従業員の採用にあたり、「支度金」(「入社祝い金」とか「契約一時金」とか「サイニングボーナス」などとも称されるが、本稿では「支度金」の用語に統一しておく)を支給している会社もあるだろう。
この「支度金」とは、元来の趣旨は、文字どおり身だしなみを整えたり、事情によっては転居したり等、入社準備に要する費用として、あるいは、最初の給与支払い日までの当面の生活資金として、入社前もしくは入社時に渡しておく金員のことであって、その意味では、昔から日本の雇用慣行に根付いてきた制度と言える。これが、昭和の終わり頃からは、優秀な人材をヘッドハンティングする際にも活用されるようになり、その金額が100万円を超えるケースも珍しくなくなった。
ところで、そうまでして獲得した従業員が入社後すぐに退職してしまったら、会社としては大きな痛手を被ることになる。
その場合、「渡した支度金を返せ」と言いたくもなろうが、実際に支度金を返還させるのは、容易ではない。
と言うのも、支度金の“返還”を求めるなら、支度金が貸付金の性格を有しているべきところ、例えば「入社後1年以内に自己都合退職した場合は、支度金は全額返還する」というような特約付きの労働契約は、労働基準法第16条が禁じる「違約金または賠償予定」に該当するため、同法第13条により無効となってしまう(加えて同法第119条の規定により懲役・罰金を科せられる可能性まである)からだ。
この点に関し、「タクシー乗務員の二種免許取得に要した実費相当額部分については労基法16条違反に当たらず、金銭消費貸借契約に基づく返還義務がある」とした裁判例(大阪高判H22.4.22)はあるものの、逆に、こうした特殊事情でも無い限りは、支度金を返還させるのは難しいと考えるべきだろう。
もちろん、その者の退職によって現に損害が生じたのであれば、その賠償を求めることは可能ではあるが、それは支度金とは別の問題として論じるべき話だ。
なお、退職者に対し“ダメ元”で支度金の返還を請求してみるというのも、悪くはない。本人が自分の意思で払ってくれたら、それで問題は解決する。
しかし、請求を無視された場合に、それ以上の法的措置(支払督促や訴訟提起、その前段階としての内容証明郵便による請求等)を講じるのは、コスト・労力を費やす割に勝ち目が薄く、得策とは言えない。
そんなことよりも、経営者としては、従業員が定着しないのは会社側に何らかの問題があるはずと認識し、これを反省材料に会社の体質を変えていくことを考えたい。
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