北海道新聞に連載している「碓井広義の放送時評」。
今回は、この秋の“秀作ドラマ”2本をめぐって書いています。
映画監督によるドラマ
丁寧に撮られた陰影、情感
丁寧に撮られた陰影、情感
さまざまなタイプが並んだ秋の連続ドラマ。中でも異彩を放つのが「ゴーイングマイホーム」(フジテレビ=UHB、火曜夜十時)だ。
まず、このドラマにはあらゆる難事件を解決する刑事や、どんな手術も失敗しない外科医は出てこない。阿部寛と山口智子の夫婦をはじめ、ごく普通の人物ばかりだ。展開されるのも日々の仕事、子育て、親の世話だったりする。それなのに彼らから目が離せない。思えば、私たちが送る日常生活自体が、実はかなりの大事業であり、大冒険なのである。
次に、ここには“ドラマらしい台詞”が出てこない。使われているのは日常の言葉だ。たとえば、夫の入院先で家族を失って泣く人たちを見た妻の吉行和子は、「あたしもあんなふうに泣くのかなあ」とつぶやく。またCM用の料理を手掛けるフードスタイリストである山口智子がさらりと言う。「美味しそうと、美味しいは、別なんだよ」。
脚本・演出は映画「誰も知らない」などの是枝裕和監督だ。普通、連続ドラマは複数のディレクターが担当するが、今回は是枝監督が全編を作り上げることで、その世界観がより鮮明になっている。特に日常との合わせ鏡のように挿入される、「クーナ」と呼ばれる妖精のエピソードがこれからどう効いてくるのか、注目したい。
十月はもう一本、特筆すべきドラマがあった。TBSとWOWOWの共同制作ドラマ「ダブルフェイス」である。TBSが十五日に流した「潜入捜査編」は、ヤクザ組織に潜り込んだ捜査官(西島秀俊)が主人公だ。一方、スパイとして警察内部に潜む刑事(香川照之)を描いた「偽装警察編」は二七日にWOWOWで放送。局の垣根を超えた編成だった。
正体を暴かれることへの恐怖と、本当の自分と偽りの自分との境界が崩れていく不安。強い葛藤を抱えた男たちを、二人の俳優が緊迫感あふれる演技で見せていた。特に警察官である自分を見失いそうな西島の苦悩が印象に残る。もちろん、冷徹に警察を裏切り続ける香川も役に溶け込んだかのようだった。
原作は香港映画「インファナル・アフェア」。そのリメイク版が「ディパーテッド」だ。しかし、脚本の羽原大介(映画「フラガール」)と羽住英一郎監督(「海猿」シリーズ)は、日本的組織と対峙する個人にこだわることで独自のドラマに仕立て上げていた。さらに是枝ドラマと同じく、ワンカットずつ丁寧に撮られた映像の陰影と情感も、今やテレビの“大票田”である中高年を魅きつける。
(北海道新聞 2012.11.05)