内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「離脱・放下」攷(八)― マルグリット・ポレート『単純な魂の鏡』(一)

2015-04-05 14:31:13 | 哲学

 マルグリット・ポレートの『単純な魂の鏡』(以下、『鏡』と略記)についての記事を書くにあって、私の手元にある参考文献は以下の四点である。因みに、平凡社『中世思想原典集成 15 女性の神秘家』に同書の部分訳が収録されているが、未見である。
 (1)Le Miroir des âmes simples et anéanties, introduction, traduction et notes par Max Huot de Longchamp, Albin Michel, collection « Spiritualités vivantes », 2011, 272p. 私が所有しているのはポケット版の第二版だが、その第一版は一九九七年出版。初版は一九八四年。最もオリジナルに近いとされる現在シャンティイに保管されている古フランス語原文の現代フランス語訳である。序論の中で、訳者は、その文体それ自体が『鏡』の魅力をなしている古フランス語の原文を現代フランス語に訳すことの難しさを嘆いて、原作の煌めくような文章を「工場生産された鏡のごとく無記名な製品」(un produit aussi anonyme qu’une glace industrielle)に変容させてしまったかの感を抱かざるをえなかったと言う。しかし、次に掲げる別の現代フランス語訳の訳者は、この明晰な訳のおかげで、原文の意味不明な箇所の理解が得られたことは一再ならずあったと証言している。
 (2)Le Miroir des simples âmes anéanties, traduit de l’ancien français par Claude Louis-Combet, présenté et annoté par Emilie Zum Brunn, Jérôme Millon, collection « ATOPIA », 2001 (1re édition, 1991), 264p. 訳者は、「神秘主義の友」である詩人。前書きとして解説文を書いている中世西欧神秘主義研究の碩学エミリー・ツム =ブルンは、その解説文をこの翻訳への次のような賛辞で締め括っている。「ただ詩人のみが、実際、その魔力が「言葉がそこで引き返すところ」へ行くように私たちを誘う神秘的な言を忠実に訳すことができる。」(Seul le poète en effet peut rendre avec fidélité le verbe mystique dont la magie nous convie à aller « là où les mots rebroussent chemin ». p. 25)上の現代フランス語訳とは違って、訳者は、「訳者注記」の中で、現代フランス語としての読み易さよりも、原文の「精気」を復元することに注意を払い、できるかぎり、その古の情趣・リズム・詩的呼吸を保つべく、原文に忠実であろうと努めたと言っている(p. 26)。
 (3)G. Epiney-Burgard et E. Zum Brunn, Femmes Troubadours de Dieu, Éditions Brepols, 1988. この本については、西洋中世の女性神秘家についての記事を書き始めてから度々引用しているので、その全体の紹介は繰り返さない。同書の第九章がマルグリット・ポレートの生涯(といっても、異端宣告を受けて火刑に処されるまでの経緯以外は、彼女の生涯について知るための資料はほとんど残っていない)と『単純な魂の鏡』の思想の解説、第十章が『鏡』からの抜粋訳。
 (4)Encyclopédie des mystiques rhénans d’Eckhart à Nicolas des Cues et leur récetpion, Cerf, 2011. この事典についても、先日、マグデブルクのメヒティルドについての第一回目の記事の中で言及した。総勢百人を超える英仏独語圏の研究者たちを動員した、エックハルトとニコラウス・クザーヌスとを中心としたライン河流域神秘主義とその今日に至るまでの影響というテーマに特化した、総頁数一三〇〇頁近いこのきわめてユニークな事典は、私の座右の書の一つである。この事典の「マルグリット・ポレート」の項は、四頁に渡っており、それを読むことで、このフランス人女性神秘家について、今日まで伝わるごく僅かなその伝記的事実と『鏡』に展開された中心思想のあらましとを知ることができる。