西田幾多郎『善の研究』の最終章「知と愛」は、第四篇「宗教」の中では最も早く独立に書かれた文章であり、もともとは清沢満之を中心とする信仰共同体であった浩々洞から刊行されていた雑誌『精神界』第七巻第八号(一九〇七年八月十日)に発表されています。しかし、『善の研究』の思想と「連絡を有すると思ふから此に附加することとした」という西田自身による一行の注記が同章の冒頭に置かれています。同章は全集版でわずか三頁ほどの短い文章です。その中から、昨日の記事で引用したエンリコ・マラトの『ダンテ』の前書きと内容的に特に共鳴する箇所を引いておきたく思います。
斯の如く知と愛とは同一の精神作用である。それで物を知るにはこれを愛せねばならず、物を愛するのはこれを知らねばならぬ。数学者は自己を棄てゝ数理を愛し数理其者と一致するが故に、能く数理を明にすることができるのである。美術家は能く自然を愛し、自然に一致し、自己を自然の中に没することに由りて甫めて自然の真を看破し得るのである。また一方より考えて見れば、我はわが友を知るが故にこれを愛するのである。境遇を同じうし思想趣味を同じうし、相理会するいよいよ深ければ深い程同情は益々濃かになる訳である。しかし愛は知の結果、知は愛の結果というように、この両作用を分けて考えては未だ愛と知の真相を得た者ではない。知は愛、愛は知である。