ご苦労さん労務やっぱり

労務管理に関する基礎知識や情報など。 3日・13日・23日に更新する予定です。(タイトルは事務所電話番号の語呂合わせ)

退職したことを理由とする損害賠償請求は可能か

2018-10-23 14:59:05 | 労務情報

 長期雇用を前提として採用し、教育し、戦力化した従業員に突然退職されてしまうと、会社にとっては大きな痛手だ。まして、その人材が在職していることを見越して経営計画を建てているようなケースでは、採用・教育に掛けたコスト以上の(場合によっては桁違いの)損失が発生することもあるだろう。
 そうした場合に、退職した従業員に損害賠償を求めることは可能なのだろうか。

 まず、憲法第32条に「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」とあるとおり、会社が従業員(または元従業員)を相手取って民事訴訟を提起すること自体は違法ではない。
 しかし、従業員側に故意や重過失(軽過失はそもそも損害賠償請求の根拠にならない)が存在することを立証できないのに損害賠償請求訴訟を起こすのは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く「濫訴」とされる。
 神奈川県のIT企業が突然退職した従業員に対して1270万円の損害賠償を求める訴訟を提起したところ、それを裁判所に否認されたばかりか、「違法訴訟により元従業員に精神的損害を与えた」として会社に対して損害賠償を命じる、いわゆる「返り討ち判決」(横浜地判H29.3.30;会社側が控訴し係争中)が出されたのも記憶に新しいところだ。

 もちろん、従業員の故意や重過失によって会社が損害を被ったことを、因果関係も含めて立証できるなら、損害賠償を求め、さらに民事訴訟を提起することを検討しても良いだろう。
 ただし、故意であった場合はさておき、重過失による損害を裁判所が認めた場合においてさえ、その全額を賠償させることはまず認められない(最一判S51.7.8、名古屋地判S62.7.27等)ことは承知しておくべきと言える。

 結論として、「従業員の退職」という行為そのものに故意や重過失の概念を持ち込むのは、やはり“無理筋”であろう。
 また、社会的・経済的に立場が強い者(この場合は会社)が原告となり立場が弱い者(この場合は従業員)を被告として訴訟を提起するのは、スラップ訴訟(「Strategic Lawsuit Against Public Participation」の略、「恫喝訴訟」・「威圧訴訟」とも呼ばれる)との誹りを免れえず、会社の評判を自ら落とすことにもなりかねない。

 期待を懸けていた従業員に退職されてしまうのは、確かに会社にとっては損失かも知れない。しかし、それを安易に退職した元従業員に賠償請求してしまうのは“恥の上塗り”でしかない。従業員を退職させてしまった会社の問題点を検証し、反省するべきではなかろうか。


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派遣に代えて直接雇用することのリスク

2018-10-13 12:39:25 | 労務情報

 改正労働者派遣法の施行により、派遣先(派遣労働者を受け入れる側)にとって労働者派遣は使いづらくなったため、直接雇用(紹介事業者を介するものを含む)にシフトする動きが活発化している。それ自体は、労働者の雇用・生活の安定に、ひいては社会の安定につながる話であって、そもそも法が期待していたところでもある。
 しかし、雇い入れる側としては、派遣を受け入れるのとは異なり、“雇用主”としての義務や責任が自社に課されるようになる。このブログの読者諸兄諸姉におかれては先刻ご承知の事とは思うが、改めて、直接雇用にはどんなリスクがあるのかを以下に列挙してみたい。

 まず、労働者を雇い入れるに際しては、労働条件を書面で明示しなければならない。加えて、「労務管理の三帳簿」と称される「労働者名簿」・「賃金台帳」・「出勤簿」も作成する必要がある。これらは1日だけの雇用であっても例外ではない。
 そして、賃金からは所得税を源泉徴収しなければならないし、年末調整が必要になるケースも多いだろう。
 また、雇用保険・健康保険・厚生年金の被保険者になる場合はもとより、これらの適用対象からは外れるとしても、労災保険の被保険者にはなるので、その分の保険料は事業主負担となる。
 さらには、その労働者への安全配慮義務や、その労働者が第三者に損害を与えた際の使用者責任も発生する。社内でのセクハラやパワハラの被害者・加害者になることも想定しておかなければならないだろう。
 そして何よりも、「人を雇う」ことの重みは、事業主として認識しておかなければなるまい。

 安易に「“派遣料”が“賃金”に変わっただけ」と考えてはならないのだ。


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制定手続きに不備のある就業規則の効力は?

2018-10-03 22:23:36 | 労務情報

 とある私立大学が「就業規則改正にあたり、労働者の過半数代表者から意見を聞いたように偽装した」などとして、労働組合から東京地検に刑事告発されたことがあった。もう5年以上も前の話になる。
 この事件はその後の顛末も興味を惹いたのだがそれはさておき、一般的に、就業規則制定に際して労働基準法に定める手続き(労働者代表の意見を聴取すること、管轄の労働基準監督署へ届け出ること等)を欠いていた場合、その就業規則は無効になるのだろうか。

 これに関しては、就業規則制定に際して意見聴取義務および届出義務について労働基準法違反があったとしても、労働契約の内容を決定する就業規則の効力に影響はないと判断している裁判例(大阪高判S41.1.20、東京地判H18.1.25など)が大多数だ。
 これらの根底には、労働基準法が定めているのは国に対する使用者の義務であり、労使間の契約関係を決定するものではない、という考え方がある。

 逆に、いくら労働基準法が定める意見聴取や届け出の義務を果たしていたとしても、その就業規則が従業員に周知されていなかったら無効とされる(最二小判H15.10.10など)。
 考えてみれば、就業規則は労働条件や職場規律を明文化したものなのだから、従業員に周知しなければ全く意味が無いのは当然のことであって、労働基準法第106条や労働契約法第7条の規定を俟つまでもない。
 ちなみに、就業規則等の周知方法については、労働基準法施行規則第52条の2で、次の3通りが示されている。
  (1) 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付ける。
  (2) 書面を交付する。
  (3) 磁気ディスク等に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置する。

 以上のように、就業規則の効力という面からは、「行政官庁への届け出」よりも「従業員への周知」に重きを置いて考えるべきと言える。


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