国語屋稼業の戯言

国語の記事、多数あり。国語屋を営むこと三〇余年。趣味記事(手品)多し。

●笑ひ話を楽しまん! 〔2〕(前半) いいかげんな者の思いつき 係り結び・文脈

2023-04-29 15:46:33 | 国語

講談社学術文庫『醒睡笑』52頁15番より

【現代語訳】

いいかげんな者がいたそうだ。その人はしっかりした人に向かって「私は日本一のことを思いついたぞ」を言った。「どんなことを思いついたのか」と問う。「臼で米をつくのを見ると、下へさがる杵は役に立つと見える。しかし、上へあがる杵が無駄である。だから、上にも臼を釣り、米をつくならば、上下の米をついて、杵の上げ下げが無駄にならないにちがいない」と言い終わらないうちに、すぐれている者「さて、釣り下げている臼に米は入ることはできないだろう」と尋ねると「なるほど、その考えを全くしなかった」と。

 

 

【改変古文】

おろそかなる者ありけり。その者、おとなしき人にむかひて「我は日本一のことを思ひつきけり」とぞ言ひける。「何事をか思ひつく」と問ふ。「臼(うす)にて、米をつくをみるに、下へさがる杵(きね)は役に立つと見ゆ。されど、上へあがるきねが、いたづらなり。しかれば、上にも臼を据ゑ、逆様に臼を釣り、米をつかば、上下の米をつき、杵の上げ下げ、あだになるまじと思案したり」と言ひ果てぬうちに、かしこき者「さて、釣りさげたる臼に米、え入らじ」と問へば、「げにそを思案はつゆせず」と。

 

 

 

おろそかなる者ありけり。その者、おとなしき人にむかひて

(いいかげんな者がいたそうだ。その人はしっかりした人に向かって)

 

中心人物の見抜き方だが多くの場合、最初の人物である。特に今回の場合は確定である。なぜでしょう?
次の一文の出だしが「その者」だから。2文続けて同じ人物が主語だから主人公に決まっているじゃん。これを文脈というのである。文脈をつかむには根拠をもつこと。昔、寝ていた生徒に「どうして解答がエになった!」と聞いて慌てて目が覚めて彼/彼女は言ったね。「文脈だから」。文脈は万能の言葉だと思っている生徒がいること、文脈と言う言葉が漠然と受け止めている生徒がいることを認識した瞬間である。と言いつつ、ひっくり返すが私も高校時代「文脈」という言葉が分からなかった。教師が「文脈からわかるな」という解説をしていたからである。文脈がどうするとわかるか。それを教えねば教える立場にない。根拠を示す、せめて連想できるように教えなくてはいけないと決心している次第である。今回は

 

指示語は文脈を作る

 

ということを理解しておこう。

 

「おろそかなる者」「おとなしき者」は古文単語の意味がわかないとつかみにくい。

 

おろそかなり  いいかげんだ・粗末だ・粗略だ

 

である。「愚か者」「予習を疎(おろそ)か」「おろおろする」あたりから、推測、連想ができよう。これらの語感で暗記してほしい。これを語源・語感で単語を暗記するという技である。

ついでにセット化するために、

 

おろかなり  いいかげんだ・(女性に対していいかげんだと)愛情が薄い・不十分だ

 

これも覚えておこう。

「むかひて」は「向かって」。いいかげんな者が「おとなしき者」を相手に話しているということは反対の性質を持った人物ということは推測が付く。

しかし、ここで古文単語「おとなし」を知っていれば上記のように文脈に頼らなくていい。知識は文脈を容易につかませるのだ。

 

おとなし【大人し】  大人っぽい・思慮分別がある

 

【 】内の語源で連想・理解しよう。現代語の「おとなしい」に引っ張られない事。こういう単語(今と意味が異なる単語)を古今異義語という。入試ではよく出る。なぜなら古今異義語の意味が分かるのは暗記作業した=努力した証拠だからだ。努力のできる健気な生徒を大学は望むのだ。

 

「我は日本一のことを思ひつきけり」とぞ言ひける。

(「私は日本一のことを思いついたぞ」を言った。)

 

「けり」が会話にあるね。前回、

 

会話中・和歌中内の「けり」は詠嘆

 

という公式を教えたはず。「だなあ」が代表的な意味だが、ここでは「よ」で詠嘆を表してもいいか、いいよな、な。

「私は日本一のことを思いついたよ」と言った(そうだ)という訳になる。

ここで「ける」って何? と思う人は偉い! そういう疑問が持てるのは古文学習のコツが分かってきた証拠。「ける」は過去の助動詞「けり」の連体形である。普通は文末(。・と・など)の上は終止形である。連体形は、まだ、実感しなくていいが、終止形は「終わる・止まる」の意味なので理解してくれ。

さて、終止形であるはずの部分が「連体形」になってしまう。なぜかというと上に「ぞ」があるからである。ここで有名な「係り結び」が出てくる。一度は聞いたことがあるかもしれないが、要は本来、終止形で終わる部分が「連体形」や「已然形」になるのである。

係り結び

 

ぞ・なむ〔強意〕    →  連体形(~u=う段・~き)

や・か〔疑問・反語〕  →  連体形(~u=う段)・~き)

こそ〔強意〕      →  已然形(~れ・~へ・~め・~け)

 

となる。( )の中は初学者用の説明である。例外はあるし、細かい話をするといくらでもできるが、古文の初学者はこれを理解し、暗記するだけで十分だ。

 

雨、降る。  (「降る」は終止形)

雨ぞ降る  雨なむ降る  雨や降る  何故か雨降る (線の部分は連体形)

雨こそ降れ  (「降れ」は已然形   ✕命令形)

林、うつくし。(「うつくし」は終止形)

林ぞうつくしき。 林なむうつくしき。 林やうつくしき。 いかに林かうつくしき。(「うつくしき」は連体形)

林こそうつくしけれ。(「うつくしけれ」が已然形)

 

 

さてさて、愚か者が日本一のことを思いついたそうだ。なんかろくなことをおもいつかない予感がするな。

 

「何事をか思ひつく」と問ふ。

(「どんなことを思いついたのか」と問う。)

 

「思ひつく」は何形? 「か」があるから?  そう、連体形。意味は疑問。

だから「『何事を思いついたのか』と問う」という訳になる。

ここで「問ふ」を連体形と答えないように。「思ひつく」の部分で文がくぎれているから。「。(句点)・と・とて・など」の直前は文が切れるのである。つまり、普通は終止形がくる。普通はね。

 

2023-04-29に誤植(?)訂正。及び係り結びに形容詞を付加。


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