内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

己の心の深き井戸の内に神を探す ― エティ・ヒレスムの日記から

2018-07-24 19:45:51 | 読游摘録

 エティ・ヒレスム(Etty Hillesum, 1914-1943)というオランダ南部ゼーランド州生まれのユダヤ人女性のことを覚えている日本人は今どれくらいるのだろうか。アウシュヴィッツ強制収容所で亡くなるまでの二年間に彼女がアムステルダムで綴った日記は、1981年にオランダで出版されると、たちまち欧州で大評判となった。
 その邦訳(大社淑子訳)も『エロスと神と収容所 エティの日記』というタイトルで朝日選書の一冊として1986年に出版された。現在、版元品切れ・再版未定となっているが、朝日新聞出版のサイトには今でも本書の紹介頁があり、その宣伝文句は、「アウシュヴィッツで死んだ若いユダヤ人女性がナチ占領下のアムステルダムで綴った日記。豊かな文学的素養を備えユング派心理学者を恋人とした女性の、神との対話、愛の探求、時代の証言者たらんとする姿勢が深い感動を呼び、各国で大反響」となっている。
 原本初版出版五年後の1986には、エティ・ヒレスムがヴェステルボルク通過収容所から身近な人たちに送った書簡集が出版され、その三年後の1989年には、その邦訳『生きることの意味を求めて―エティの手紙』(大社淑子訳、晶文社)も出版されている。だが、こちらも今では絶版。アマゾンでは18000円という高値が付けられている。
 英訳は現在も出版されている。定価はやや高めだが。仏訳は、日記と書簡集を合本にしたペーパーバック版 Une vie bouleversée. Journal 1941-1943 (suivi de Lettres de Westebork), Seuil, coll. « Points », 1995 が今も普通に販売されている。しかもわずか7€90で。私が持っているのもこの版。
 この Une vie bouleversée が Michel Cornuz, Le ciel est en toi の第二章第一節で、非宗教的神秘経験の探求の例として詳しく紹介されている。エティの日記には、制度化された特定の宗教に固有の概念・言説に頼ることなく、自らの内面的省察が日常の様々な出来事(そこにはやっかいな男女関係も含まれる)と切り離し難い仕方で綴られている。

 Mardi 26 août au soir. Il y a en moi un puits très profond. Et dans ce puits, il y a Dieu. Parfois je parviens à l’atteindre. Mais plus souvent, des pierres et des gravats obsturent ce puits, et Dieu est enseveli. Alors il faut le remettre au jour.
 Il y a des gens, je suppose, qui prient les yeux levés vers le ciel. Ceux-là cherchent Dieu en dehors d’eux. Il en est d’autres qui penchent la tête et la cachent dans leurs mains, je pense que ceux-ci cherchent Dieu en eux-mêmes (Etty Hillesum, op.cit., p. 55).

 8月26日(火)夕刻。私のなかにはとても深い井戸がある。その井戸の中に神がいる。ときにそこにたどり着ける。でも大抵は石ころや瓦礫がその井戸を塞いでしまって、神は埋め込めらてしまう。だったら、また神を日の下に出してあげないと。
 目を空に向けて祈る人たちがいる。その人たちは神を自分たちの外に探す。他方、頭を垂れ、頭を両手の中に隠す人たちがいる。彼らは神を自分たち自身のうちに探しているのだと私は思う。