スタロバンスキーには Action et réaction. Vie et aventures d’un couple, Édition du Seuil, 1999 という著作があり、これには邦訳(『作用と反作用―ある概念の生涯と冒険』、井田尚訳、法政大学出版局、「叢書・ウニベルシタス」、2004年)があります。同出版局のサイトの内容紹介は以下の通り。
科学史・文学史・哲学史の流れの中で,作用と反作用という一対の概念が辿った道のりをパノラマ的な視野で捉え,近代ヨーロッパの壮大な「知の歴史」を映し出す。
この紹介からもわかることですが、〈作用-反作用〉という対概念の思想史的研究です。原書の副題には « un couple » とあります。作用と反作用との「つがい」性が様々な問題領域を通じて考察されているからです。
しかし、概念の定義の変遷と多様性を抽象的に、それこそ概念的に記述しただけの通史とは異なり、〈作用と反作用〉という「カップル」が実際に登場するテキストが多数引用され、それぞれの場面に即して精細な分析が展開されていきます。スタロバンスキーならではの実に内容豊富な研究です。
本書の冒頭には、エピグラフとして、『ミメーシス』で有名な文献学者・文芸批評家エーリヒ・アウエルバッハの書簡の一節が引用されています。その書簡は、後注によると、Briefe an Martin Hellweg (1929-1950) からの引用だとわかるのですが、この宛先人が誰なのかは私はまったく知りません(邦訳には訳者注としてちょっと説明があるかもしれません)。引用されている書簡は1939年5月22日にイスタンブールから発送されています。ユダヤ人だったアウエルバッハがナチスの迫害を逃れ、イスタンブールのトルコ国立大学のロマンス語教授だった時期に書かれたものでしょう。引用部分の内容からして、若き研究者であろう宛先人への研究方法についての助言としてこの書簡は書かれたのではないかと推測されます。
もしあなたが、研究の技法として、一般的な問題から出発するのではなく、例えば、一語の歴史とか、ある一節の解釈とか、適切かつ堅固なし方で選択されたある一つの些細な現象から出発するのならば、私は大いに喜ぶことでしょう。そのようにして選ばれる些細な現象が小さすぎることも具体的過ぎることもありえません(どんなに小さくてもどんなに具体的でもいいのです)。それは決して私たち或いは他の学者たちによって導入された何らかの概念であってはなりません。そうではなく、対象自身が(自ずと)示してくれる何ものかでなくてはなりません。
このアウエルバッハの書簡の一節がスタロバンスキー自身の研究方法の要約にもなっているからこそ、エピグラフとして本書の冒頭に置かれているのでしょう。
私もまた、その情けない浅学菲才はどうにも致し方ないとしても、このアウエルバッハの言葉を深く心に刻んで、残された時間の中、研究していきたいと思っています。