次の文章を読んで、設問に答えよ。
文明年中に長柄僧都昌快とて、学行すぐれたる僧あり。世をいとうて西院の里に引きこもり、草庵を結びて、Aしづかにおこなはれしに、ある日あやしき人たづねて入り来たる。年五十ばかり、その姿はなはだ世の常ならず。いただき円くして下に角ある帽子をかづき、ア直衣の色浅葱にて、その織りたる糸細くかろらかにうすきこと、せみのつばさに似たり。みづから秩父和通と名のりて、僧都とさしむかひ座してさまざま物語す。「我はもとこれ武州秩父郡の者、中頃都にのぼり、それより本朝諸国のうちゆかざるところもなく、見ざるところもなし」といふ。僧都、心に思はれけるは、「これまことの人になむあらじ」とおしはかりながら、しばしば問答して時をうつす。真言三部の秘経、両界のイ曼荼羅、印明陀羅尼、灌頂のことまでも、その深き理をb述ぶるに、僧都いまだ知らざること多し。それより世のうつりゆくありさま、昔今のこと、まのあたり見たるがごとくに語りけり。僧都問ひけるは、「君の帽子は本朝の制法にa似ず。外円くして内方なるは何ゆゑぞや」と。和通答へけるは、「およそ天地万物のかたち品々ありといへども、つづまるところは、( X )、ふたつの外なし。我、外を円かに心を方にす。天のかたちは円く、地のかたちは方なり。円きは物にかたちよらざるところ、方なるは物の正しきところなり。されば我が道は( Y )、しかも万物にはづれず。正しくして曲がりゆがまず。これをあらはして頭にいただけり」といふ。僧都のいはく、「君の直衣ははなはだ Bかろく細うしてうすし。これいづれの国より織り出だせる」と。和通答へけるは、「これ五銖の衣と名づく。天上の衣は三銖といへども、下天の衣はみな重き五銖・六銖なり」といふ。僧都、 C「さてはいよいよ人間にあらず」と思ひて、重ねて問ひけるは、「君まことはいかなる人ぞ。名のり給へ」といふに、この人うち笑ひ、「僧都の道心深きによりてこそ来たりて物語はすれ。我が名を名のるには及ばず。やがて名のらずともしろしめされむものを。今は日も暮れ方なり。いとま申さむ」とて、座を立ちて出づる。
(『伽婢子』による)
(注) *文明 室町時代の年号。一四六九~一四八七年。
*両界 密教の金剛界と胎蔵界。
*印明陀羅尼 手に結ぶ印、口に唱える呪文。
*灌頂 香を混ぜた浄水である香水を頭からそそぐ密教の儀式。
*方なる 四角い。
*銖 重量の単位。一両の二十四分の一。
*下天 天上界のうち、下位の天。
問一 赤部(ア)・(イ)の漢字の読みを平仮名で記せ。現代仮名遣いでもよい。
問二 赤部A「しづかにおこなはれしに」を現代語訳せよ。
問三 青部の動詞a「似」、b「述ぶる」の活用の種類と、活用形を記せ。
問四 空欄( X )に入る最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選び、番号で答えよ。
① 円き、方なる
② 正しき、ゆがみたる
③ かたちある、かたちなき
④ 外、内
⑤ 外、心
問五 空欄( Y )に入るも適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選び、番号で答えよ。
① 天地に正しくして
② 天地に品々にして
③ 万物に正しくして
④ 万物にかたよらずして
⑤ 万物にまよはずして
問六 赤部B「かろく」と同じ意味を示す語を文中から抜き出し、その品詞名も記せ。
問七 赤部C「さてはいよいよ人間にあらず」とあるが、僧都はなぜそのように思ったのか。二十五字以内で記せ。
<出 典> 浅井了意 『伽婢子』<和銅銭>の一節
<解法>
【問二】「おこなふ」は「仏道修行する・勤行する」を表す基本単語。「れ」を文脈から尊敬とする。
【問四】「外円くして内方なるは何ゆゑぞや」という疑問に対して、「天地万物のかたち」という視点から返答していることから選ぶ。
【問五】空欄Yのある文の冒頭に「されば」があるので直前の文が原因となる。空欄Yの直後の「しかも万物にはづれず」が直前の文の「物の正しきところ」と対応しているので、空欄Yは直前の文の「物にかたよらざるとこと」と対応していることになる。
【問六】傍線部を含む直後は「かろく細うしてうすし」とあり、それが文章の前にある「糸細くかろらかにうすきこと」と対応している。
【問七】直前の和通の会話に五銖の衣の説明がなされているが、それが「下天の衣」と語っている。
<解 答>
【問一】 ア=なほし(のうし) イ=まんだら
【問二】 通釈傍線部参照。
【問三】 a=(ナ行)上一段・連用形 b=(バ行)下二段・連体形
【問四】 ①
【問五】 ④
【問六】 かろらかに・形容動詞
【問七】 下天の衣である五銖の重さの衣を和通が着ているから。(句読点とも25字)
(別解 人間界にはない五銖の重さの衣を和通が着ているから。)
【通 釈】
文明年間に長柄の僧都昌快といって、学問や修業に優れている僧がいた。俗世を避けて西院の里に引きこもり、草庵を結んで落ち着いて仏道修行なさっていたところ、ある日、怪しい人が訪ねてきた。年齢は五十歳くらいで、その姿がとても尋常ではない。頂が丸くて下に角がある帽子をかぶり、貴族の通常服である直衣の色は浅黄色で、その織った糸は細く軽やかで薄いことは蝉の羽のようである。自分で秩父和通と名乗って、僧都と向かい合って座り様々な話をする。「私は元武蔵の国秩父郡の者で、あまり遠くない昔 に都へ上り、それ以来日本の諸国で行かないところもなく、見ないところもない」と言う。僧都が心の中で思われるには「この人は真っ当な人間ではあるまい」と推し量りつつ、何度も問答して時間を過ごした。真言三部の秘経、両界の曼荼羅、印明陀羅尼、灌頂(と言った秘教・秘儀)のことまで、その深い道理を述べると、僧都がいまだに知らないことが多くあった。それから世の中の変化する様子や、昔や今のことを目の当たりに見たように語った。僧都が尋ねるには「あなたの帽子はわが国の製法と似ていません。外が丸くて内が四角いのはどういうわけですか」と。和通が答えるには「だいたい天地の万物の形状はいろいろあると言うけれど、結局は円と四角形の二つしかありません。私は外を円に中心を四角形にしています。天の形は丸く、地の形は四角いのです。丸いものは物にかたよらないところ、四角形は物の正しいところです。だから、私の道は万物に偏らないで、しかも万物に外れません。正しくて曲がりゆがみません。これを表現して頭に(帽子として)戴いているのですよ」と。僧都が言うには「あなたの直衣は非常に軽やかで薄い。これはどこの国で織り出したのですか」と。和通が答えるには「これを五銖の衣と言います。天上の衣は三銖と言いますが、下天の衣は全て五銖か六銖なのです」と言う。僧都は「それではますます人間ではあるまい」と思って、重ねて尋ねるには「あなたは本当はどういう人なのですか。名乗ってください」と言うと、この人は笑って「僧都の道心が深いので来て話をしたのだよ。私の名を名乗るには及びません。そのうち、名乗らなくてもお知りになるでしょうよ。今は日も暮れた頃です。お別れ申し上げましょう」と言って、座を立って出ていった。
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