従業員が業務上負傷したら、労働者災害補償保険(以下、「労災保険」と略す)の補償給付を受けるのが一般的だ。
しかし、労災保険を使わなければならないわけではない。
これに関しては誤解されている向きも多いが、従業員が業務上負傷したら会社は『労働者死傷病報告』を所轄労働基準監督署へ提出しなければならない(労働安全衛生規則第97条)。 この義務を怠るのは「労災隠し」と呼ばれる犯罪であり、50万円以下の罰金に処されるとされている(労働安全衛生法第120条)が、この義務を守ったうえであれば、労災保険を使うか使わないかは、実は任意なのだ。
ただ、労災保険による補償給付を受けないのであれば、被災した従業員の治療費は全額会社負担となり(労働基準法第75条)、休業や傷害や遺族に対する補償も会社が負担しなければならない(同法第76条・第77条・第79条ほか)。 この負担が重いからこそ、“保険料事業主負担の保険”に加入しているわけだ。
そう考えると労災事故が起きた際に労災保険を使わないのは合理性が無さそうに思えるが、メリット制の対象となっている会社では、労災補償給付の多寡によって次年度以降の労災保険料率が一定の範囲(最大±40%)で増減するので、悩ましい。
通常は、労災保険料の増額幅よりも労災保険の補償給付額が上回るので労災保険を使わないという選択肢は消えるのだが、自社が建設業の下請けであったりすると、ここに、元請け業者への忖度が働く。
下請け業者の起こした労災事故は元請け業者の労災保険を使うことになり、元請け業者の労災保険料率が上がってしまうかも知れないからだ。 それで、元請けの労災保険を使わずに、自社が被災労働者に直接補償することが選択肢に入ってくる。
確かにそう考えるのも無理はないが、下請けの労災事故(軽傷事故ならば)1件で元請けの保険料率に影響するとは考えにくいし、保険料に影響するほどの重大事故であったらそうした事態でこそ労災保険を使わないととても補償しきれる金額に収まらないだろう。
あるいは、「事故を起こしたことを元請けに知られたくない」という思いがあるかも知れないが、上に挙げた『労働者死傷病報告』には元請け業者(元方事業場)を記入することになっているので、元請けに知られないまま処理を完了するのは難しい。
これらを考え併せれば、労災保険を使うことのデメリットはさほど大きくないと言えるだろう。
もっとも、これらを熟考したうえで「それでも労災保険を使わない」とするのであれば、そもそも労災保険を使うかどうかは任意なので、それは“経営判断”ということになる。
なお、本稿は業務災害について考察したものだ。通勤災害の場合は、会社にとっては多少の事務負担(書類を書く等)が生じる以外にデメリットは無いので、被災労働者への給付が手厚くなることを考えても、労災保険給付申請に協力するべきだろう。
※この記事はお役に立ちましたでしょうか。
よろしかったら「人気ブログランキング」への投票をお願いいたします。
(クリックしていただくと、当ブログにポイントが入り、ランキングページが開きます。)
↓
働き方や価値観の多様化により、労働組合組織率の下降傾向が止まらない。
昭和24年に55.8%であった推定組織率は、令和4年には、全体で16.5%、1000人以上の企業でも39.6%にまで低下している。
【参照】 厚生労働省 > 令和4年労働組合基礎調査の概況
さて、労働関係諸法令は、「労働者の過半数で組織する労働組合」に以下のような役割(例示)を担わせるものとしている。
(1) 時間外労働・休日労働に関する労使協定(三六協定)の締結(労働基準法第36条)
(2) 変形労働時間に関する労使協定の締結(労働基準法第32条の2~第32条の5)
(3) 年次有給休暇の時間単位付与等に関する労使協定の締結(労働基準法第39条)
(4) 就業規則の作成・変更に対する意見申述(労働基準法第90条)
(5) 安全衛生改善計画の作成に対する意見申述(労働安全衛生法第78条)
(6) 育児休業等の適用除外者に関する労使協定の締結(育児介護休業法第6条他)
(7) 派遣労働者の待遇に関する労使協定の締結(労働者派遣法第30条の4)
(8) 派遣先における派遣可能期間延長に関する意見申述(労働者派遣法第40条の2)
これらは過半数組合であるゆえの役割であるので、もし当該労働組合の組織率が低下して50%以下になったら、民主的に選出された「労働者の過半数を代表する者」にこれらを担わせなければならないことになる。
もっとも、これら労使協定の締結や意見申述の時点で過半数であったなら、その後に過半数割れを生じたとしても、それらの効力は継続する。 この件に関しては、「労働者の過半数を代表する者」が上述の行為の後に退職したようなケースであってもそれら各行為は有効のままであるのと同じ考え方だ。
一方、会社は過半数組合との間にユニオンショップ協定を締結することができる(労働組合法第7条第1号ただし書き)が、この協定は、当該労組が過半数割れを生じたら無効となる。 これだけは上に例示したものとは扱いが異なるので注意しておきたい。
ちなみに、ユニオンショップ制は「雇用された労働者は労働組合に加入しなければならず、会社は労働組合に加入しない者や労働組合から脱退しもしくは除名された者を解雇しなければならない」とするものだから、なぜその組織率が50%以下となる可能性があるのか疑問を抱かれるかも知れない。 でも、(1)管理職を組合員としない労働組合が多い、(2)「会社がその者を特に必要と認める場合は解雇しないことができる」とする「尻抜けユニオン」も少なくない、といった理由が考えられ、実は珍しいことではない。
※この記事はお役に立ちましたでしょうか。
よろしかったら「人気ブログランキング」への投票をお願いいたします。
(クリックしていただくと、当ブログにポイントが入り、ランキングページが開きます。)
↓