内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

現出(émergence)としての神秘経験

2018-07-13 23:59:59 | 哲学

 フランス語で、それまでそこになかったものが現れることを émergence という。例えば、« émergence d’un fait nouveau modifiant une théorie scientifique » [ある科学理論を修正させる新事実の出現]というように使う。生物学の分野では、「発展、進化の過程で、それ以前の段階では予想できなかった新しい特性の出現」という意味で使われ、「創発」という一般にはあまり使われない訳語が充てられる。
 この概念については、拙ブログの2014年9月2日・3日の記事で Anne Fagot-Largeault の論文 « L’émergence »(dans Daniel Andler, Anne Fargot-Largeault, Bertrand Saint-Sernin, Philosophie des sciences II, Gallimard, collection « Folio essais », 2002, pp. 951-1048)に依拠してラヴェッソンの『習慣論』における自由論を考察したときに取り上げている。
 この概念が昨日の記事で言及されている Frédéric Nef, La connaissance mystique の中で最重要鍵概念の役割を果たしていることは、本書の副題が Émergence et frontières となっていることからもわかる。

Dire que la mystique est un émergent, c’est dire qu’elle représente une nouveauté complète par rapport à eux. Cette base d’émergence, dans le cas de la mystique, contient des rites, des rituels, des symboles, des codes, qui forment l’essentiel de ce que l’on appelle « religion » et de leur complexité émerge la mystique. En ce sens, la mystique pourrait former un niveau empirique, autonome dans la science cognitive de la religion. On pourrait accepter que la religion émerge d’un processus que l’on peut naturaliser et que la mystique représente une seconde étape de l’évolution (Frédéric Nef, La connaissance mystique : Émergences et frontières, Éditions du Cerf, 2018, p. 21).

 肯定的にであれ否定的にであれ、神秘的経験を言表不可能な特異な現象とするのではなく、宗教の認知科学において固有の自律的領域をもった経験の問題として把握するために émergence という概念が用いられていることがよくわかる一節である。
 私が特にこの概念に注目するのは、ネフの大著そのものの理解のためにそれが不可欠だからというだけでなく、シモンドンと西田とを結びつける「絆」がそこにあり、かつ両者の哲学がネフの議論をさらに発展させる契機を与えてくれると考えるからである。