだとわかりました。ゆっくりよく噛んでいると味も
あまり感じられず・・ 人生の喜びの一つが半減したお正月でした。
痛さが軽減されるとゆっくり噛んでも味わうことができましたが。
お正月なので歯医者もやっていなく、やっと今日マンションの下にある
歯医者さんへ直行。この処置をした歯医者は元の職場の近くで
今度息子さんと一緒にすることになり、現在物件探し中でやっていません。

人間指の1本でも怪我したりすると不便で、この体はすべて生きて行くのに
必要な機能を持っているのですね。古希を迎えるこの年の初めに
これからの自分を見つめる出だしとなりました。

問題の歯は土台がもうほとんどなくて、今はまだかぶせてどのくらい使えるかを
見ることになりましたが、その後はブリッジか何かにしないとだめだということ
でした。

闘病生活をしている友達たちはどれだけ苦労されているのかと思いはせます。
私の痛みはだんだん軽くなってきて、今日一応応急処置をしてもらったので
これから引いて行くとは思うけど。

マンションの下にある歯医者さんには先生が描いたやさしい花の油絵が
飾ってありました。歯医者さんと言えば静かな曲が流れて痛みを和らげて
いますが、ここでは小さな音量でクィーンのI was born to love you が流れて来て
びっくりしました。住宅地にあるので子どもと年寄が多く来ている病院です。

病院から帰ってもYouTubeでクィーンをずっと聴いています。なんでこんなに心に響くのだろう。



(たった今「ゴールデン・グローブ賞『ボヘミアン・ラプソディ』が作品賞&男優賞の2冠!」の嬉しいニュース。
レミ・マレックは、「フレディ・マーキュリー、美しい人。この賞はゴージャスな君のお陰だよ」と天国のフレディに
呼び掛けたという。YouTubeでも映画と実際のLive Aid の演奏を並べて映しているのだけれどほんものは
もちろんもう絶対だけど、映画も並べても負けていないのがすごい。)


5日からヨガが始まりました。
5日は骨盤リセットのb-iぺルヴィス。そして6日は基本のハタヨガを
教えるの場一番上手な先生に教わりました。何時も出遅れて予約の取れない
先生です。しっかりと体を動かしたので、体の中がとても温かくなりました。
b-iぺルヴィスは地味だけど効いてくる体の調整です。b-iぺルヴィス・フローは
ダンスのようですごく汗をかきます。それぞれを楽しみながら今年も気持ちよく
ストレッチをしていきたいです。

5日は、ヨガから帰ってTVの録画スペースを確保するため、録画したのに見ていない
ものを見て消したりしました。ブル-レイが番組表を認識する頭が壊れちゃったので
録画ができなくなり、TV内の録画のみしかできなくなっているため、容量が少なくて。

・12/22 サタデー・ステーション 「日本でも危機 ”プラごみ”解決策は?」 ディーン・フジオカのバリ島取材
・NHKドキュメンタリー 人類誕生・未来編 第1集「こうしてヒトが生まれた」 2018年9月8日(土)

それを見ているうちに、Eテレで坂本龍一のドキュメンタリーがあり、出だしを見て
おもしろそうだったので、録画しながら見ました。

・Ryuichi Sakamoto:Coda

あまりきちんと見ていなかったので、翌日6日にもう一度最初から見ました。
坂本龍一は何か気が付けば見ているマークしている人です。

それぞれが興味深かったので、続けて分けてアップしたいと思いました。

娘は3日から出勤して土日もなく働き続けて、帰りも遅く、5日は遅く
すき焼きにしました。家で六義園の和菓子屋さんで買った花びら餅で
お抹茶をやっと点てることができました。



六義園のお抹茶もここの和菓子でした。








5月の改元による連休、娘には関係ないし、保育園や病院はどうなるのと
心配の声も上がっている。秋篠宮でなくても大げさなことはやめてほしいと思うよね。



正月料理の残りで作った今日の昼食と夕食



1年に1回くらいしか作らないので丸くならない太巻き。昆布巻きのために戻しすぎた
かんぴょうとお煮しめにしなかったもどしてあった椎茸を利用。



夜のビーフシチューは豚肉のプラム煮のワインがたくさん入ったソースが残ったので捨てるに惜しく
すね肉を煮込んだシチューに使いました。

今日でやっと正月料理もほぼ片付きました。お正月週間の終わり。
お正月が終わっても仕事に出かけないことに慣れていない変な感覚の私。


六義園に一緒に行った友人からインスタを勧められて、気楽に初めてみました。
ユーザーネーム bluebluemoon0520です。
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オリエント・カフェ  ・・・ Orient Cafe

2019-01-06 21:37:02 | pause-cafe


オリエントカフェ

ちょっと気を抜いてお昼前だったけれどお店の扉を開けたら、待っている人はいなかった
けれど予約で一杯とのこと。皆さんゆったりするので1時間くらいかかるとか・・

喉が渇いていたのでミュージアム・ショップを見てからお茶を飲むことにしました。
駅の方に歩いて行って、良さそうなお店をみつけて入りました。






時間になったので、通りのお店のウインドウを見ながら東洋文庫に戻りました。





ランチはオムライスにしました。
中庭を眺められるいい席でした。美術館っていいレストランを併設しているけど原美術館とか
美術館に入らないと行けないけれどここは別に入口もあり大丈夫です。また美術館も洋服にシールを貼るので
出入りも自由でした。




コンソメスープとサラダ






オムライスとてもおいしかったです。




お茶はついてくるけれどデザートは別です。小岩井農場がやっているので
チーズケーキにしてみました。

紅茶とケーキでゆったりとずっと話しっぱなしです。
彼女は仕事をつづけながら認知のお母様の面倒を見ています。ウィークディはデイ・ケアに
行っているとのことだけど帰ってきてから食事やいろいろ今までのお母さんと違うお母さんを
見るのは大変だと思います。
ストイックにヨガも毎日行っているとか。私の高校とも関連があり、興味の対象も似ていて
何か通じるものがあります。不思議なご縁です。こんな年寄りに付き合ってくれてありがたく思います。




















家に帰る途中にスーパーによって、そこから少し小高いところにある公園を通って
帰るのですが、花を撮っていたら、近くのマンションにでもいるネコか
近くに寄ってきて、ゴロニャンしていました。
















いい子だね~と岩合さんの目線。









Jan.4  2019   Orient Cafe

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こんなところに東洋文庫ミュージアム ・・・ Toyo Bunko Museum 

2019-01-05 22:00:21 | wonderland
六義園から東洋文庫へ向かいました。六義園の奥の静かなところに在りました。
としちゃんも偶然見つけたとブログに書いていました。彼女の詳しい報告はこちらへ。

実は私たちの狙いはその奥のオリエント・カフェでのランチです。美術館に行かなくても
直接入ることができますが、大地図展も面白そうで、時間もあるので、入ってみてみました。
イブン・バトゥータとか鄭和の航海図と世界史で聞いたことがありますね。高校生の頃
ヘディンとかよく読みました。私は進学で史学科に行きたかったけど、父親に手に職をつけろと
言われて、好きだった美術を選びましたが、才能がないので落ちて英語も好きだったので
英文科へ行ったという経緯があります。結局一つに絞れなかったということだったのね。













目的地は中庭の向こう・・




イブン・バットゥータ(14世紀)の旅 フランシスコ・ガブリエッリ編 1961年 イタリア語版の抄本
                                   フィレンツェ刊



テュルク諸語集成(マフムード・カーシュガリー 1077年)




オルテリウス(1527-1598)と「世界の舞台」の歴史  コルネリウス・クーマン著 1964年
                                     ローザンヌ刊



ヤマ―マ村のサアール家の歴史  2015-2016年 リヤド刊
イドリーシー(1100-1165)による地図

地図だかなんだかさっぱりわからないけれど
日本が登場する最初の世界地図と言われていて
アフリカ東端に島国「ワクワク」倭国があるとか。

世界地図なんて大航海時代頃にできたのかと思ったけど、それにしても
測定して書いた人はすごいですよね。地球が丸かったことを
発見した人間はどんだけ驚いたことでしょう。地動説もね。










岩崎が買い取ったというコレクションもすごい。これは閲覧もできるそう。デジタル化も進んでいるようです。
これを見たときに祖父が昭和の初めのころロンドンに留学して日本に帰った時にたくさんの洋書を持ち帰り、
家にあったのを思い出しました。保険の勉強に行ったのですが、文学書もあってその中から私はシェイクスピア
の全作品(これが辞書のように1冊に入っています)とチャールス・ラムの何かと、デフォーの「モル・フランダース」
とT.ハーディをもらっていました。モル・フランダースは読んで宿題の感想文を書いた記憶があります。



















日本地図と伊能忠敬、浮世絵などの展示がたくさんありました。
足だけで日本地図を何回も全国を回って作成した伊能忠敬のエネルギーってすごいですね。
航空写真もグーグルマップもない時代に。























カフェは中庭の向こう側でガラス張りで中が見えて、まだあまり人もいなそうと安心していて、お昼近くになって
行ってみたらなんと予約とすでに来ている人で1時間待ちとか・・
せっかくなのでショップを見て街をぶらぶら歩いてみることにしました。


おまけ)
関係ないけれど思い出した祖父からもらった本





真ん中にあるのがシェイクスピアのcomplete works

Jan.4 2019 Toyo Bunko Museum
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朝の六義園で ・・・・ at Rikugien in the morning

2019-01-04 23:57:40 | seasons
友人から仕事が早朝だけになったとの連絡をいただき、会うことにしました。
どこかいい場所がないかと思っていたら、年末にとしちゃんに教えてもらった
東洋文庫ミュージアムを思い出し、駒込で待ち合わせを9時半にしました。
朝早すぎてミュージアムはまだオープン前。近くの六義園を散歩してから
行くことにしました。

朝早くだと数組の外国人観光客とゆったり過ごしている日本人が少しだけいただけでした。
お日さまも照って話をしながら気持ちのいい散歩となりました。

























池にはスズカモやホシハジロなどのたくさんの水鳥が来ていました。




池を眺めながら、ゆっくりとお抹茶とお菓子をいただきました。
ここではよく外国人もお茶を点ててもらっています。
















落っこちそうで心配になった。写真だと引き伸ばしているから猫とわかるけれど
肉眼では白黒のものが石に張り付いていて何かよくわからない状態。
同じようにゆったりとお抹茶をいただいている方が白黒のねこちゃんがここには
いますねと話してくれました。

その方はここにきて気持ちをすっきりさせるとのことで、マイナスイオンが気持ちいいと
おっしゃっていました。年齢によって安くなる年間のパスを持っていて、見せてくれました。
1年間有効でなんと65歳以上だと600円という超お得。お近くに住んでいるという恵まれた方でした。
次回来たらパスにしようかと思いました。










鳥の鳴き声がして、見るとエナガのよう・・ そこは双眼鏡を持ったバード・ウォッチャーがいらして
少し時期が早いけど2羽で巣作りのための白い綿毛のようなものを集めていますねと教えてくれました。
バードウォッチングを始めたばかりとのことでしたが、よく御存じでした。後からご主人が来て
二人で鳥を見ていていいなーと思いました。
























最初にお抹茶のところでお会いした方が後からまた来て、さっき話したのはここの小さな滝のことよと
教えてくれました。










フレディ・マーキュリーが六義園が大好きだったとの記事が張ってありました。
フレディもジョン・レノンのように神話になりつつありますね。





公園に来ている人たちとも二言三言の会話もあり、気持ちのいい散歩でした。


Jan.4  2019  Rikugien Gardens
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