昨日までの一月余りに渡って、ライン河流域地方神秘主義の頂点であるエックハルトへと至るヨーロッパ中世のキリスト教神秘思想の歴史の流れを、エックハルトに何らかの影響を与えたと見られる女性神秘家たちの作品を年代順に訪ねることから始めて、いわばエックハルトという最高峰の麓のベースキャンプに辿り着くところまで旅してきた。山頂へのアタックは、しかし、しばらく先の事になるだろう。
この間ずっと繰り返し聴いていた音楽がある。それは、今回の一連の記事ではエックハルトへの直接的な影響はないとの理由で4月2日の記事で一言だけ言及した、「ラインの女性予言者」と呼ばれるヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098-1179)の声楽曲である。おそらく西洋中世最初の女性作曲家であるヒルデガルトは、見神体験時に天上から妙なる音楽が聞こえて来たらしい。その旋律に合せて彼女自身によって作詞されたラテン語の歌詞の内容や知己との往復書簡の中の記述などから、そのように考えられている。聴いていると、きっとそうであったろうと思われてくる。
今日の私たちにとって大変ありがたいことに、ヒルデガルト全作品の素晴らしい録音がある。西洋中世音楽専門の演奏グループとして国際的名声を得ているセクエンツィアによる演奏である。今日の記事のタイトルは、その作品の一つ Symphonia harmoniae caelestium revelationum からとった。中世では、« Symphonia » は多義的な言葉であったが、ヒルデガルトのこの作品においては端的に「音楽」全体を意味している(Hildegarde de Bingen, La symphonie des harmonies célestes, traduit du latin par Rebecca Lenoir et Christophe Carraud, présenté et annoté par Rebecca Lenoir, Jérôme Millon, 2003)。
およそ八百五十年前に、霊性に満たされた一人の聖女によって、ライン河流域の女子修道院で作られた、天上から流れ来る清水のような音楽に、今日も心が癒やされる。