毎月の給与計算作業の中で、給与を多く支払いすぎてしまうことが起こるかも知れない。
こうした場合に、その過誤払いした額を次月給与から相殺することは可能なのだろうか。
まず押さえておかなければならないのは、当該従業員の申告漏れにより家族手当や通勤手当等を余分に支払ってしまったようなケースは言うに及ばず、会社(給与計算担当者)のミスで多く支払ってしまったのだとしても、それは当該従業員が本来受け取るべきでない金員(不当利得)であるので、会社はその返還を求めることができる、ということだ。
そして、その過誤払いが長期間にわたっていたとしても、法律上は、権利を行使することができる時から10年間(民法第166条第1項第2号;ちなみに同項第1号「知った時から5年間」はこの場合は考えにくい)は、不当利得返還請求権を行使できるとされる。 とは言え、逆に支払った給与額が少なかった場合の労働者側からの請求権が3年間で消滅する(労働基準法第115条・第143条第3項)ことを鑑みれば、過誤払いの返還請求も「最大で3年間」と考えるのが妥当と言えるだろう。
さて、では、この不当利得を“返還”ではなくて、給与から“相殺”することが許されるかという話になると、「条件によっては可」ということになる。
労働基準法第24条第1項本文には「賃金の全額払い」が定められているところではあるが、裁判所は、「過払いのあった時期と賃金の精算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期に」、「あらかじめ労働者にそのことが予告され」、「その額が多額にわたらない」、「要は労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合」は同項の禁止するところではない(最一判S44.12.18)と判じている。 「前月分の過払賃金を翌月分で清算する程度は賃金それ自体の計算に関するものであるから、法24条(労働基準法第24条)の違反とは認められない」との行政通達(昭23.9.14基発1357号)も参考にしたい。
以上を踏まえると、給与の過誤払いが起きてしまったら、その額の多寡にかかわらず、まずは当該従業員に事情を説明し、「返還」を求め、「返還方法を相談する」ことを第一に考えるのが望ましい。
その返還方法の一つとして「次月(または次月以降の数回)の給与からの相殺」も選択肢に入れておき、それを本人の意思で選ぶのなら問題ない。 そして、本人が相殺に同意したなら、その旨を文書に残しておくべきだ。
なお、ミスを犯した給与計算担当者に損害賠償を求めるのは、損害額や過失の程度にもよるところではあるが、「通常の業務内で起こりうる些細なミスによる損害については求償権を行使できない」(名古屋地判S62.7.27など)とされているので、かなり難しいだろう。
そもそも、会社は、このような事故が起きないよう、担当部内でダブルチェックする等のミス防止策を講じ、また、従業員にも給与明細を毎回確認するよう注意を促しておくことが肝要だ。
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