『笈の小文』中の一句。久しぶりに故郷伊賀上野で越年し迎えた貞享五年(1688)元旦の作。この年、芭蕉は数えで四十五歳。
この句の前書きに、「宵のとし、空の名残おしまむと、酒のみ夜ふかして、元日寝わすれたれば」とある。大晦日、故郷の兄姉妹や旧友たちと宴の席で酒を酌み交わし、いささか飲み過ぎて、翌日元日の日の出を見逃す。せっかくの新春を寿ぐべく、二日にも同じしくじりは繰り返すまいと詠む。そこには故郷で寛ぐ芭蕉の姿も浮かぶ。
前年の暮、郷里に着いて、亡き父母を想い、
旧里や臍の緒に泣く年の暮
と詠んでいる。亡き両親との絆、とりわけ母親との絆の形見である臍の緒を見て、おのずと幼少期からの想い出が湧き起り、涙を禁じ得ない。
新しき年、また故郷を離れ、「造化にしたがい、造化にかえる」旅は続く。